期末試験と捜査
京心附属高校は期末試験に突入していた。
期末試験は5日という長い期間で行われていく。前半は文系科目、中間は選択科目、後半は理系であった。選択科目では愛九は芸術科目を選んでいた。
「やっべー、俺まじで勉強してねーよ」
「へー、奇遇だね、僕もだよ。昨日なんか、3時間ぐらいしかしてなかったんだ」
「は?私なんか、合計30分ぐらいしかしてないし」
という学生たちの試験前の嘆きを聞きながら、愛九はただ席に座り、沈黙していた。彼は瀬戸際に立たされて勉強をするような人間ではない。用意周到なのだ。
「いよいよだねー愛九」
「うん。理沙は大丈夫そう?」
「愛九から教わったから、いけるかも」
それに対して理沙は参考書を広げて勉強していた。
「合計30分しか勉強してない?それって昨日の勉強時間を言ってるのか?」
「ううん、ここに入学してから」
普通の生徒はもちろんだが、特に受験を控える最上級学生たちは切羽詰まった状態で、試験に臨んでいた。推薦入学にも大きく響く期末試験なので、絶対に甘く見ることは出来ない。
だがしかしただ一人だけ、京心附属高校の期末試験中に、未曾有のマルチタスクを行うEQ200の天才が存在するのだ。
朝のホームルームが終わり、とうとう勉学という領域での戦闘の開始が告げられた。
「現国の試験、開始してください」
チャイムとともに、先生の指示が教室に鳴り響いた。
「……」
がりがりがり。
という猛烈なスピードで、愛九はシャープペンシルを試験用紙に殴りつけるように書き込んでいく。小問から大問まで愛九は止まることはない。
「愛九、やっぱり君は凄いね。私なんか、まだ半分しか解けてないよ」
横から理沙が耳打ちしてきた。
「理沙、テスト中の会話は良くないよ」
返事を返しながらも、その間、愛九の半分の意識は、新人警官の身体の操作に注がれていた。
愛九の計画は、捜査本部の撹乱にあった。サイという見知らぬ人間、そして捜査官たちの希薄な関係を利用して、組織の基盤を揺るがすのだ。
一度でも組織の基盤が崩れてしまえば、後は状況に応じて、様々な戦略を展開できる。なのでまずは地盤を瓦解させることを最優先とした。
愛九が操作する新人捜査官を利用して、他の捜査官に嘘ハッタリを風評していく。職務上で繋がっているという、言わば他人同然の希薄な関係性を通して、嘘は段々と誇大化されていき、それは究極的に真実をも容易に捻じ曲げる凶悪なものと化す。
サイは実はQであり、自作自演をしている。
捜査官の人間は既にQから操られている。
サイとQという存在は架空であり、実は政府の陰謀である。
などという嘘をただひたすら流布していったのだ。もちろん効果覿面だった。EQ200の天才はいかなる人間、感情をも巧みに操っていくのだ。
正義を掲げる、堅強とも思われた捜査本部は一瞬にして、その組織の性質の変容を余儀なくされた。
期末試験は2日目に突入。
今日で文系科目は終了である。日本史、世界史、倫理など多様な科目があるのだが、愛九は暗記などに頼る文系科目も得意としていた。
清々しい朝から難解な試験問題を解いていく。愛九は窓から吹き込んでくる風を顔に受けながら、ただ俊足の如く、世界の歴史を紐解いていく。
その間、捜査本部に於いて。
「おい、聞いたかよ、あの噂」
「ああ、聞いたぜ。この捜査本部、なんか怪しかったんだよな。なあ、もう辞めちまうぜ」
昨日から蒔かれた嘘という名の種は、人間の希薄な関係性という土壌を畑にして、疑心という名の濁った水で、瞬く間に歪んだ花に成長していった。
「……」
さらさらさら。
シャープペンシルを解答用紙に走らせながら、愛九はあらゆる世界の歴史問題を快刀乱麻の如く、回答していく。
愛九にとって、歴史とはただの退屈なストーリーだった。同じ原理から起因する凡庸なプロット、EQ200の天才にとって、歴史とはあまりにも創造性という色彩に欠いていた。
それでも愛九は歴史から重要な点を一つだけ学ぶことが出来た。
愛九が人類の歴史から学んだことは、人類は歴史から学ばないという、逆説的な事実であった。例え同じ現象だったとしても、人類というのは学ぶことが出来ず、繰り返してしまうのだ。どうしてか。簡単である。それは人間が知性ではなく、感情によって突き動かされるからである。愛九はEQ200の天才であった。
そしてその深遠なる事実を巧みに、愛九自身が織り成していくストーリーに応用していったのだ。
