心友だった筈の勇者がモブな俺を追放……

酔生夢死

心友だった筈の勇者がモブな俺を追放……


 突然だが俺は今、『勇者』パーティにいる。

 だけど『勇者』パーティと言っても、俺は勇者本人じゃないただの雑用だ。


 何でそんな俺が『勇者』パーティなんて大層な所にいるのか、事の起こりから説明するが、俺たちは辺境の村で生まれ育った。

 ちなみに俺の名前は“リク”、村に一つしかないひなびた道具屋の息子だ。


 そんな俺の幼馴染で大親友でもある“ケイン”とは、村の中ではいつも一緒に遊び回っていた仲だ。

 典型的なモブ顔の俺と違って、ケインは絵に描いたような爽やか系金髪イケメンで、中身もこれまた物語の主人公のようなちょっと抜けてるけど気の良い奴だ。


 まあ、当たり前だけど俺たちの育った村は狭い。

 俺は漠然と「将来は親の道具屋を継いで村に骨を埋めるのかぁ」と考えていた……が、ケインはどうやら『冒険者』に憧れてしまったらしい。


 まずは『冒険者』ってなんだよって話だが、この世界には魔法がある。

 そんでもってモンスターっておっかない怪物がいて、俺の住んでる村のすぐ近くの森にもプチとかゴブリンが生息していて、時々村に姿を見せる。

 大体は村人でも駆除するんだが、村で手が負えない時には依頼を受けて倒しに来るのが冒険者という職業だ。


 何でも、依頼を受ければ町や国に縛られる事なく自由に渡り歩ける上に、必要な資格とかもいらないから村の力自慢や三男以下から人気の職業だ。

 正直コレを聞いた時、「え、それって体の良い厄払いでは? というか、仕事内容も根無し草の便利屋じゃあ……」なんて考えもしたが、まあそれよりは冒険者協会という組織が身元を保証してくれる分、幾らか扱いはマシのようだ。


 そして、大した娯楽の無い村の子供にとっては津々浦々を飛び回れる冒険者の話というのは、他にはない刺激的な娯楽である。

 当然、ケインも滅茶苦茶ハマった。


「オレ、将来は冒険者になる!」


「へー、がんばれー」


 いつもの遊び場で熱く語るケインに対して、俺はただ聞き流していた。


 いや、わかるよ?

 冒険者の話は聞いててカッコいいよね。

 でも、多分あれって大分脚色入ってるし、オンボロ装備でゴブリンやグレイファングみたいな“害獣”に苦労している時点で、アレが“普通”の冒険者だと思う。


 周りが聞いたら「ひねてる」なんて言われるんだろうけど、本当にそう思うんだから仕方ない。

 というか、進んで命の危険がある仕事に憧れるのが分からん、特に将来の職が安定しているのに、なぜ態々不安定な職を選ばなくちゃいけないんだ。


 そんな事を冒険者ごっこのゴブリン役をしながら思ったのであった。




 更にこの世界には“ジョブ”というゲーム的なものシステムがある。

 細かい事は分からないが、なんでも十五歳になると教会で貰える「神様の加護」なんだそうな。


 この“ジョブ”は所謂ガチャ方式ではなく、それまでの経験や行動で成れる種類が増えるらしい。

 剣を振り続けていたら【剣士ソードマン】が付いたり、狩猟が得意だと【野伏レンジャー】が付いたりするらしい。


 しかも、“ジョブ”が付けばスキルというのが得られるらしいので、俺は道具屋の息子だし【商人マーチャント】辺りが付けばいいなぁ……と、漠然と考えていたらケインがやってくれやがりました。


「ぶ、【勇者ブレイバー】!? ケインの“ジョブ”に【勇者ブレイバー】が出たぞ!」


「「「おお!」」」


「え? なに? オレなんかやっちゃった?」


 周りがバカ騒ぎするのに置いて行かれたケインは、何が起こったのか理解できずポカンとしていた。

 その後、ケインは勇者になり教会を通じてすぐに王都に連絡が行き、夜には飲めや歌えのどんちゃん騒ぎとなった。


 で、そんな勇者ケイン祭りから数日後、何故か俺は村長に呼び出された……嫌な予感がする。


「リク、ケインが近くの町で冒険者になるからそれに付き添え」


「よろしくな、リク!」


「えぇ……」


 何でそうなったのか聞いてみると、どうやら道具屋になる為に勉強していたのが仇となったらしい。

 まあ、狭い村だから文字も計算も教える人間がいないから、当然ケインも読み書きすらできない。 そして、好奇心が強いケインは絶対迷う。


 ケインは【勇者ブレイバー】だし、国とかからバックアップを受けられないのかとも反論した。

 だが、どうやら【勇者ブレイバー】というのは魔王が発生すると、それなりに現れるから子供のケインには実績でも無いと支援も出ないそうだ……え、というか魔王がいんの?


