第2話 都市ウィザルタル

 ウィザルタル市へ戻って、町の外れに宿を取った。

 間借りした部屋の窓からは領主の館が見える。しかし、その東の丘にある教会は領主の館を見下ろすように高い。領主はお飾りで、町の実権は教会が握ってるを誇示してるような感じがする。

 まあ、現実にそうなんだが。

「あんた、お妃様の護衛をやってた騎士様じゃないか?」

 宿屋の食堂で夕食を取っていたら、宿の主人に声をかけられた。

「騎士ってわけじゃないけどね。お妃様の護衛をやってたのはわたしだよ」

 クレア様の輿入れで町を練り歩いた時は、鎖帷子チェインメイルの上から豪華な刺繍のサーコートを着用していたから騎士と思われたかも知れない。

 あたしが女とわかって驚いてるんだろう。女は騎士にはなれない。騎士だと思っていたなら、わたしを女とは思ってなかったはずだ。

 お妃様の生家の依頼で、このウィザルタル市へ送り届ける仕事だったとイリヤにしたのと同じ説明をした。

 わたしと主人の会話に、食堂の他の客たちも興味を持ったのか集まってきた。

「なんでえ、優男かと思ったら女だったのかよ」

「こんな華奢だったか?もっと太ってたんじゃないか?」

 鎖帷子の下には、ギャンベソンと言う下着をつける。ギャンベソンは槍や棍棒で殴られた際の衝撃を吸収するから肉厚だ。太って見えても不思議はないし、今は革製の鎧に剣をぶら下げるだけだから実際に細身になってるはず。

 食堂の客たちの問いかけにいちいち答えるは面倒だったが、宿の主人が麦酒を振る舞ってくれた。

「他の町の様子も聞かせてくれよ」

「わたしは吟遊詩人じゃないわよ。おもしろおかしく喋れなくてもいい?」

 主人も笑って片目を瞑る。食堂の客は、仕事を終わらせた町の住民ばかりだ。外の話を聞きたがってるのは同じだろう。

「東方での異教徒との戦争ってのはどうなったんだ?」

「西の島の王様が蹴散らしてるらしいよ。異教徒の兵士は、相当ビビってるってさ」

「そうか。じゃあ、戦争も終わってくれるか」

「でも異教徒の王様もスゴいらしいから、簡単にはいかないかもよ」

 なんでも、主人の息子さんは1年前に戦士の神託を受けて戦争へ行ったと言う。

「うちの次男もだ」

「オレのとこの息子は、3年前だよ」

 このウィザルタル市は、領主はお飾りで、教会が住民を治める神権都市だ。住民の仕事も教会の神託で決められると言う。

「主人とこは一人息子だからな。無事に帰ってきて欲しいよなあ」

 わたしはちょっと驚いた。

「宿屋の一人息子に、戦士の神託が下るわけ?」

 わたしの問いに、集まっていた客たちは一瞬顔を見合わせた。

「神様のやることはわからねえよ」

 そう言った客の表情は物憂げとも、諦めとも取れる色がにじみ出てる。

 もともとウィザルタル市では、一定の年齢で神官から神託を受けるのが習わしだったそうだ。

 農夫の子は農夫、商人の子は商人、貴族の子は貴族・・・わたしだって一族みな傭兵を生業にしてたから傭兵になっただけ。

 家業を継ぐのが当たり前だから、神託と言っても心得を示唆するようなものだった。

 それが、ある時期から強制されるようになってきたのだと言う。

「神様が戦いを望んでるんだよ」

「神様は戦いのために、戦士をこの世に送ってるんだ」

 息子を持つ親は、そう言って納得するしかないのかも知れない。

「あんたも戦士なんだろう?異教徒との戦いには行かないのか?」

「ははは。わたし、と言うか女は戦わせてくれないよ。異教徒と戦うには青い血が流れてないと駄目なんだよ。女は、その青い血を汚しちゃうんだってさ」

「俺の息子には、青い血なんて流れてなかったんだけどなあ」

 宿屋の主人は小さい声で呟いた。客はみな、この呟きを聞こえてないフリをしたと思う。

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