そして遂に、組織全体は一つの究極的な行動を起こしていくのだった。
期末試験は3日目に突入。
科目は選択科目である。京心付属では選択科目は多彩に用意されており、選ぶことも躊躇われてしまうほどである。音楽、書道、美術、工芸など。愛九はその中でも戯曲を選択した。
「それでは試験を開始してください」
美術教師が試験開始を告げる。
愛九の最も得意な作業は創造的分野にあった。EQ200の天才として生まれてきた彼には、あらゆる人間が持ちうるあらゆる感情を理解し、操ることが出来る。
だから様々なキャラクターが登場する戯曲に於いて、EQ200の愛九は、まさに天才的な才能を見せたのだ。
試験内容は物語創作だった。与えられたテーマに基づいて、文字数の制限以下で一つの物語を紡いでいく。愛九は一瞬で試験問題を回答していった。
そしてそこからさらなる愛九の攻撃が開始した。
愛九は既に完璧なストーリーを頭に描いていたのだ。どうすれば人間で構成された組織を瓦解させることが出来るか。そしてただ瓦解させるのではなく、その途中で、サイという反逆者をも追跡することをも考えていた。
愛九は秘密警察の基盤を揺るがすことに成功した。そうすることで、秘密捜査官の希薄な関係性を瓦解させていったのだ。彼らは飽くまでもそんな他人の為に命まではリスクに晒すことは出来ない。
基盤が粉砕されて秘密警察では、誰も他人を信用することが出来ない。特に顔などの素性すらも共有しようとしないサイという人物は最も非難されたのだ。
「もし貴方が素性を明かさなければ、二度と捜査を協力できない!」
というのが秘密捜査本部の結論だった。
「貴方が自作自演でこちらの捜査を撹乱していないと、どうやって言い切るんです」
「そ、それは……」
秘密組織から述べられた主張は、もっともだった。サイ自身がQではないとどうやって証明するんだ。やはり関係性が希薄であるというのは致命的な地盤だった。
サイは苦渋の選択に迫られた。
最悪だった。もしこのまま秘密警察の手を借りれば、Qという史上最悪の犯罪者を追い詰めることが出来るのは確実である。だがその目前で、こうやってQから直接阻害されてしまった。
「わかりました。私にも考えがあります。ですか、少しだけ時間をください」
「どうして?」
「こちらにもそれなりに準備がいります」
だがしかしサイにもある程度の策が既に用意されていた。
「そうだ、少しだけ条件を変えてみるのも、良いはずだ」
サイはその与えられた条件を変えたのだ。
もし提案してきた彼ではなく、他の捜査メンバーが証人になる。それならば間接的にも私の素性を明かして、証拠として機能するはずだ。
その頃、捜査本部の活動は停頓状態にあった。
「どうしたんだ、みんな」
総長は困惑していた。
先日までは躍起になって正義を貫いていたメンバーが、態度を華麗に180ターンさせて、今では疑心暗鬼に満ち溢れた、そんな表情をしているのだ。
そしてサイが全体に命令を下そうとすると、メンバー達が不満を爆発させた。
「どうして顔をいつまでも我々から隠すのですか!こんな状態のままだと、貴方を信頼することも出来ません」
という批判に対して、サイは感情を介さず淡々と答える。
「それはどうしても仕方のないことです。なぜなら素性がバレてしまったのなら、殺害されるのですから……」
「そうですが、我々はこうやってリスクを犯して、操作しているのです!貴方も同じように土俵に立つべきではないのですか!」
さらに他の捜査員から批判が加わる。
「いいえ。不用意にガードを下げることは絶対に禁物です。彼は自称通りにEQ200であることは間違いありません。彼の行為は愚かに見えても、全ては巧みに計算されています。もし私が彼なら、警察内部に誰かを侵入させてくるでしょう」
「し、しかし!」
捜査官の者たちは明らかに怒りを顕にしていた。
サイという人間だけがリスクを犯していない。そしてそもそもサイという人間そのものが犯人ではないと証明すらされていない。もしかしたら、捜査本部そのものがQの策略なのでは。
「いいや、もしかしたら、本当に誰かが操作されている可能性も――」
そしてサイが懸念されるべき事項について警戒する。
試験は、四日目突入。
いよいよ理系科目が登場してきた。京心附属高校で最も難解とされる科目は断然理系である。その難易度の性質は単に問題数が多いのではなく、一つ一つの問題の質にある。
