第51話 決戦

「グ、グ……ガ……」


 トロールは岸壁へ丸太を打ちつけた姿のまま、苦しそうな声を上げていた。まるで自分の身に何が起こったのか理解できないでいるみたいだ。


「な、何だ……?」

「トロールのあんな行動、見たことがない」

「特殊行動かも知れん、警戒を続けろ!」


 混乱しているのはとみ団も同様だ。盾兵を下げ、次の展開に備えている。1秒、2秒……だが、巨人は動かない。


「……ガ、ガアァ!」

「来るぞっ!!」


 ゆうに10秒は数えた後、謎の金縛りがようやく解けたのか巨人は右腕を振りかぶる。だが、それが限界だったのか再び動きを止めた。


 並べた大盾に隠れていたとみ団はざわついた。誰もがトロールの挙動に希望を見たんだろう。このまま横を抜けて逃げられるかもしれない、と。 


「逃げ出す最後のチャンスかもしれねえ、俺が出ます」

「熊野!」

「こういうのは年寄りから行くもんでしょう」

「……すまない」

「末広、起きろ! 荷物まとめるぞ!」

「持ち物は最低限にしろ! 機材も放置でいい、階段まで逃げ込めればいいんだ!!」


 すでにある程度は終えてあったんだろう、団の逃走準備動はすぐに完了した。その間もトロールは丸太を掲げて震えるだけだ。


「熊野、無理は駄目だ。判断は俺が下す。皆も準備だけしててくれ」

「じゃ、行きます」


 熊野さんがどっしりと盾を構えながら、ジリジリとトロールへ近づく。緊迫の場面、見てるだけの俺でも手に汗をかいちまうぜ。


 熊野さんは1歩、また1歩と慎重に進み、トロールの攻撃範囲ギリギリで止まった。


「ガアアァァァアァ!!」

「ッ!?」


 突如、巨人が吠える。


「……っと、ビビらせんなや」


 だが、それだけだ。熊野さんは額の汗を拭うと、更に歩みを進めた。1歩、2歩……


「ガ、ガアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」

「グッ!!」


 叫び声とともに、今度は本当に動きを取り戻すトロール。と言っても相変わらず壁を殴ってるだけだ。だが――


「……何か、弱くなってません?」

「あ、ああ……」


 トロルが振るう巨木には、先程までの力強さが感じられない。爆発でも起きたかのような打撃音も今はせいぜいが激しい衝突音で、飛び散るつぶては盾が必要ないくらいだ。団員の目に、希望の光がはっきりと灯った。


「これは……」

「行けなくはないかも知れません。ただ、横を通るなら足はもう少し潰しておきたいですね」

「よし、俺も出る。右足に集中してくれ」


 とみ団は前線を押し上げると、再びトロールの足元をちくちくぺしぺしと狙い始める。巨人怒り、棍棒で鴨居を連打した。そのうちのたまたまいい角度で振り下ろされた1発が、洞窟のバリアをすり抜けとみ団を襲った。


「グッ……」


 スリークォーター気味の一撃を真正面から受けた熊野さんだが、問題なく耐えられたようだ。

 

「へへ、こんなもんかよ。これならやれますぜ!」

「もう少しだけ上げるぞ!」


 さらに接近し、トロールへの攻勢を強めるとみ団。矮小な人間に防がれたのがよほど悔しかったのか、トロルは怒り狂って丸太を振るった。やたらめったらに獲物をブン回し、土壁、地面、近くで内紛を起こしていた混成軍と敵味方無機物お構いになし殴り飛ばした。ああっ、最後の足ヒレ戦士が……!!??


「よしよし、そのまま数を減らしてくれよ……」

「いいか、倒そうなんて思うな。足を殺すだけでいい!」


 空前の大チャンスに見えるが、オッサンはどこまでも慎重だった。まあ第2はともかく第3段階に入られたら逃亡は無理だ。できるだけ刺激せず、だが最低限の機動力だけは奪って撤退に道筋をつけたいところだろう。


 トロールが岩を叩き、盾持ちが欠片ときどき丸太を弾き、槍持ちが膝を狙った。幾度も穂先を突き込まれたトロールの足は血だらけになったが、肝心の傷は付けた先からみるみる治っていく。


「おいおい、どんな回復力してんだよ」

「さすがワンダリングボスだなおい!」


 あまりの光景に、団員たちも半ば呆れている。巨体ゆえの怪力も危険だが、トロールの真の怖さはその驚異的な回復力にあった。アイツらいくら切りつけてもジュクジュクブクブクしてすぐに塞がるから面倒なんだよな。あと気持ち悪くて食欲が失せる。一撃で切り落とすか魔法で焼くしかねえんだが、とみ団は魔法がねえからなあ。


 終わることを知らぬ千日手、入船のソシャゲのスキルレベル上げみたいな光景だ。だが誠に、誠に残念なことに傷は治っても毛は生えない。いつしかトロールは、右足だけ雑な脱毛手術を受けたようなツルツルお肌になっていた。


 トロールの回復力には限界があると言われている。が、そんな長期戦をするくらいの戦力があるなら普通はさっさと倒すか逃げる。あくまで噂レベルの話だったはずだ。とみ団は史上初の検証を地道に続けていたし、余力もそれなりだったが、問題は被験者の方だった。


