第50話 激突
「グオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!!」
トロールが全身の毛を震わせて叫ぶ。歩みはゆっくりとしたものだったが、それが逆にとみ団の恐れをかき立てていた。オーク、オーガ、マーマンの混成チームですら手一杯のあいつらには、地獄からの死者に等しく映っているだろう。
「うおおおぉぉぉ!!」
菅沢のオッサンが盾兵の後ろから飛び出し、足ヒレ戦士を突き殺す。そのまま隣のオーガをすれ違いに薙ぐと敵の手薄な場所まで突進、すぐに反転してオークの膝裏を切りつけつつ洞穴へと戻った。トロールが来る前に可能なだけ数を減らそうとしているんだろうが、かなりギリギリのアタックだぞ。
このまま粘ってればなんとかなるんじゃないか、そんな空気は大型助っ人の登場で完全に吹き飛んでしまった。とみ団は低リスクの防衛戦略を廃棄し、今みたいな危険な賭けに出ることを強いられている。だが、このままじゃ包囲は抜けないだろう。やつが接近するまでにできるだけ敵を倒し、到着と同時に突撃するか?
冷静に考えよう。ボスや中ボスは5の倍数の階層を守る存在だ。それ以外の、普通の階層を徘徊しているがなんかめちゃくちゃ強い魔物はワンダリングボスと呼ばれ、冒険者の恐怖の対象となっている。もっと先の階層で現れるような魔物がなぜか浅い場所にいる、ってのが大方のパターンだな。
普通のボスは階段やルートを封鎖していて倒さないと先に進めないが、逆に自分から近づかなければ安全だ。だがワンダリングボスはあらこんにちはと先方から挨拶に現れるので始末に負えない。運ゲーのクソゲー、だが無理ゲーではない。情報は上がっているしボスみたいに理不尽でもないただの一般兵、対策によっては普通に勝てる。
一般的にボスまたは中ボスの推奨レベルは階層プラス5、ワンダリングボスはその魔物が出現する階数とされる。トロールはオーガより格上、大抵は20層台半に出現するので最大でも25、最良の21なら今の団でもどうにかなる範囲だろう。
だが、問題は特殊個体の方だ。モンスターが突然変異し強力になったヤツと考えていい。例えばゴブリンの特殊個体は身体が一回りでかくなって知能も上がる。そして、これが面倒なんだが、元の魔物にはないスキルを使ってくるんだよ。毒液を吐いたりたりとか、2本に増えた尻尾を振り回してくるとか。ゴブリンの上位種といえばホブゴブリンだが、特殊個体はこれを余裕で打ち破るくらいの力はある。
特殊個体が厄介なのは、その在り方が個々で違いすぎてデータがろくに役立たないことだ。種としての在り方がガラッと変わっている個体も多く、火属性の魔物がなぜか氷属性になってたりするからな。当然遭遇時の死亡率も高く、殺れるなら殺ってやれのワンダリングボスとは違い出会ったら即逃げろと口を酸っぱくして言われていた。
そんな特殊個体の強さは議論が尽きない、というか幅が広すぎ、サンプルも少なすぎで議論にならない。一般的には+5前後と言われているが、まあここは間を取って4……いや、やっぱ5かな。今は17層だから推奨討伐レベルは22、ワンダリング分足して最小26、場合によっては30の大台に――
(おいおい、《白金》が死ぬ気で倒した大鬼を余裕で超えてるじゃねえか……!!)
俺は頭を抱えずにはいられなかった。低めに見積もってこれかよ! ワンダリングボスも特殊個体も遭遇率はかなり低いとされているはず、それが見事に被っちまうとは、元宮の野郎なんか呪われでもしてんじゃねえのか!?
(魔晶といい今回といい、アイツ、日頃の行いが悪すぎんだろ!!)