暗記などではなく、回答者の思考力や応用力、センス、才能を問うような、そんな大問がテストに登場してくる。だから難しい。
「まじで大問勘弁してくれよ……」
「こんな問題、一体誰が解けるんだよ……こんな問題、京心の二次試験でもで出ねーよ」
「出題者、性格悪すぎだろう……」
生徒達は嘆いていた。そんな彼らの嘆きを受けて、出題者である教師は笑っていた。
「くくく……」
やはり京心附属高校の理数系は地獄であった。
「……」
だがしかし愛九だけは済ました顔で、そんな大問という名の険峻なる山を踏破しようとしていた。高校数学の花形である積分微分を利用した難問である。
出題範囲だけで分類するならば、難易度自体は高校数学としての枠組みに収まるのだが、正解に必要とされる思考力などを加味すると、確実に高校以上の頭脳が求められる鬼畜な問題だ。
もちろん愛九は新人警官を操作しながら、同時に数学の問題を解いている。
いつものように捜査本部で業務をするふりをして、組織を撹乱する新人捜査官。彼は愛九によって操作されているので、自由意志などない。
今日も意のままに組織を操ろうとすると、突然、別の捜査官から話しかけられた。
「お前、本当は操作されているんじゃないのか」
「え……?」
愛九は心底驚いていた。
だが一人だけ、新人警官の逸脱した行動に対して、感づく存在があった。
まさか彼が感づくなんて予想もしていなかったのだ。彼の癖や信条を完璧に理解して、僕の演技は完璧だと思っていたのに。
ぽとり。
愛九のシャープペンシルが手から零れ落ちた。持ち主を失ったシャープペンシルは重力に従って机に落下していくと、そのまま床に転がっていった。
「ほら、愛九君。シャープペンシル、落ちましたよ」
先生が親切にも愛九のシャープペンシルを拾い上げてそれを手渡そうとしても、彼はただ魂を失くしたかのように、呆然としていた。
「……」
「ど、どうしたの、愛九君?体調でも悪いの?」
先生は驚愕した。
まさかあの愛九という天才でも、今回の期末試験は晦渋過ぎるのだろうか。確かに附属高校開校以来の最も難易度の高いテストに仕上げたのだから、それは不思議でないけれど。
もちろん先生には愛九が何を思考しているか、検討すらつかなかった。彼は今、愛九という一人の人間の操作に加えて、秘密捜査官としての捜査をも、同時に行っているのだ。
「なーに、冗談だよ、冗談」
だが警官はそこで180度もの表情と口調の踵を返して、冗談めいて喚いた。
「先輩、勘弁してくださいよ!」
という新人の妥当な反応を返したが、愛九の心臓が張り裂けそうに脈動していた。どうやら彼に自分の演技がバレているというのは愛九の考え過ぎだったようだ。
安堵を覚えながら、愛九は秘密捜査に入っていった。
意識を自分に戻すと、己の置かれた状況を一瞬で把握した。
「ありがとうございます、先生」
「いえいえ」
という感謝を告げると、
すらすらすら。
という猛烈な勢いで、愛九は試験問題の続きを韋駄天の如く解決していった。
「す、凄い!」
教師は思わず感嘆せざるを得なかった。あれほど難しい期末試験でもやはり愛九の天才的な頭脳を前にすれば、意味は成さないのだ。
「くそ……」
奇問とも呼ばれるような数学の大問を美しく回答すると、愛九は顔を猛獣のように顰めた。
サイの素性を確認することが叶わなかった。が、それでも彼へと繋がる糸口は見つかったのだ。既に僕が操る警察官一人は確保できたのだし、このまま行けば、サイを殺害することも可能だろう。
だが同時に、僕の安全も侵されているという事実を容認する必要性がある。サイは既に僕の居場所が京都府京都市であるという所まで特定した。そしてさらに彼の能力を持ってすれば、後数日程度で僕は完全に逮捕されるかもしれないのだ。
いずれにせよ、このまま僕は全力を尽くして、サイを追わなければならないのだ。
5日目期末試験最終日。
今日は理系科目の試験日だった。数学と物理、後は選択科目でコンピューター科学も付属的に履修していたので、愛九にとっては極めて苛烈なスケジュールだった。
それでも尚、愛九は秘密捜査官としての業務も同時に行う必要がある。特に現在において、捜査本部では過渡期を迎えているのだ。
もし少しでも油断、弱点を見せたりなどしたら、一瞬でサイとのバトルに負けて、愛九が逮捕されてしまう可能性が大きくあるのだ。
「それでは物理の試験を開始して下さい」