 そんな大人たちの心配もあって、社会勉強ついでに近くの町まで付いて行く事になった。

 まあ俺はケインが冒険者になったのを見届けてから帰って来ればいいか。




 二人で一番近い冒険者協会がある町まで数日掛けて辿り着き、カウンターで書類を代筆させられながら「あー、これでお役御免かぁ」なんて感慨に耽っていた。

 だが、そんな俺の甘い考えをぶち壊すように、ケインがとんでもない事を言い出した。


「なあ、リクも一緒に冒険者になろうぜ!」


「はい?」


「おう、そうしとけ! こっちの勇者の坊主は見るからにバカそうだからな。利口そうなお前が一緒ならこっちも楽でいいや。一緒にパーティも組んじまえ!」


 おい待てや、受付の兄ちゃん!

 俺はこれで帰るんですけど!? 辺鄙な村で小さな道具屋になって平穏だけが取り柄の地味な生涯を送る予定なんですけど!?


 俺は必死に抵抗した……が、どうやら村の方もケインを送り出すなら俺とセットで送り出すのが決定だったらしく、両親と村長からの手紙をケインから渡された時にはブチギレた。




 それから数年後、ケインは【勇者ブレイバー】のおかげであっという間に冒険者の中でも十数%しかいないと言われる『ゴールドランク』まで上り詰めていた。

 一方、俺はケインに引っ張られたせいで一つ下の『シルバーランク』の底辺をウロウロしている。


 その間に仲間が3人も増えた。

 一人目は【魔術師マジシャン】ウェンディ。

 肩まで伸びた赤味がかった髪に、鳶色の目は気の強さを表すように釣り上がっていて、胸が服を押し上げる程度には大きく、美人というよりは可愛い系の美少女である。


 若干、十六歳で魔術学園を首席で卒業した才女ながら冒険者の門を叩き、一人じゃ危ないという事で組まされたのが年も近い俺たちだった。

 最初は気が強いだけのじゃじゃ馬娘という印象だったが、それは「仲間とは対等に支え合っていきたい」という彼女の仲間想いの不器用な優しさだった事を知り、今ではすっかり打ち解けている。


 二人目は【弓士アーチャー】リリィ。

 若干緑がかった金糸のような長い髪に澄んだ翠色の目は切れ長で猛禽類のような鋭い印象を持たせ、服の上からでも揺れを確認できるほどの胸は腰の細さも相まって男たちの視線を奪うほどの美女である。


 深き森に住むと言われる森人エルフ族の中では最年少で、強い好奇心のせいで排他的で退屈な里を飛び出して、森の外を見て回る旅に出る。

 俺たちが出会ったのはそんな途中……まあ、普人ヒューマンの法律なんか知らない彼女は森で野営しては近くの村や旅人の物を盗んで回り、新種のモンスターとして討伐依頼が出されたのが切っ掛けである。


 実際にはお礼として“精霊石”なる物を対価として置いていたのだが、そんなレアメタル級の希少品を農民や旅人が知っている筈もなく、謝罪のついでに説明した時には腰を抜かして驚いていた。

 で、なんやかんやで冒険者として登録してケインのパーティに居つく事になった。


 三人目は【僧侶レリック】メリッサ。

 十八歳で神の奇跡を習得した『聖女』候補の一人で、艶やかな黒髪に若干垂れた瑠璃色の目は穏やかな印象を抱かせ、厚手のシスター服の上からでも女性らしさを確認できるほどの豊満な体形も相まって母性に溢れた美少女である。