だが、愚痴っていても始まらない。こうして手をこまねいている間にもふさふさの大男は終焉を担いで穴ぐらへと向かっているのだ。いい加減、ハラを決める時間だ。
(……最悪、俺が出るしかねえ)
結局そこに戻らざるをえないか。というか俺が出たら秒で終わる。レア度は高いかも知れねえが、30層並ってつまりってアホな馬以下ってことだろ? 左手縛りでも楽勝だよ。
うむ、そう考えると気が楽になってくるな。どうせ一度は覚悟を決めたんだ、出るときゃ出るとこ出てやるさ。
(だが、それは配信者、いや背信者としての敗北だ)
戦う前から白旗をあげるなんてあっちゃならない。アイツラにきっちりボスを倒してもらって、グランドフィナーレを飾るのがベストだ。だがどうする? ここから小石で狙撃しまくって体力を削っとくか? いや、団は撮影中、証拠を残すと面倒なことになる。一つヤラセが発覚してしまえば、全ての疑惑が真実の
『あった!』
俺が諦めかけているときでも、入船は希望を捨てていなかったようだ。さっきまですすり泣いていたのに、挫けずデータを集めていたらしい。
『トロールの特殊個体! フィンランドとグリーンランドのダンジョンで確認されてる。機械翻訳だからあれだけど、どちらも青っぽい毛で、魔法耐性は上がってるけど特殊能力なしの肉弾戦のみっぽいよ!』
チャットには詳しいデータも流されているが、洞穴に避難している団には電波が届かないだろう。それでもかなりの朗報、十分な手柄だ。あれで魔法でも使われたら完全に無理ゲーだったが、物理だけなら勝機はあるはず。うちは魔術師いないから耐性関係ないしな。
大事なのは諦めないこと、自分を信じ抜くこと。これくらいのピンチ、あの頃は日常だっただろう? 自分が襲われてない分、余裕はいくらでもあるはずだ。
(考えろ、考えろ、考えろ……)
俺がカメラに映らず倒すか、とみ団が倒せるくらいにトロールの力を削る。これが勝利条件だ。石はバレるが細い枝ならどうだ? 呪い系のポーションは持ってきてねえし、物理的に弱体化させるしかねえ。チッ、せめて雨が本降りなら手段はいくらでもあったんだが……
そんな俺の願いが通じたのか、風がひとつ吹いたかと思うと霧雨が小雨へと変わっていく。
(おおお、恵みの雨だ!)
俺は台風にテンションが上り海パン一つで外を駆け回る田舎の小学生男児のごとく歓喜で走り出したかった。ここはダンジョン、奇跡と呼ぶには胡散臭すぎるが、有利になるなら何でもいい。視界の悪化は確定、多少の不都合は「雨のせい」でごまかせるぞ。
(ここまでお膳立てされてしくじったんじゃ、高位冒険者の名がすたるってもんだな)
俺は雨に濡れた唇をなめた。条件は出揃った、後はやるだけだ。かすかな手がかりを求めトロールの後ろ姿に集中する。体毛に隠されているがあの盛り上り方、相当な筋肉量だ。腰巻きすらない完全な裸族、オークには許されないスタイルだな。棍棒と呼ぶには原始的過ぎる丸太は、あれだけデカいと入口につっかえるだろ、むしろ守りやすいかも知れねえな。
地上に降り、全身の力を抜いてトロールの背中を捉える。身体の全てで、世界の全てを感じる。きゅう、と視野は狭まり、時間は引き伸ばされ、思考が早まる。記憶を全部ひっくり返し、役に立ちそうな戦闘を探す。360度、ありとあらゆる角度からの襲撃をイメージする。どうする? どこを狙う? どう潰す? 考えろ、考えろ、考えろ。
考えろ――
俺は耐水ポーションを2本取り出すと片方を飲み干し、もう片方を右手にじゃぶじゃぶとかけた。ビンをもう1本取り出して右手に開けると、耐水性の膜に弾かれ軽く握れるほどの反発感と丸い水の玉が生まれる。よし、これならやれるぜ!
(行って来い!!)
全身を捻って力を貯めると、アンダースローで開放。猛然と放たれた水の弾は地面すれすれを飛び、トロールの右足へと着弾し小さな水しぶきとなって弾けた。
よし、第一段階はクリアだ。巨人は気付きもしなかったのか、何事もなかったかのように真っ直ぐとみ団を目指している。水たまりを踏み抜くタイミングに合わせといたし、映像でもバレないと思いたい。あとは効果の程だが……もう1本くらいいっとくか?
2発目を左足にぶちこむと、山を出て壁際の茂みへ身を隠す。ここならいざとなってもすぐに出られるはずだ。打てる手は全部打った、あとは仕上げを
(ほんと、頼むぜ……!!)
