第91話 サプライズ

レン・ウィンダーは、漆黒の鎧を纏った騎士のような姿をしているオレガノの拳を、片手で止めていた。

「オレガノ。貴様何のつもりだ。彼女を殺す気か」

怒りの言葉を投げかけるが、濁り赤く染まった瞳でレン・ウィンダーを見つめるオレガノは、笑い始める。

「ハハハハ・・・・この俺様こそが最強。この世の全てが俺様の前に跪くことになる。面倒だ。明日と言わずこの場で貴様をぶちのめして、全ての者達に貴様がいかに無能なのかを教えてやろう」


そこにランディが飛び込んでくる。

「オレガノ止めろ。失格にするぞ」

「俺様を止められる者なら止めてみるがいい」


禍々しい魔力がオレガノの体から溢れ始め、その濃い魔力が会場に流れていく。

会場観客席にはすでに薄らと広まり始めている。

その禍々しい魔力に触れた人々は、心の底の恐怖を呼び起こされ、叫び声をあげて会場出口へと逃げ始めパニックが起き始めた。


「助けてくれ〜」

「怖い怖い怖い」

「退け、邪魔だ、退け」

「逃げろ、急げ」

「殺される!」

「逃げろ逃げろ」


会場の出口では逃げ惑う人々と必死に誘導する係員たちでパニックになっている。


「ハハハハ・・そうだ。逃げ惑え・・・なぜ、貴様がなんともない」

オレガノの目の前にいるレン・ウィンダーは、しっかりとオレガノの拳を抑えたまま立っていた。

その姿に驚いていた。

会場の観客のように怯えることも無く、冷静でありながら強い怒りを見せ、オレガノの魔力に飲み込まれることも無く立ち続けている。


「こんな安っぽい魔力で勝てると思っているのか」


レン・ウィンダーの体を薄らと光が覆っている。

オレガノは拳に力を入れるがレン・ウィンダーはびくともしない。

禍々しい魔力をレンに向けるがことごとく消滅していく。

同時にレンはオレガノの腹に蹴りを入れ、蹴り飛ばした。

20メートルほど飛ばされ転がりながらも立ち上がる。


「安っぽいだと・・馬鹿な、俺様の暗黒魔法の魔力を浴びてなんとも無いだと」

「暗黒魔法・・そもそもこれのどこが暗黒魔法なんだ」

「なんだと」

「ただ単に気持ち悪いだけの魔力だ。誰に教わったか知らんが、闇魔法のアレンジに過ぎん。おおかた、ペテン師の魔法使いにでも騙され、教わったんだろう。馬鹿なやつだ。闇魔法の使い手が箔付けで禁術の暗黒魔法が使えるとよくほざくが、所詮貴様も同じようだな。よく似た紛い物に過ぎない。そもそも・・言ったところで無駄だな」


レンは、二千年前の前世のことを思い出していた。

二千年前に暗黒魔法の使い手は、二人だけ存在していた。

暗黒魔法の使い手とその弟子の二人だけ。

暗黒魔法は常にマンツーマンで指導しなければ危険だと、使い手の男は言っていた。

そのため弟子は一人だけしか取っていなかった。

その弟子がある事件から絶望感と強い憤りと怒りに支配され、暗黒魔法を暴走させ世界が崩壊しかけた。

使い手の二人はその時に死んでいる。

同時に魔法書も残らず消滅しているため、この時代に使い手がいるはずが無いからであった。

使い手はいなくとも伝説の中で残り、暗黒魔法を復活させようとする者達は常におり、その結果上辺だけ似たような魔法を作り出す者達は常にいる。

本当の暗黒魔法を知るレンからすれば、実物とは似て非なるものであり、闇魔法のアレンジに過ぎないのであった。


「貴様、俺様を侮辱するのか、許さん」


オレガノの背後に漆黒の渦が現れる。

「飲み込め、暗黒大渦ダークヴォルテックス

漆黒の渦が巨大化してレンを飲み込もうと襲いかかってきた。

レンはスキル木で白銀の木刀を作り出して一閃。

たちまちその漆黒の渦が切り裂かれて消滅していく。

レンは、全身と木刀を神聖魔法で覆っていた。

神聖魔法に触れた禍々しい魔力は、ことごとく浄化されて消えていく。


「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な・・・なぜ木刀如きで切れる。そんなはずがあるが」

「そんなに難しくはないぞ。貴様がその程度、いや貴様が言う偽暗黒魔法の威力がこの程度だということだろう」

「そんな馬鹿な、そんなはずがあるか」

レンは、襲いかかってくる漆黒の渦をどんどん切り裂いて消滅させていく。


「もう終わりか」

気がつくと漆黒の渦は残らず消えていた。

オレガノは闇魔法のダークランスを繰り出し、同時に剣を振りかざしてレンに襲いかかる。

レンは、闇魔法の槍を残らず切り捨て、オレガノの剣を白銀の木刀で受け止める。


「魔鋼の剣だぞ、木刀で受け止めただと、なんだその白銀の木刀は」

「ヘェ〜、魔鋼の剣か、単純に使い手が下手なだけだろう。だから木刀ひとつも切れないのさ」

レンはオレガノを蹴り飛ばす。

「もう夕暮れだ。ここらで蹴りをつけてお前を牢屋に放り込むとするか」

「このまま終わる訳には・・・」

「まだ戦う気か」

オレガノは、懐から赤い魔石を取り出す。

「ハハハハ・・・まさかここまで追い込まれるとは、この魔石は帝都中に仕掛けた爆発魔法陣の起爆装置だ。俺様を馬鹿にしたことを後悔するがいい」

地面に赤い魔石を投げつけて砕いた。

「これで帝都は終わりだ。ハハハハ・・」


突如、何かの爆発音がした。

振り返ると夕暮れの空に、花火が次々に打ち上がり大輪の花を咲かせていた。

帝都中に隠されていた魔法陣から花火が打ち上げられている。


「なんだこれは」

呆然としているオレガノ。

全ての人々が呆気に取られている。

そこに水の大精霊ウィンからレンに念話が聞こえてきた。

『帝都中に仕掛けてあった爆発の魔法陣は、僕が花火の魔法陣に改造しておいたよ。いいサプライズだったろう』

『流石は、水の大精霊ウィンだよ。おかげで助かったよ。でも、事前に知らせて欲しいな』

『それじゃ面白く無いでしょ。もうひとつサプサイズが起きるから楽しんでくれ』

『もうひとつ?』

すると夕暮れの空に、花火で慈母神アーテルの姿が浮かび上がる。

人々はその姿思わず祈るのであった。


へたり込み動かなくなったオレガノは、栄光の三人に拘束され騎士団に渡され連行されて行った。

そこに陛下の執事長がやってきた。

「レン様、お疲れのところ申し訳ございません。聖女様がお呼びです」

「えっ・・聖女様は明日の決勝だけ来るのではなかったですか」

「たまたま、準決勝も見たいと申され、こっそりと来ていたそうです」

また、面倒な話になるとガックリと肩を落とすレンであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る