 魔王の被害を負った村を慰撫する為に周っていたが、途中で野党に襲われ捕まっていたところをケインが助けた。

 勇敢に戦うケインを見た彼女は、自分も魔王討伐の力になりたいと言ってパーティに加入する事になった。


 三人とも街を歩けば目を奪われる程の美少女で、その時はハーレムとは言わないから誰か一人と良い仲になれないかなぁなんて下心も少なからずあった。

 そんな儚い希望があったんだ……




 そして現在。

 俺が所属する勇者パーティは大事な分岐点に立っていた。


「大事な話がある」


 俺たちのパーティで借りた一軒家の談話スペースに突然集められたメンバーは、重苦しい雰囲気を漂わせるリーダーの言葉を待っていた。


 ウェンディは部屋に入った瞬間から厳しい目付きで俺を睨み、リリィは呆れた表情で黙って席に着き、メリッサは重苦しい雰囲気にオロオロしながらケインと俺を交互に見ている。


 俺はケインの真正面に座っており、ケインは肘を突いて組んだ手に額を付けて俯いていた。

 リーダーから「話がある」そう言われた時点でどういう内容なのかは、その場にいる全員が理解していた。

 それは言わずもがな【無職ノービス】である俺の事である。


 何を隠そう『勇者ケイン』が誕生したあの日、その裏では小さな悲劇が起こっていた。

 それは俺が【無職ノービス】という極めて稀な、そしてどうしようもない・・・・・・・・“ジョブ”を授かったからだ。


 先に説明したように“ジョブ”にはそれに適したスキルというものが与えられ、持っている方が技能の取得が早まるなどの特典がある。

 それに引き換え【無職ノービス】という“ジョブ”は文字通り無職、つまり何の特典もないゴミジョブなのである。


 これだけで差別される事は少ないが、一番問題は俺がいるのが“勇者パーティ”である事だった。

 魔王討伐の最前線、勿論仲間たちのフォローや俺自身も付いて行くために努力もしたが、出来るのはそこまで。

 そんな事はその辺の冒険者でも当たり前にやっている事だし、何ならジョブの補正が付くので後輩が出来る度にすぐ追い抜かされる。


 しかも、支援してくれる国や冒険者協会からも後方支援に回らないかと、それとなく忠告されてきた。

 だがそれでも、俺はアイツらに付いて行かなければならなかった。


 「勇者に取り入った腰巾着」「勇者たちに集る羽虫」「寄生虫」等々、色々な呼ばれ方をされているが気にしている暇なんかなかった。

 だがふと立ち止まった時、見てしまったんだ……ケイン達の背中を。


 俺は悪寒を覚えて体が震えた。

 付いていけなくなった仲間がどうなるか、答えは“追放”である。

 『この勇者パーティを離れる』……その言葉が頭をよぎった時、自分の考えで身体が震えて止まらなかった。




 談話室内に流れる重い空気を察したウェンディは、俺を睨みながら口を開いた。


「ねぇリク? 私が言いたい事は分かってるわよね?」


「わ、分かってるさ。だからこそ、俺の主張を聞いて欲しい!」


 俺が色々と限界なのは分かってる。

 何度か話し合いをした事もあったがいつも平行線、『俺を追放するか、しないか』最近はその事ばかり意識しているせいか、パーティ内の雰囲気も良くなかった。


 未だ顔を上げないケインに向かって俺はバンッとテーブルに両手を突き、額をぶつける勢いで頭を下げた。


「頼む! 俺をこのパーティから追放してくれ・・・・・・!!」


「いやだ!」


 俺の渾身の懇願は子供染みた拒絶の一言で切り捨てられた。

 そう、パーティからの追放を提案していたのは俺の方であり、その提案はいつもパーティメンバーから切り捨てられていたのだ。




 頭を下げている俺の言葉に、ウェンディが机を叩いて立ち上がる。


「ふざけんじゃないわよ! このパーティはケインと私、リリィにメリッサ……そしてリクの五人で一つなのよ!? 誰一人欠けてもこのパーティは成り立たないわ!」


「ウェンディの言う通りだ。それにリクはこのパーティのリーダー・・・・ではないか。意味もなくリーダーを追放なんかできない」


 ウェンディの言葉にリリィが深く頷きながら同意する。

 だが、それにも俺は大いに反論がある。


「ふざけんな! 俺がリーダーなのは、お前らが押し付けてきたからだろ!? なんでんかんでん俺を矢面に立たせやがって! なんで【無職ノービス】の俺が国王と対面せにゃならんのじゃ!」


