包帯男

in鬱

包帯男

 俺は物心ついた時から包帯を顔に巻いていた。おかげで小、中学校では変人扱いされ、包帯男と呼ばれていた。

 包帯が顔に巻き付いてから10年。俺は高校入学を迎えた。10年近く経つというのに包帯を取ることは出来ていない。

 取ろうとすると親が必死で止めてくるのだ。若干引くくらいの必死さだった。

 包帯の奥には何があるというのか。他の人と同じように顔があるだけではないのか。

 必死に止める親は俺のためだと言うが、なんで俺のためなのかと聞くとだんまりする。

 必死に止めるくせにその理由は教えてくれない。意味が分からない。肝心なことを言わない親に苛立ちを覚えていた。

 

 

 ――――――――


 「見てあれ……」


 「何あの包帯……」


 今日は高校の入学式だ。小中学校ではいじめしか受けてこなかった。先生に相談をしても適当に返されるだけでまともに取り合ってくれなかった。でも、高校は違うと信じて受験をして入学した。

 だが、入学式が行われる体育館に入ったらその場にいた全員が俺のほうを一斉に向き、腫れ物を見るような視線を向けてきた。

 生徒だけでなくその保護者も先生すらもだ。俺の僅かな望みはたった今砕かれた。高校でも同じ目に遭うことになるのか。

 場がザワザワとしだして俺は肩身が狭い思いで入学式を迎えた。親は頭を下げ申し訳なさそうにしている。

 子どもをかばうのが親の役目じゃないのかと苛立ちを覚えた。誰も俺の味方をしてくれない。



 「ねぇ。何で包帯してるの?」

 

 教室に戻り、男子数名から声を掛けられた。その目は見覚えのある目だった。おもちゃを見つけた子どもの目。

 悪意しか感じない目。同じ目に遭うのだと確信した俺は何も言わずうつむいた。



 「だんまりかよ。気持ち悪い見た目しやがって」


 「吐き気がすんだよ」


 「なんでこんなやつがクラスメートなんだよ」


 何も言わない俺に興ざめしたのか吐き捨てるように言うと自分の席に戻っていった。

 これをまた3年間味わうことになるのか。いじめられることが当たり前になっても慣れるわけがない。

 高校でも同じことの繰り返しになるのか。俺の人生に光は無いのか。



 「大丈夫?」


 「えっ?」


 「酷いこと言われてたね。最低な奴もいるんだね」


 「君は俺のこと変だと思わないの?」


 「全然。人にはさ、隠したい秘密が3、4つはあるじゃん。君の包帯もその秘密の1つなんでしょ」


 冷やかした男子たちが去ったあと前に座っている男子が振り返って、普通に俺に接してきた。

 普通に接してくる人は初めてだ。不思議な気持ちになった。

 俺はこの包帯のせいで普通の学校生活を送れなかった。でも、この子はこの包帯を変だと思わない。

 それはそれで変なのかもしれないが、俺にとっては初めての理解者だ。



 「普通に接してくれる人初めてだよ」


 「そうなんだ。じゃあさ、初めての人ってことで友達になろうよ」


 友達、邪魔者扱いされていた俺には無縁の存在だと思っていた。俺に友達という存在ができるなんて夢にも思わなかった。

 人生生きていれば良いこともあるもんだ。



 「僕の名前は理久斗りくと。君の名前は?」


 「俺は亮二りょうじ


 「亮二、よろしく」


 理久斗が手を差し出してきたので、俺はその手を握り返して握手を交わした。

 絶望しかなかった心に一筋の希望が差し込んできた瞬間だった。


 ――――――――


 俺は家に帰り、親に今日の出来事を話した。親は嬉しそうに話を聞いてくれた。

 学校でのことを話すことはあったが、今日みたいに嬉しい出来事を話したことは一度も無かった。

 故に親も手放しで喜んでくれているのだろう。



 「良かったわね」


 「うん。こんな日が来るなんて思わなかった」


 俺は嬉々とした思いで眠りについた。俺のことを邪魔者扱いする人はいるだろうけど、一人だけでも俺の味方が出来たことが嬉しかった。



 「おはよう」


 「うん」


 朝、アラームの音で目が覚めた。気持ち良く眠れた。

 リビングに向かうと母が笑顔で挨拶をしてきた。

 俺は軽く会釈するだけで済ませて、食卓に着く。

 用意された朝食を食べ、学校に行く支度を済ませる。

 