という先生の声とともに、試験が始まっていった。
「だから、サイが我々に素性を明かさないのであれば、もう貴方とは関係を絶たざるを得ない、そう言っているのです!」
「……」
くそ。もう既にサイに対して完全に信頼感は崩れ去っている。捜査本部の連中は皆、Qの吹聴に毒されてしまったのだ。
「どうなっているんだ……?」
何故か数人の捜査官が明らかな異様さを持ってサイに接近してくる。彼らは捜査本部でありながらも、Qの嘘に騙されていないらしい。サイに対して肯定的な意見をこれ見よがしに主張し、直ぐにサイの素性を晒すように説得するのだ。
サイは判断できるのだ。そんな彼らは今、Qの支配下にいないというのは確実に証明できる。画面越しに彼の身体に乗り移る事も出来るし、それに彼の目には能力が発動されているというサインも入っていないのだから。
「そうか!」
そしてその違和感は段々と結晶のように凝固していって、遂に一つの確実なる結論に至ったのである。
そうだ。直接操作されていなくても、間接的に操作される場合もある。例えば、Qが誰か一人の捜査官に乗り移って、他の捜査官を脅迫する。そうすれば操作されていない人物でも、Qの支配下になっている可能性もあるんだ。
例え捜査官の目を見ることで支配下にないと断定しても、それでその人物が安全だという確証はないのだ。むしろQの場合はそんな姑息な手段をも駆使して、こちらの捜査を妨害してくるのだろう。
「危なかった……」
だがそこで本日の秘密捜査は終了してしまった。メンバーたちは解散して各々離れていった。しかしながら、一人だけが場に残った。
西田だった。
「サイ。私は貴方に、告白する事があります」
「え?……ど、どうぞ」
突然話しかけられたので、少々たじろぎながらも、サイは反応した。
西田はQから操作されているという可能性は零である。なぜならサイは彼の顔を見て、直接判断できるのだ。彼の目が普通と異なるか、どうかを。
もちろん彼が間接的に脅迫されているという可能性はあるものの、その疑惑は次なる彼の言葉によって、打ち消された。
「私は彼らが間接的に脅迫されているんではないか、という疑いを持ち始めてたんです」
西田の推測は、まさに私が推測していた懸念と一致を見せたのだ。
「やはり、そうですか!実は私も同じように考えていました!」
そこでサイは興奮を隠すことが出来なかった。
Qを追い詰める可能性が消えかかっていたのだが、ここで再び希望が見え始めた。西田は賢明な警察員だったようだ。彼は物事を論理的に思考して、己の行動に私情を入れない。これまでもそうだった。彼一人は賢明だったのだ。
彼になら、私の素性を明かしても問題はないはず。
それにもう一歩手前なのだ。後少しであの史上最悪の犯罪者を捕まえることが出来る。ここで逮捕したら、全てが終わるのだ。
「なのでこの私に教えてください。貴方がQではないと、私が責任を持って、捜査本部の人間を説得しましょう」
「ありがとうございます。貴方だけは違うと思っていましたよ」
Qめ。危なかった。まさか、あそこで私が自分の貴重な情報をバラしていたら、今頃この世から抹消されていただろう。
だがしかし、お前は致命的な間違いを犯したのだ!人間の良心を見くびったのだ。こうやって危険性を犯しながら、真実を追求する人間が居るということを、Qは信じなかった。それがお前の致命傷だ。
「私の居場所は――」
そしてサイは人生最大の過ちを犯した。彼は自宅の居場所を述べたのだ。
「わかりました。これから向かいますね」
情報を受け取った西田は連絡を切ると、次なる行動に移行した。
「先生」
愛九はテスト中に席から立ち上がって、教卓にまで歩いていった。そして教師の前で口を開いた。
「どうしたんですか、愛九君?」
テスト真っ最中にも関わらず、突然愛九が謎の行動を起こしたのでは、教室中では小さな騒ぎが発生していた。みんながお互い
「もう回答し終えたので、少しだけ早めに退出しても、よろしいですか」
「も、もう終わったのですか……?」
教師は度肝を抜かれた。
あり得ない。
と思いながらも、愛九から手渡されたテスト用紙に一目通すと、そこには衝撃的な光景があったのだ。
「美しい……」
まるで芸術作品のように美麗な手書きによって回答された、完璧な解答用紙だったのだ。小問から、絶対に満点が取れないように意地悪く偏屈にしたあの大問まで、完全に解かれているのだ!