「まあまあ、リクさん。勇者パーティのリーダーは私たちでは力不足ですし、ケインよりリクさんの方がリーダーに向いていると、皆さんも同意していたワケですから……」


「だから、それを押し付けたというんじゃろうがい!」


 オロオロしながらもこちらを宥めようとするメリッサの手を払いのけ、ビシッとケインを指さして今まで腹に貯め込んでいた物をぶちまけた。


「そもそもなぁ! 女三人ともケインの恋人・・・・・・で、独り身の俺は肩身が狭いんだよ!」


「そ、それは……」


 俺の言葉に三人が顔を赤らめてモジモジする。

 そう、こいつら三人ともケインと恋人関係にあり、しっかりと肉体関係も結んでいる。

 ケインの部屋から三人の声が聞こえてきたり、首筋に赤いアザを見つけた時にはブチギレのたうち回りそうになった。


 だが俺がこのパーティを抜けたいのはそれだけじゃない。


「それだけじゃない! なんでお前ら揃いも揃って生活不適合者なんだよ!」


 部屋の掃除を任せればケインは益々散らかすし、ウェンディは途中で目的を忘れて掘り出し物に耽る事が多く、リリィは典型的な『自分がどこになにがあるか分かってる』タイプ、メリッサは極貧級ミニマリストでまず何が必要かもわかってない。


 他にも買い物を任せれば余計な物を買ってきて、料理させれば剣を持ち出し火の魔術で消し炭にして、野草の盛り合わせと丸焼き肉か、味もそっけもない粗食を大量生産。


 世間では勇者パーティを持て囃されて入るが、その実態は社会不適合者集団である。

 冒険者なのに野営すら満足にできないってどういう事だよ!


「待て、私は森に生きるエルフだぞ? 野営も料理も完璧だ」


「そうだなリリィ、山中サバイバルとしたら百点満点だがなぁ……馬車もテントもあるのに、なんで一晩泥まみれの野ざらしで過ごす必要がある! それにお前のは料理とは言わねぇんだよ!」


 エルフと言えば神秘的な存在として語り継がれているが……残念ながらこの世界のエルフは奥深い森に棲んでいるガチサバイバーなのである。

 まず何と言っても全身を覆い、肌を一切見せない戦闘服の如きエルフ伝統衣装、森には皮膚に付いただけで害のある毒草や毒虫が生息しているので薄手や半袖など言語道断。


 無駄に長寿なせいで食事には無頓着、一度エルフの保存食を分けて貰った事があったが、一口で俺・ケイン・ウェンディの三人は仲良く吐いた。

 その時、リリィが言い放った言葉が「毒でないし腹が膨れる完全食だろう?」である。

 以後、二度とリリィに料理を任せる事はなかった。


「ちょっと、それなら私もリリィを一緒にされたくないわ!」


「うるせぇ! お前は無駄遣いが多いんじゃ!」


 ウェンディは一見見は普通の十代の女子だが、根っからの『研究者肌』だ。

 御洒落には気を使うものの、食事は大体外食、部屋の中は物が溢れると定期的に片づけてはまた溢れるを繰り返す。

 その上、気になった物には一転集中でのめり込み、何気に一番の浪費家でもある。


 勿論、それらがパーティの役に立つ事もあるのだが、何の予告も無しに買われるとこちらも困る。

 その所為で何度、商人ギルドの兄さんに頭を下げまくった事か。


「し、しょうがないじゃない。レアな素材はその時に買わないと、次はいつ出るか分からないのよ……」


「だからって高額な物をバンバン買っていい理由になるかぁ!」


「ま、まあまあ、ウェンディもその辺りは反省してますから……」


「メリッサ……俺は君にも文句がある」


「えっ」


 メリッサは神の奇跡を体現できる『聖女候補』である。

 勿論、それは人々を救う為に振るわれるべきなのだが、彼女の場合はそのハードルがかなり低い。


 子供が転んで怪我したら奇跡をペカー、お年寄りが腰を痛めていたらペカー、何故か夜中にケインの部屋からペカーペカー等々、困っている人に大盤振る舞いするのだ。

 その所為で事ある毎に勇者だ聖女だと騒がれ、余熱ほとぼりが冷めるまで身を隠さなければならなくなる。


 そして何より生活が“雑”なのだ。

 教会での質素で同性しかいない集団生活に慣れ切った所為で、料理を作らせれば食材をケチりにケチった薄味塩スープを寸胴鍋一杯に作り、肌着は擦り切れるまで繕うのでヨレヨレ、洗濯物を出させれば下着も構わず任せてくる。