 「いってらっしゃい」


 「いってきます」


 支度を済ませて家を出る。

 母が玄関先で手を振って見送ってくれた。

 俺も軽く手を上げて返す。自然と学校へ向かう足取りが軽かった。


 学校に向かう途中、多くの人とすれ違った。すれ違った人全員に二度見された。

 軽かった足取りも重くなり、気分も沈んだ。足取りは学校に近づくほど重くなった。

 学校の最寄り駅に着くと同じ制服を着た人が何人もいた。その全員がこちらを見てザワついている。

 中には薄ら笑いを浮かべる者もいた。学校でも無い場所でこんな思いをしなくてはならないのか。

 足を止め、下を向いていると誰かに手を引かれた。

 前を向くと理久斗が背を向け、無言で俺の手を引いていた。



 「どうして?」

 

 「一緒に学校行こう」


 理久斗はそう言うと俺の手を引いて学校に向かった。

 理久斗は一言しか言わなかった。でも、その一言で俺は救われた。

 心の中で理久斗に感謝した。



 「これから一緒に学校行こうよ。あと、帰る時もね」


 「ありがとう」


 「友達なんだから当然でしょ」


 学校に着くと理久斗が笑顔でそう言った。話してくれるだけでもありがたいのに一緒に登下校をしてくれるのか。

 友達とはそういう関係なのか。初めて知った。

 理久斗から学ぶことはたくさんありそうだ。

 


 「チッ、来たのかよ」


 「マジで憂鬱だわ」


 教室に入るとクラスメートから冷ややかな目で見られた。

 昨日、悪口を言ってきた男子たちは俺に聞こえる声量で言ってきた。

 教室に一歩入るだけで嫌でも現実を見せられる。

 


 「早く席に着こう」


 理久斗に手を引かれて自分の席に座る。クラスメートからの視線は感じるが、俺は気にしないようにして授業の準備をした。

 HRが始まるまでの間、理久斗がクラスメートからの視線を気にしないようにずっと話しかけてくれていた。

 


 ――――――――――



 時はあっという間に過ぎ、一学期が終わり二学期の始まりを迎えようとしていた。

 いつものように電車に乗り、最寄り駅で理久斗と会い、一緒に学校に向かう。

 談笑しながら学校まで歩く。学校に着いてHRが始まるまで、談笑する。

 俺なりの青春を謳歌していると感じるようになった。

 理久斗と笑いあう日々。学校行事よりもこっちのほうが楽しい。



 「おい、包帯男」

 

 授業が終わり休み時間になった。理久斗がトイレに行き、一人で過ごしているといつも俺を冷やかす男子たちが俺のところに寄ってきた。

 聞いたことのある名前で呼ばれ、陰鬱な気分になった。その名前で呼ばれるのはいい気分ではない。



 「無視すんなよ。ちょっとは俺たちと遊ぼうぜ」


 「嫌だ」


 「気持ちわりぃ見た目してる癖に反抗すんなよ」


 男子の一人が俺の胸ぐらを掴み高圧的な目で見下してくる。

 クラスメートは見て見ぬふりをしている。視界に入っているはずなのに何も言わない。

 こいつらも理久斗がいない時を狙っていじめに来る。



 「反抗すんならこいつに受けてもらうことになるぞ」


 「やめろ!」

 

 男子はそういうと理久斗の椅子を蹴った。俺は咄嗟に声が出てしまった。

 俺のせいで理久斗がいじめられるのは嫌だ。



 「なら、言うことを聞けよ」


 男子たちは薄ら笑いを浮かべて俺の顔を覗き込んでくる。

 心に差していた一筋の希望も断たれた気分だった。


 

