66話 愚痴

 ……どうも九条です。最悪です、私の気分は最悪なのです。


”ガラガラ”


「……こんにちは」


「おっ、九条さんじゃないの。何か相談かい?」


 黒野さんの居る教室の扉を開けると、彼女が膝に黒猫を乗せてナデナデしていた。私がこんな最悪の気分だというのに、この能天気さには少しイライラしますね。


「そうだんというか嘆きに来たんです。この世の無情を」


「おぉ、えらく壮大な悩みじゃないか。もしかして柊君絡みかい?」


「当たり前じゃないですか、私が柊先輩以外のことで嘆くこと無いですよ。恋は盲目という言葉がある通り、最近の私は柊先輩のことしか考えられない女だったんですから。だから悩むにしても柊先輩絡みに決まってます」


「まぁ、分かったから、とりあえず席に座りなよ」


「分かりました」


 私はツカツカと歩いて、この間の様に黒野さんと机を挟んで向かい合う様に座り、ふぅーと大きく溜息をつきました。

 丁度その時に黒野さんの膝の猫が「にゃー」と愛くるしく泣き始めましたが、そんな可愛い姿を見せられても、今の精神状態の私には全く可愛いとは思えません。普段なら抱き締めて、なでなでコンボからの猫吸いまで決めてしまうんですけどね。そんな一連のルーティンが出来ない程に私は病んでいます。


「猫触るかい?」


 黒野さんが猫を持ち上げようとしましたが、そんな猫セラピーでは私の心は癒せないのです。


「いや結構です。そんなことより私の愚痴を聞いて下さい。物を言わぬ岩になったつもりで静かに聞いて欲しいのです」


「ほぉ、愚痴かぁ。大体の見当は付くんだが、憶測で物を言っても始まらない。愚痴ってみてくれよ」


「はい、それでは愚痴ります」


 愚痴ると言ってから愚痴る奴も中々居ないだろうが、私は悲しい出来事を愚痴り始めた。


「柊先輩が塚本先輩に告白して、その後は二人で下校したりしてるんです。これは完全に付き合ってますよね?……本当にあり得ません、どうして私じゃなくて塚本先輩なんでしょ?」


 柊先輩が告白したと聞いた時、私の世界は暗転しました。

 いくら柊先輩が塚本先輩のことを好きだという事実があったとしても、イケメンの柊先輩が、不細工な塚本先輩に告白するということが予想も出来なかったのです。というか考えたくも無かった。


「……付き合っては無いんじゃないか?」


「どうしてそんなこと言えるんです?」


「だって塚本さんが数日前にココに来て、まずは友達からなってみます、みたいなことを言ってたからさ。だからまだ付き合っては無いと思うぞ」


 呆れた。この人私の相談に乗っておいて、塚本さんの相談にも乗ったというのだろうか?こういうのって相談浮気ってことに成らないのだろうか?


「黒野先輩は、誰とでも相談なさるんですね」


「その、誰とでも寝るみたいな言い方やめてくれる?なんか感じ悪いからさ」


「もうすでに感じ悪いですよ。私というものがありながら、塚本先輩の相談にも乗るんですから、このアバズレ女」


「だから言い方な。アバズレとか言うなや、バリバリの処女だっつーの」


 むくれる黒野さんだが、別にむくれたところで可愛くないです。

 さて、どう責任を取ってもらおうか?……なんて少し考えてみたけど、バカらしくなります。だってこの人を責めたところで柊先輩と塚本先輩が良い感じになってしまった事実は変わらないし、非生産的な会話は私の好むところじゃない。


「あー、人生って何でこんなに辛いんですかね?私が先に柊先輩に告白してたら、柊先輩は私のものになってたんでしょうか?」


「いや、そりゃなってないだろ。柊くんは塚本さんのことがことが好きなんだから。アンタが告白したところで結果は変わらないよ」


 ココに来て的確なことを言う黒野さん。流石は相談のプロだ、結果は変わらないという言葉が私のハートにグサッと刺さります。


「まぁ、愚痴ぐらいなら聞いてやってもいいぞ。場所を変えようかね。クロベ―またな」


 黒野さんの言葉に呼応するように「ニャー」と一泣きしてから、トコトコと教室を後にする黒猫ちゃん。どうやら黒野さんの飼い猫というワケでも無いらしい。


「何処に行くんですか?」


「行きつけの喫茶店。そこでアンタの愚痴を何時間でも聴いてやるよ」


「……まさかそこのコーヒーを奢れとか言い出さないですよね」


「言わない言わない、逆に私がアンタに奢ってやるよ。いつも相談者に缶コーヒーを奢ってもらってるからな。たまには自分が奢るのも悪く無い」


 こうして私は黒野先輩に連れられて喫茶【Mary】に行くことになったのですが、カウンターの席で美味しいコーヒーを飲みながら愚痴っていると、涙が滝の様に流れて来て、話すこともままならなくなりました。初恋が実らず失恋したのだから、しょうがないといえばしょうがないだけれど、あまりに見るに堪えないことになったので、そこの場面は割愛させてもらいます。

 黒猫を撫でていたように、彼女が私の頭を優しく撫でるのが、イラっとすると同時に妙に心地良かったとだけ言っておきましょう。









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