 私室であれば平気で薄着で出迎えるなど、何度も注意したのだが染み付いた習慣の所為か中々直らない。


 しかも、異性と関わる生活を送ってこなかったので、男との接し方をまるで理解していなかった。

 軽々しく相手の身体を触るのは勿論、優しく手を握ってにっこり微笑めば大抵の男は落ちる。

 後から勇者と恋仲だと知って絶望のどん底に落ちた奴を何人も見てきた。


 それらが無自覚なだけに質が悪い。


「どっかの魔術師は絶対必要だからと魔術具を買ったかと思えば、次の町では高性能な杖が欲しいと言い、どこぞのエルフは町に着く度に物珍しさでフラリと居なくなり、とある聖女様はこすい詐欺に騙されそうになる等々、なんで俺がそこまで面倒見なきゃならんのさ! 俺はお前らの母さんか!」


 俺の叫びに三人は合わせた様に仲良く視線を逸らした。

 白々しい態度にさらに青筋を立てていると、脇から能天気な声が聞こえてきた。


「はっはっはっ、まあまあ。リクもそこまでにしてやってくれよ。みんなも反省からさ」


「ケイン。申し訳ないがお前が一番、俺に心労を掛けている」


「ええ!?」


 「ええ!?」じゃない。

 外見こそ爽やか系好青年に成長したケインだが、中身は村にいたワルガキのままだ。

 確かにこいつは悪い奴じゃないし、三人の美少女が惚れるに足る誠実さと寛容さを持っている……持ってはいるが、それはそれとして普段は割とアホである。


 世間では勇者だ最速最年少ゴールドランクだと持て囃されてはいるが、冒険者になってから何とか自分の名前と普段使う固有名詞の読み書き、一桁の加算減算だけは出来るようになったが、それ以上は手間も暇もなかった。

 当然、そんな男に対外的なやり取りが出来る筈もなく、無能な俺がやらざるを得なくなったというワケだ。


「ケインが少しでも成長していれば、勇者パーティなのに【無職ノービス】の俺がリーダーになるなんていう歪な状況にならねぇし、朝から晩まで俺が4人の面倒を見る必要なんか全くないんだよ! だからいい加減、俺をパーティから追放しろ!」


「いやだぁ~っ」


 途端にケインが情けない声を上げながら、俺の腰辺りにしがみ付いた。

 それに合わせてメリッサは俺の右手を両手で取り、リリィは左腕を抱え込み、ウェンディは肩をガッシリと掴んだ。


「ええい放せ、見苦しい! いい加減に独り立ちする時が来たんだ! 俺は今までのコネを使って道具屋になるんだ!」


「ダメよ! リクにはこれからもこのパーティで一緒にやっていくの!」


「すまないとは思う……だが、最近は舌が肥えてしまってエルフ式保存食が口に合わなくなってしまったんだっ」


「リクさん、今はちょっと疲れて自暴自棄になっているだけです。ここはゆっくり休んで冷静な判断を……」


「りくぅ、おれたちは“しんゆう”じゃないかぁ~、おれをみすてないでくれぇ~」


「みんなでしがみ付くなぁ! 男とその恋人たちにしがみ付かれても、欠片も嬉しくもなんともないわっ!」


 嘘です、実は美少女3人はちょっとうれしい。

 だが、ここで折れてしまえば相手の思う壺と心を鬼にして、情けない声を上げるケインを何とか振り払いたいが……


 悲しいかな【無職ノービス】の俺では【勇者ブレイバー】のケインの腕力には敵わない。

 しかも、3人が俺の動きを阻害するように掴んでいるので、俺にできるのは精々体を揺する程度。


 当然、その程度の抵抗で勇者パーティを振り解けるワケもなく、生者に憑りつく亡者の如く4人が俺に更にしがみ付いてくる。


「いやだぁ! おれはリクがいないとざみじいぃ!」


「お前っ、恋人3人も侍らせといて嫌味かキサマッ!」


 こっちは毎夜毎夜の貴様らの盛り声で寝不足になっとるんやぞ!

 仲間のそんな声を聴きながら過ごすロンリーナイトが、どんだけ辛く厳しいかお前に分かるかっ!


 いやまて、まさかきさま、まさかおれを“4にんめ”にくわえるつもりじゃぁ……


 ――ゾ……ッ!