俺は今まさに青の巨人と対峙せんとする、とみ団の面々に念を送った。
「やるぞお前ら!!」
菅沢さんが声を張り上げ、
『お願い、お願い……』
入り船が祈る。
その巨体がぶるりと震えたのは、恐怖ではなく歓喜だろう。
「ガアアアアアエエエエアアアァァァァァァ!!!!」
トロールは上を向いて天井の神々に自分の存在を訴えると、担いだ巨木を振り下ろす!!
「ガアアアア!!」
「うおおォォ!!!!」
ワンダリングボスの、全力の一撃。大地を揺らすような破砕音を響かせ、凝縮された力が爆ぜる!
「ガアアアアアアァァァ!!」
「うおおオオオォォ!!!!」
矮小なる人間の盾を砕かん、と超高速で振るわれる丸太。その先端は強かに洞窟の上部を叩き、削り出された破片が飛び散った。
「ガア!! ガアアアァァ!!」
「う、うおお!!??」
一向に届かぬ打撃に戸惑うとみ団。トロールは巨木をでたらめに振り回し自分の膂力を見せつけたが、穴の入口を削るだけだった。力は強くなったが、彼の神様は彼に知恵までは与えてくれなかったようだ……ま、まあ弾かれた石がつぶてとなってとみ団を襲っているしそれなりの意味はあるって!
「左足を狙え!」
「行きます!!」
とみ団の反撃も始まる。槍は牽制、本宮の鞭が本命だが、さすがに火力不足か? 相手が馬鹿やってるうちにダメージを稼ぎたいところだか……。
暴威を振るう巨人、冷静さを持って対抗するとみ団。外壁との喧嘩に専念する巨人、チクチクと足を狙うとみ団。世紀の一戦は今、奇妙な膠着状態へと陥っていた。
トロールは変わらずヤンチャの限りを尽くし、本宮の鞭は隙間産業よろしく無心で足元を狙い、とみ団印の大盾は破片避けの壁代わりとなった。
そこはもはや迷宮ではなく、ただの採掘現場だった。
(なんじやこりゃ……)
俺は安心半分呆れ半分でその様子を眺めていた。
恐ろしいことにトロールは岩肌をどんどん削っていった。おいおい、あんなもん食らったらひとたまりもねえぞ。まあその分下がればいいから当たんねーけど。
飛び散る小石、積まれるボタ山。こいつ実はドワーフとかじゃないよな、ほら、名前も似てるし。
洞窟掘ってはエンヤコリャ
足元掘ってはエンヤコリャ
俺の脳内には存在しない田舎の炭鉱節が繰り返され、顔を見たこともない架空の祖父ちゃんが寒風摩擦を始めていた。
なんだろう、どんなシチュエーションなのかさっぱり分からないが、少なくともトロール特殊個体の備考欄に「アホ」と記されるだろうことだけは確信を抱ける。いやー、たまにいるよね、こういう魔物。自分から崖に飛び込んだり余裕かまして昼寝してたり。
そして、そういうアホほど怖いのも事実だ。
「アガッ!!」
「末広っ!?」
トロールの振り下ろした一撃は頑強なはずの天井を大きく崩落させ、そのまま獲物を捉えた。
「ガアアァァ! ガアアアアァァァァァァ!!!!」
吹き飛ばされる末広、勝ち誇るトロール。俺は腰を浮かしたが、
「末広、大丈夫です!」
「よし、しばらく休んでろ!」
「任せとけや!!」
無事を確認し屈み直した。さすがに今のは冷や汗をかいたぜ。天井を叩いた分威力が弱まったか? 末広も油断しすぎだ。
(……だが、決断のときかもな)
今ので
「ガアアァァァ!!!!」
気分よく丸太を振り回すトロール。今みたいに下がれば安全だか、洞穴にも終わりはある。このペースじゃ救援が来るまでに掘り尽くされてしまうだろう。
(無念だがここまでか――)
だが、だ。決して悲しむことはない。確かに大勝利とはいかなかったが、今までよく頑張った。それは視聴者全員がしっかり見てるはずだ。
後は俺がせいぜい盛り上げてやるよ。
フェイスマスクを被り直すと短剣を抜く。本宮がわずかな可能性を信じて鞭を振るい、トロールは高笑いで棍棒を打ち付け、
「ガア……ガ、ガァァ……?」
突然体を震わせ、動きを止めた。
「ッ!?」
「な、何だ?」
「全員盾の後ろに隠れろーッ!!」
とみ団はその挙動を最大限に警戒し、巨人は変わらず震え――
俺は全力で拳を握った。
来たか――!!!!
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