44話 嗜好

 私の名前は眞鍋 薫子。34歳の音楽教師です。

 飲んだらキス魔であり、一人宅飲み時には裸踊りもしてしまう、そんな女です。それが原因か知らないが未だに結婚も出来ておらず、焦っていたんですが、一人の生徒に相談したところ、マイペースで良いんだと諭され、今はそんなに焦っていません。

 34歳にもなって生徒に諭されるとは情けないと思う人も居るかもしれませんが、私の教育指針は【生徒と共に学び合える】なので、全然恥ずかしいとも思いません。


 ある日のこと、職員室で金原先生がいつもの様に教頭の剣持けんもち先生から嫌味を言われていました。


「全く君ときたら、先生に金を借りるには飽き足らず、生徒にまで金を借りようとするとは……教師として恥を知りなさい‼」


「……ごもっともで。」


 金原先生は下を向いて、如何にも反省している風を出して、この場をやり過ごそうとしていますが、剣持先生もそれを分かっているのでガミガミ説教はまだ続きそうです。

 剣持先生はひょろ長の56歳の男の先生で、教頭から校長のポストを狙う野心家であり、生徒指導よりも教員指導に余念がない嫌味な性格の人です。嫌味な性格が災いしてかバツイチなので普段からも嫌味であることが覗えます。

 正直私は苦手な部類の人です。


「大体君は教職を何だと考えているのかね‼」


「いえ特に考えたことは……いや素晴らしい仕事だと思います。」


 殆んど自分の本心を言ってしまってから、取り繕った言葉を言う金原先生。正直な人なのか、天然なのかよく分からない人です。嫌いではありませんが無類のギャンブル好きという時点で、あまり仲良くなりたいとは思いません。


「大体何がパチンコだ?あんな低俗な者共のする遊びの何が楽しいのか理解しかねる。あんな物は早く無くなってしまえばいい‼」


 職員室に響き渡る剣持先生の大声。これって自分の権力を私達に見せつけたいのでしょうか?段々とイライラしてきました。今日は家に帰って酒飲んで裸踊り確定かもしれません。


「お言葉ですが教頭。それは言い過ぎだと思います」


 ……えっ?

 いつの間にか顔を上げて凛々しい顔で教頭を睨め付けている金原先生。金原先生がこんな真面目な顔をしているところなんて初めて見ました。


「な、なんだと?」


 教頭もこれには驚いた様で、先程の勢いは何処にやら、たじろいでいます。


「教頭はパチンコをした事が無いんですよね」


「あ、当たり前だあんな物‼」


「でしたら、アンタの言葉が私に届くことはありません。確かに私は教えるのも嫌いで、早く勤務時間が終わらないかな?と常に考えている最低のクズ教師で何を言われても仕方ないのかもしれません。ですが私のせいでパチンコが馬鹿にされるのは黙って居られません。確変で連チャンして万発稼いだことの無い人間がパチンコの何を語れるというのか?……何も語れないでしょ?私は教育というのモノが未だによく分かりませんがね、生徒達には自分がやったこともの無いモノを勝手に決めつけてバカにする様な人間にはなって欲しく無いですね。」


「な……なんだと⁉」


 顔を真っ赤にする教頭ですが、教頭が喚きだす前に金原先生は職員室を出て行ってしまいました。





「ということがあったのよ」


「……へぇ」


 黒野だ。また眞鍋先生がやって来たのだが、どうやら今回は相談ではなく、金原と教頭のやり取りを言いに来ただけらしい。

 なんでそんなことをワザワザ言いに来たのか?その理由はまだ分からない。だが眞鍋先生が微笑んでいるので少し嫌な予感がしている。


「私ね、ギャップのある人が好きなの♪それでね、普段ダメ教師の金原先生が教頭にガツンと言うところを見て、少し胸がトゥンクしちゃってさ……これって恋かな?」


「違うと思います。コーヒー飲んで目を覚ましてください」


 嫌な予感が的中した私は、先程差し出されたコーヒーを先生に返し、珍しく丁寧な敬語で諭した。

 金原にトゥンクしては駄目だ。眞鍋先生には幸せになって欲しい。






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