「……」

「…………」


 団員はもう誰も喋っていない。だが、確かに感じているはずだ。


 トロールが、どんどん衰弱しているのを。


(……半々の賭けだったが、どうやら勝ったみたいだな)


 俺がトロールにぶつけたのはスタミナポーション、それも73層産だ。どうもポーションってやつにもレベル的なものがあるらしく、強過ぎるやつを飲むと体が耐えられずブッ壊れちまうみたいなんだよ。元宮が50層のポーションで身を持って証明してくれたあれだ。しかも深層産ほど副作用が大きそうなんだよな。今回は50層上を2本、いかな特殊トロールといえども身体が耐えられなかったようだ。岸壁を殴り続けたのもテンションが上りすぎて冷静な判断が出来なかっただけか? こっちは嬉しい誤算だ。


(ふー、一時はどうなることかと思ったが)


 なんとかリカバリはできたな、俺はようやく胸をなでおろすことができた。とみ団の面々もすっかり望みを取り戻し、顔を上げて戦っている。というかちょっと浮かれ気味でマズいな。冷静なのはオッサンと熊野さんくらいだ、落とし穴にはまらないと良いいが……。


「ガア、ガア!!」


 トロールの叫びにもキレはなく、アヒルかガチョウみたいになっている。完全な押せ押せムードだ。


(さて、オッサンはどう判断するかね? 逃げるか、倒すか。今ならどっちもやれそうだが)

 

 トロールを倒すルートの不安要素は第3段階だろう。弱っているが何が起こるかわからない、と考えるか、これだけ弱ってるんだから第3もいける、と考えるか。逃走ルートは穴の外で遊んでる魔物どもの中を突破しないといけない。時間をかけるとトロールと挟み撃ちだ。偶発性は小さいが、見えてる分だけでも危険は大きいだろう。あ、今なら待機ルートもあるか? 粘って救援を待つ、これのリスクはトロールがいつ本調子に戻るか分からないことだな。弱った相手は真っ先に叩くのが冒険者の鉄則、弱みは突いてなんぼだ。


 オッサンの決断は、実に冒険者らしいものだった。


「下野、交代だ!」


 盾役を降りると小盾に持ち替え、腰の長剣を抜く。


「ヤツを倒すぞ!!」


 とみ団の生き残りをかけた、乾坤一擲の大勝負。俺の握りこぶしにも力が入る。

 

(頼む、頼むぞ……!!)


 そこからの戦いは実に見事だった。盾役は恐れること無くラインを上げ、飛び出したオッサンが虎刈りになった右足を斬りまくった。菅沢さんの本気は初めて見たがかなりのもんだぞ、何で配信者のお付きなんてやってんのこの人?


「ガアア! ガアアアアアアァァァァァア!!!!」

「グッ、下んな!」

「オオウッ!!」


 盾役は水も漏らさぬコンビネーションで破片や棍棒や蹴りから味方を守り、アタッカーは壁役を信じて攻撃を繰り返す。回復力の落ちたトロールの右足は集中砲火を受けすぐにズタズタになった。


 とみ団が戦闘を優位に進めていく。トロールはいっそうの怒りを見せるが、明らかに力強さ欠いていた。うーん、少なくとも第2段階、多分第3段階にも入ってると思うんだが、弱々しすぎて判断がつかねえんだよな。さっき一瞬だけおっとなったんだが、しこたま壁を殴って終わったぜ。多分大技だったんだと思うが、実にひどい……。


「ガ、アアア!!」

「任せてください……ッ!!」


 末広は完全に一皮むけたな、守備に攻撃にと遊撃としてオッサンの穴を見事に埋めている。団が安定しているのはアイツが走り回っているのも大きい。


 弱体化しているとは言え、トロールの特殊個体をほぼ完封ペース。とみ団は俺の想像以上の戦いを見せてくれている。嬉しいサプライズ、お前らには謝らないといけねえようだな。オッサン、末広、熊野さん、下野さんに……おっと、入船もだ。全員いい仕事してるぜ。


 だが、一番俺のド肝を抜いてくれたのは、我らがヒロインとみーさんだった。


「やあああぁぁぁァァ!!!!」


 地声の半分入った叫びを上げながら元宮が放ったのは、一本の槍。


(おいおい、ムチャクチャだろォ!!??)


 俺は自分の目に映る光景が信じられなかった。あの野郎、鞭を槍に巻き付け助走マシマシでぶん投げやがった!!


 最後列から飛び出した短槍が、下ばかり見ていたトロールの意識外から顔面に突き立つ。


「ギャアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアァアアアア!!!!」


 洞窟内に響き渡る、巨人の断末魔。元宮の奥の手は一筋の光となって、長く苦しかった戦いに終止符を打った。


「まだだ! 油断するな」


 アッ、スミマセ……。


 慢心をたしなめるオッサンの声。戦闘継続を望む外のオーガたち。だがトロールが倒されたのを見て勝てないと悟ったのか、単に大暴れに巻き込まれただけなのか、後にはわずかな魔物が残っているだけだった。



 戦いが真の終りを迎えるのに、そう時間はかからなかった。



 


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