15話 避暑
「あづい……」
私こと黒野 豆子はそう一言吐いて扇風機をゼロ距離で浴びている。
地球温暖化が絶賛進む中、私の家にはクーラーが無い。
私は何度も買うように進言しているのだが、祖母ちゃんが「あんな物は無くても人間生きていける」と抜かすのである。
えぇい、冗談ではない。祖母ちゃんは日中は冷房の利いたスーパーにパートに出ているから良いかもしれないが、私は夏休み、ずっと家に居るのである。
今度、真知子の奴から海に行こうと誘われたが、何となく怠くて断った。体の傷の跡もあるので水着になって泳ぐのも気が引けるしな。ゆえに夏休みの予定は完全にゼロである。
本来なら家でダラダラするのは好きなのだが、このままでは熱中症で死んでしまう。そう考えた私は昼飯に用意されたカップラーメンを早々に食べ終わり、避暑地を目指して旅立った。
避暑地として最も最適なのは喫茶【Mary】である。あそこなら業務用の大型クーラーが常に稼働していて涼しいし、何より美味しいコーヒーが飲めるので、カフェイン中毒者の私にとっては天国の様な場所である。
“カランカラーン”
「いらっしゃーい」
店に入るといつもの様にマスターから声を掛けられた。昼時とあってランチ目当ての客が結構入っている。奥様達や、サラリーマン、土木作業員などと実に多種多彩である。私達学生は夏休みだが、社会人はあまり休みが取れないと聞く、大人って大変だなぁ。
私はいつものカウンターの席に座り、あえてホットのブラックコーヒーと夏らしくアイスクリームを頼んだ。
この店はアイスクリームの手作りで作っており、クリーミーで甘いのが若干苦手な私でも美味しく食べれる逸品である。
「お待ちどうさまです」
白いワンピースを着た長髪の綺麗な女性がホットコーヒーとガラスの器に入ったアイスクリームを一緒にカウンターのテーブルの上に置いた。見慣れない人だがカウンターの中に居るということは店の関係者だろう。歳は私と同じぐらいか、二十歳手前といったところだろうか。私服というのは些か気になるが、アイスクリームが溶けてしまうので、そんな疑問は後回しである。
私はアイスクリームをスプーンですくって口に運び、味わうことなくすぐにコーヒーを口の中に注ぎ込んだ。ゆっくり食べろと思った人も居るかもしれないが、私はココからゆっくり味わうのである。
注ぎ込まれたコーヒーによってアイスは溶けていき、そこにはコーヒーとアイスクリームの調和が始まる。苦いコーヒーと甘いアイスクリームが混然一体になる事により、口の中に広がる幸福感。暑い日中にクーラーの効いた部屋で暑いコーヒーを飲むという優越感もあり、私は幸せの絶頂の中にいた。
「旨い」
この私からそんな一言すら漏れるのだから、やはりこの店は大したものである。
アイスを食べて、コーヒーを飲み終わり、一時間ぐらい店にいた私はそろそろ店を出ることにした。伝票を持って精算機の前に立ち、先程の綺麗な人がレジ打ちをして私に現実を突きつけて来た。
「アイスクリームが300円、ホットコーヒーが500円、合計で800円になります」
ぐっ、そうだよな。コーヒーだけでも500円なのに、アイスも頼んだらこうもなろう。別に一週間に一度ぐらいならこの値段を払うことも吝かでは無いが、夏休みは一ヶ月以上続くのである。バイトもしていない私が毎日800円も払っていたら、すぐに貯金が底を尽き、一文無しになってしまう。
それならアイスなんて頼むなよと思われるかもしれないが、夏やアイスが食べたくなるのは道理であろう。欲求には人間は中々勝てないよ。
あぁ、世知辛い。避暑地に逃げ込んだ私だが、まだお天道様は高々と空の上に居座っており、これからまた灼熱地獄に舞い戻らないといけないと考えると憂鬱である。
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