 「とりあえず、今日の放課後俺たちと一緒に来いよ」


 俺は男子たちの言うことに黙ってうなずいた。

 男子たちが戻っていくのと同時に理久斗が戻ってきた。

 理久斗はいつもの調子で話しかけてくるが俺はあまり乗り気では無かった。



 ――――――――



 「よいしょー!」


 「うっ……」


 放課後、男子たちに人気のない路地裏に連れていかれた。男子たちは獲物を狩る獣のような眼をしている。

 そして、俺のことをリンチし始めた。ひたすらに暴行され、苦しかった。



 「もうやめて……」


 「あ?じゃああいつがこんな目にあっていいのか?」


 「それは……」


 「じゃあお前が受けろ!」


 「うぐっ……」


 俺はその後もひたすら暴行され、男子たちの気が済みやっと解放された。

 全身が痛い。辛い、苦しい。でも、理久斗を巻き込むわけにはいかない。



 俺は男子たちのおもちゃにされた。何度も殴られ、蹴られ、全身に痣が出来てしまった。

 理久斗にも家族にすらこの事は言っていない。言ったら、理久斗に危険が及ぶし、俺自身何をされるか分からない。

 今以上のことをされるのが怖かった。男子たちにリンチされる日々が2週間続いた。

 そして、事件は起こった。



 ――――――――――



 「おはよう」


 「うん。おはよう」


 最寄り駅に着くと理久斗が待っていた。俺は痛む体を何とか動かして、学校に向かった。

 理久斗はいつもの調子で話しかけてくれた。俺にとってこの時間が最も落ち着く時間だ。

 


 「でさ……」


 学校に着いてからも理久斗はずっと話しかけてくれた。

 教室に入ると男子たちが俺を見て薄ら笑いを浮かべた。

 クラスメートも一瞬こちらを見てすぐ元に戻る。二学期が始まっても、腫れ物扱いは変わらない。

 

 HRが終わり、一時間目が始まった。授業中、ずっと刺すような視線を感じた。

 授業が終わると理久斗がトイレに向かった。理久斗がトイレに行ったのを確認してから男子たちがこちらに寄ってくる。



 「今日も来いよ」

 

 「……」


 「返事は?」


 「……嫌だ」


 2週間耐えてきたがもう限界だ。本音が漏れた。

 俺のことを理解してくれなくていいから関わらないでほしい。



 「あ?今なんつった?」


 「嫌だ」


 「悪い子には罰を与えないとなぁ」


 「や、やめろ!」


 男子たちはゴミを見るような目をこちらに向けた。

 そして、罰を与えると言って俺の顔に巻いてある包帯を取ろうとしてきた。

 俺は必死に抵抗したが、手足を押さえられて顔の包帯を剥がされた。



 「うぇ……」


 男子たちは俺の素顔を見ると凍ったように動かなくなった。

 数秒してから動き出し、逃げるように場を去っていった。中にはその場で吐き出した者もいた。

 クラスメートも俺の顔を見ていた。俺の顔を見た者の中には吐き出す者もいた。

 場が混乱している中、理久斗が帰ってきた。

 理久斗も俺の素顔を見て一瞬固まり、口を手に抑えて吐き出した。



 「気持ち悪い……」


 理久斗は吐き出してそう言った。俺の中で何かが壊れた気がした。心の中の一筋の希望が完全に消えた。

 混乱した場は騒ぎを聞きつけた先生によって収まった。俺は包帯で顔を隠され保健室に連れていかれた。

 俺は帰宅することになり、1人で家に帰った。何も呆然としながら学校を後にした。

 電車に乗っている時もただ一点を見つめて、ボーっとしていた。



 ――――――――――


 家には誰もいなかった。自分の部屋に向かい、ベッドの上で横になった。

 何も考えず、ただ天井を見つめて時が流れるのを待った。


 何時間か経った後、重い体を起こした。時計を見ると12時37分だった。

 こんな時間になるまでボーっとしていたのか。

 俺は部屋を出て洗面所に向かった。廊下は真っ暗だった。この時間は家族みんな寝ている。

 

 洗面所の鏡で自分の姿を見る。顔を包帯で巻かれ素顔は分からない。包帯の間から目と口が見えるだけ。

 親からは素顔を見るなと言われているが今なら見られる。クラスメートにも見られたんだ。

 理久斗は俺の顔を見て嘔吐した。そんなに酷い顔なのか。

 俺は顔に巻かれている包帯を丁寧に剥がす。

 包帯が完全に剥がれ、俺の素顔が鏡に映された。



 「なんだ……これ?」


 鏡に映っているのは顔の原型を留めていない肉。

 皮膚は酷く焼けただれている。とても人間とは思えない顔をしている。

 なんだこの生物は?これが俺の素顔……なのか?

 顔の肉をつねってみる。痛みを感じる。夢じゃないのか。夢であって欲しかった。

 俺はこんな醜い顔を理久斗に晒したのか?

 理久斗だけでなくクラスメートにも。

 次逢ったらどんな顔をするだろうか。誰もが軽蔑する目で見てくるだろう。理久斗も同じだろう。

 心の希望だった人にそんなことをされたら生きていけない。

 理久斗のそんな顔を見ないで済むようにしよう。

 


 翌日、首を吊った遺体が見つかった。

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