「ええ、試験時間内よりも早く解答が終われば、退出しても良い規則になっているわ」
という校則に則った回答をすると、
「それではお暇させてもらいます」
愛九は真摯にも一礼してから教室から颯爽と出ていった。
「くくく……」
廊下を早足で歩きながら、愛九は激甚なる笑みを浮かべていた。
「勝った……勝った……勝ったんだ……!」
同じような台詞を連続的に呟きながら、愛九は己の勝利を確信していた。
確かにサイはIQという点では天才であった。能力を使って遠隔的に犯罪を犯す前代未聞の人間を巧みに特定する戦略。
だがしかしながら、サイはEQという点において馬鹿だった。彼は頭脳では優れているのだが、感情的には愚かだった。つまり、心の馬鹿である。
そしてEQが低いというの罪だった。なぜなら人間は知性ではなく、感情によって突き動かされるからである。感情という共通言語を理解せずに、どうやって社会に生きて、人の上に立とうか?
さらに言えば、IQが高いくせにEQが低いというのが、さらなる致命傷であった。サイのように、IQだけで何事も解くことが出来ると自信過剰になって、EQで墓穴を掘る。
そして愛九は屋上に向かっていく。
屋上の扉を開くと、愛九はさらに高みを目指して、貯水タンクが設置されている場所にまで梯子で上っていく。そして学校の頂上に到着すると、変遷しゆく京都市の一景を双眼に収めた。
愛九の双眼の奥にはサイの自宅が映し出される。そして彼の自宅に向かっているのは、捜査本部ではなく、軍事強化されたロボット、IRである。
数分後。
「おかしい……なぜ彼は未だに到着しない」
サイは自宅で困惑していた。
約束していたはずなのにあちらから何らアクションがないのだ。すると、
「!?」
がぐん!
サイの自宅周辺に、轟く地響と地震が連続して迫りくる。さらには自宅を覆い尽くす巨大な影も大きく投げかけられた。時刻はまだ昼なのに。
「ど、どうして、IRがこんな所に向かってきているんだ……?」
サイは自室の窓から覗き込むと、そこには異様な光景があった。
ロボットであるIRが姿を現して、接近してくるのだ。だがそれは明らかに業務用で機動しているようには思えず、殺意を持っているようなそんな雰囲気を持っている。
「ま、まさか……」
実際にサイの居場所に向かったのは、捜査本部の人間ではなく、軍事用IR、つまり殺戮型の巨大なロボットだった。
軍事用IRはサイの自宅に限界まで肉薄した。
愛九によって操作された操縦者が、強化ガラス越しに、言葉を発した。操縦席の人間の姿は、サイからは視認することが出来なかった。
「お前、IQは高いくせに、EQは低いんだな」
「……!」
「もっと人を疑うことを覚えろ、心の馬鹿め」
「え……人を……?」
その言葉で、サイは悟ったのである。
西田から発せられたあの説得そのものが罠だったのだ。西田は自分の意思からサイに働きかけたのではなく、Qから脅迫されて言わされていたのだ。そしてまんまとその罠に嵌ったサイは、感情的に突き動かされて、素性を晒すという致命傷を自らに刻んだ。
愛九がサイを嘲笑すると、さらに追撃を与える。
「くくく……もっとも、そんな時間はもう、お前には残されていないんだがな……」
そして無慈悲にも愛九はサイにとどめを刺す。
「サイ、お前のようなモブの為に相応しいバッドエンディングだ」
IRを操作し続けて片足を大きく宙に上げると、思いっきり自宅に向かって振り下ろしたのだ。強化鉄鋼の鉄槌がサイの身体に直撃した。
「バッドエンド!!!」
「あああ!!!」
ぐあああん!
という耳をつんざく衝撃音とともに、IRによって、サイの自宅の一軒家は瞬く間に粉砕された。
そしてサイは死亡した。
「なんて醜いエンディングだ……」
と、一言冷酷に呟くと、穢れたエンディングから目を逸らして己の魂を浄化するかのように、愛九は屋上から教室に戻っていった。
「やはりこの物語の主人公は、EQ200の天才、この僕なんだ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます