第8話 石成学塾


石成学塾。

市内に存在する教育機関の一つ。

武術・斬術が授業科目に組み込まれている学校施設。

その中で唯一武術関連が排除された進学校。

教育機関として設備は充実している。

進学率の高さが話題を呼び、年間四十名の生徒が入学している。

主に政界関連・商家と言った富豪層の嫡子らが入学。

派遣された斬人や代り火を配置する事で万全な警備態勢を取る。

尤も安全な教育機関の一つとして情報番組に取り上げられた事もある。


そんな施設内部にて、生徒三十名が殺害された。

祅霊が施設内部へと出現。

学舎に滞在していた生徒達が悉く皆殺しにされたのだ。

その後、石成学塾は封鎖された。

祅霊と言う存在が他の地域へと出ぬ様に、結界を張ったのだ。


代り火の結界術『征空』。

これによって石成学塾は一般人が入れず、祅霊が外に出れない空間へ変えた。


「悪い」


そして、奈流芳一以が現着。

現場で待機していた宝蔵院珠瑜が睨んだ。


「…」


奈流芳一以の元に近付いて鼻を鳴らしている。


「…甘いニオイがするんだけど」


烽火妃の部屋に充満していた洋菓子の様な匂いを香らせる香木。

それが、奈流芳一以から匂って来るらしい。


「あぁ…烽火様の元に向かったからな」


予め、シャワーは浴びて来た。

肉体から石鹸の様な清潔感のあるニオイがする。

自分ではそうは思っているが、どうやら彼女にとっては違うらしい。


「…(気まずいな、後ろめたい事は、無いと思うけど…)」


随分前に、烽火妃から言われた事を奈流芳一以は思い出した。


『私と貴方の行った行為は、他言無用ですよ…元より、火汲みの巫女は神聖なるもの、それが体を交わる存在であると知られれば、築き上げた偶像に亀裂が入りますから』


火汲みの巫女。

巫女と名が付く以上は、神聖で清廉な存在であると周囲は認識している。

その認識を崩す様な真似、行為は控える様に、予め烽火妃から告げられていた。


「(暗黙の了解、と言うものがある、火汲みの巫女に向かえば、必然的にそういう関係であると言う事は、珠瑜も理解出来ていると思うけど)」


だから、薄々と宝蔵院珠瑜が奈流芳一以が烽火妃を抱いている事は知っているものだと思っていた。

だが、それが無知である事を、奈流芳一以は知らない。


「(火汲みの巫女と、ただ『炎』の増強を行うだけで、此処まで女の臭いが付くなんて…可笑しいでしょ、それは)」


烽火妃と性行為をしていた事。

それを公に言うつもりは無いが、別の意味でも臭わせている。

それが、宝蔵院珠瑜にとっては気に入らない様子だった。


「(…いい、別に。分かってる、…火汲みの巫女は斬人よりも上位、定められた以上、逆らうなんて真似は出来ない、…だから、一以も無理やり、やらされてるだけに過ぎない)」


そう思い納得しようとする。

だが、飲み込むには少々大き過ぎる。

心の中で風船の様に膨れ上がる不満。


「(だからといって…ボクのものを奪おうとするのは、許せない…)」


それは嫉妬だ。

彼女は世界で唯一人の理解者である奈流芳一以が他の女を抱いていると言う事実がどうしても許せない様子だった。

彼女は、ポケットに忍ばせた薬に手を伸ばす。

肉体から発散される毒素を抑える為の薬を、飲み込もうとした。


「(…薬、は)」


だが、彼女は薬を懐から取り出そうとして、そのまま懐に戻した。

その行動を、奈流芳一以は気にした様子で聞く。


「どうした?珠瑜」


心配している顔で奈流芳一以は体調を伺う。

宝蔵院珠瑜は相変わらずの不満顔でそっぽを向いた。


「…なんでもない、早く終わらせよう」


先に征空の結界へと入っていく。

その後を追う様に、奈流芳一以も歩き出した。


「あ、あぁ、そうだな」


そうして二人は結界の中へと入っていった。

相変わらず、眉を吊り上げた宝蔵院珠瑜は、玄関口から校舎に入ると、左右に分けられた廊下の内、片方に指を向ける。


「取り敢えずは、ボクはこっちから回る」


単独行動をしようと言う彼女の提案に、奈流芳一以は当たり前の様に意見する。


「おい、二手に別れるのか?」


それは危険ではないのかと、奈流芳一以は言う。

基本的に、斬人は二人一組が基本である。

それなのに二手に別れると言う事は、元々の戦闘力が二人分であれば、その半減になると言う事だ。


「別に良いでしょ?…どうせ祅霊に出会ったら戦闘になるし、そうなったら、音を頼りに来れば良い」


そう言う問題では無い。

しかし、奈流芳一以はそれ以上の言葉を口にする事は無かった。


「いや…分かった、それで行こう」


今の宝蔵院珠瑜には、自分だけしか余裕が無い様子だった。

それは、緊張の様にも見えるし、単純に気分が悪そうにも見えた。

どちらにしても、宝蔵院珠瑜に告げた所ではぐらかされる。

ならば、一旦は彼女の言う事を信じる事にした。


「(祅霊に出会ったからと言って、無暗に一人で戦う真似なんて、しないだろう)」


そう奈流芳一以は思いながら廊下を歩いていく。

独断的行動が目立っていたのは二年前の事で、あり、現在では奈流芳一以と共に行動した事により、それなりに丸くなっている。

今では不機嫌な表情をしているが、それでも、自分一人で祅霊を斃すと言った馬鹿な真似はしないだろう。


「(早々に、祅霊を斃せれば良いけど、な)」


奈流芳一以は学舎の一階の廊下から見て回る。

石成学塾は全校生徒が僅か百数十名程であるのに、教室は一年毎に十組分用意されている。

この石成学塾を経営している人物は、余程の道楽趣味か、成金趣味なのだろう。

此処まで無駄な設備を用意しているのを見ると、そうと思わざるを得なかった。


奈流芳一以は教室を一つ一つ見て回りながら、男子便所、女子便所を確認した後に二階へと昇っていく。


「…」


二階へと昇っていく最中、ぎゅう、ぎゅう、と、虫が羽搏く様な音が聞こえて来る。

それは、二階の廊下へと向かって聞こえて来て、奈流芳一以は炎命炉刃金の柄を握ると、そのままゆっくりと引き抜いた。


「…っ」


そして二階へ到着すると同時。

廊下の奥に、一体の祅霊を確認した。

奈流芳一以は即座に、肉体に宿る炎を噴出する。


「『火の兵法』…『炉心躰火ろしんたいか』」


火の兵法。

最強の斬人が産んだ技能。

当時では炎とは刀身に眠る斬神を宿す為に必要な力。

殆どの斬人は斬術を使役しての祅霊討伐を主にしていた。

が、殆どの祅霊は斬術が効き難く、素の力で戦わなければならない状況に陥った。

これによって一時、斬人の死亡率が高く、斬人の不足となった時代があった。

そんな困窮の時期、最強の斬人・不破一鉄斎が産んだ火の兵法。

自らの生命から炎を生成すると言う技能。

斬神を宿す為に使われる必修科目を、その男は自らの強化に当てた。

炎は元々は生命力から生まれている。

その生命力を肉体に循環させる事で、肉体を強化するのが火の兵法であった。

『炉心躰火』とは、炎を生む肉体の身体能力を強化させる事から名付けられた。


偉大なる功績により、不破一鉄斎は数年後に、刀人衆十家に選ばれる事となる。



さて、前述へ戻るが。

奈流芳一以は祅霊を見た。

灰の肌に、墨汁と魚の血を混ぜた様な、液体を無色透明な風船へと詰め込んで膨らんだ様な頭部、口元は虫の様な形状で、其処から、羽虫が飛んでいる様な声が聞こえて来る。

足は四本、腕は六つ。

その内、腕は一列目が通常で、二列目が一番長く、三列目が一番短い。


姿は、人間と蝿が融合し、そして失敗した様な見た目とも見て取れた。

その相手を確認した所で、直ぐに奈流芳一以は宝蔵院珠瑜を呼ぼうとした、だが…。


「(こっちに祅霊が居て正解だったな、…少なくとも、珠瑜が危険な目に遭う事は無い)」


炎命炉刃金を構えた状態で、ゆっくりと祅霊へと近付いていく奈流芳一以。

生死に関する優先順序は、宝蔵院珠瑜の生存が一番。そして他者の命、最後に奈流芳一以、この順列だ。

此処には他者の命も無い、故に、奈流芳一以は存分に戦う事が出来る。

地面を蹴ろうとした最中。


祅霊が、奈流芳一以の存在に勘付いた。

それによって、奈流芳一以の行動は停止。

先手は取らず、祅霊の行動を見やる選択に移る。


「(数値を操る祅霊って言ってたな…)」


報告書の情報を思い出す。

書かれてあった内容から、数値を操る祅霊と書かれてあった。

それが一体、どの様な能力と昇華しているのか、様子見をする。

すると、祅霊は、自らの腹部に向けて、腕を突っ込んだ。

もぞもぞ、と。

腸を弄る様に腕を動かすと、紫色の粘液性の体液と共に何かを取り出す。

そして、祅霊はその物体を、奈流芳一以に向けて投げた。


「(なんだ、何かを投げた…車?…ッ)」


玩具の様な小さな車。

何故そんなものを祅霊が所持しているのかと思った。

だが、数値を操る、と言う言葉が脳裏に過ると共に。

奈流芳一以は地面を蹴って教室へと飛び込んだ。

扉を蹴破って教室に入ったと同時、教室の壁を破壊して中に入って来るのは、大型の荷台車だった。

箱型荷台車。その箱側が押し込む。

硝子の破片や建物の瓦礫が教室へと飛んで来る。

それを、身体能力を向上させた奈流芳一以は冷静に炎命炉刃金を振るう。

斬撃は空を切った。だが、斬った箇所は空間が歪んでいた。

その空間に向けて瓦礫が飛んで来ると、その瓦礫の一部は、斬撃の軌跡に向かって飛んでいく。

斬神の名を呼ばずとも、ある程度の能力は使役出来る。

それが、斬人にとって必要な能力であった。


「成程…(物質の体積を操るのか)」


大型の荷台車を見たと共に、奈流芳一以はそう判断する。

だん、と。

何か破壊する音と共に荷台車が揺れる。

そして荷台の扉を破壊すると共に、祅霊が姿を現したかと思えば、更に手に握っているモノを奈流芳一以に向けて投げ飛ばす。


投げた物体を認識する奈流芳一以。

それは、高校生が使用するには少し古めかしい鉛筆だ。

複数の鉛筆が奈流芳一以に向かって飛んでいく。


「(今度は…鉛筆?投げるって事は…ッ)」


鉛筆が次第に大きくなる。

同時、大木と変わらない程に巨大化した鉛筆が奈流芳一以に突き刺さろうと、…いや、最早それは、奈流芳一以を圧し潰そうとしていた。

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