 いや、一瞬嫌な想像で悪寒が走ったが、そんなウホッな展開には絶対にさせねぇ!


「そもそもなぁ! 何の力も後ろ盾もない俺が魔王討伐に加わってみろ。そんな事になったら絶対まともな人生送れないじゃないか!」


 まず絶対、勇者目当ての美人局が言い寄ってくる。

 相手は貴族や王族、商人に裏社会の住人と事欠かないし、一番組みしやすそうでリーダーやっている俺を狙うに決まってる。 俺だってそうする。


 となれば、この年でどこかへ楽隠居なスローライフ?

 美少女を3人も囲ってハーレムってるイケメン勇者と?


 冗談じゃない……みんなに分かるか?

 「あ、ちょっと良い雰囲気じゃね?」と思った娘が、幼馴染とちょっと話しただけで目がハートになる瞬間を。

 俺は折れた。 何度もそんな現場を見せつけられて、「君、勇者様と知り合いなんだよね?」ってモジモジしながら聞かれたら……パキッと逝くよね。


 勿論、ケインは悪い奴じゃないし、友達としては好きな部類の人間だ。

 でも……もう俺はここで限界だ。


 勇者パーティとしても、人間としても、冒険に付いて行くのはやっとだし、こいつらの飯の用意や洗濯物を洗っている時なんか「なんで俺、こんな事してるんだろう」って考える事が多くなっていた。


 ここは初心に立ち返って夢だった小さな道具屋を営み、地味だけど可愛らしい嫁さんを貰い、育児等々で日々の生活に追われながら遠くで活躍する勇者の噂を耳にしては、「ああ、アイツらも頑張ってるんだ」と思い返す。

 そんな生活を目指してもいいんじゃないかと。


 所詮、無能な【無職ノービス】には華々しい活躍は合わないんだ……だから、巷で密かに噂になり始めている“俺、勇者の最終兵器説”を払拭し、地味な一般庶民に戻らなくてはならないっ!


「悪いが引き留めても無駄だ! なんと言われても俺の意志は固い!」


 こういうのは中途半端に言葉を濁してはいけない、ハッキリと自分の意志を示す事が大事なのだ。

 だが、俺の予想だにしなかった方向から四人が反撃してきた。


「いいのか? オレは読み書きも出来ないし、交渉なんて分からないから大変な事になるぞ!」


「そうよ! 料理も壊滅的だし、数日で飢え死ぬ自信があるわ!」


「エルフは人買いに狙われやすいと聞くからなぁ……きっと私も街をフラフラ歩いていたら誘拐されて奴隷として売られて貴族の慰み物にされるかもしれん」


「わ、私も町で声を掛けられて壺とか買っちゃうかもしれないです! 困っている人を見捨てられないので、お金とかポンと渡しちゃうかもしれません!」


 どうしよう……コイツら、自分たちの欠点を逆手にとって脅してきやがった!?


 というか、自覚あるなら治せよ!

 キチンと自活して、フラフラ出歩かないで、もっと人を疑えよ!

 ケインは諦めたけど、三人はもうちょっと自重する努力をしろよぉ!


「というか、ウェンディなんて魔法学園を首席で卒業してるんだろ!? 世捨て人な二人はともかく、君ならまだ間に合うんじゃないか?」


「おい、世捨て人とは失礼な。私はちょっと人の世に慣れてないだけだぞ」


「わ、私だって家事は出来ない事は無いんですよ! ただちょっと、修行時代の癖が抜けないだけと申しますか……」


 戦力にすらなれない雑魚どもリリィとメリッサが何やらほざいているが、今は大事な話をしているので黙っていてもらう。

 俺の真剣な眼差しを受けて、ウェンディは自信満々に鼻を鳴らす。


「甘いわね。私は『勉強ができる』んじゃないわ。『魔法しか能がない』のよ! 学んで出来るんだったら、もっと器用な生き方してるわよ!」


「あ、うん。そうだな……そうだったな」


 そういえば、会った当初は何かと言い争いが絶えませんでしたね。

 今思い返せば俺たちを思ってのアドバイスだったけど、俺たちへの対抗心と跳ねっ返りな性格のせいで、いっつも喧嘩腰でいましたもんね。

 どんだけコミュ障なんだよ……


 でも、そうなると残るのは中身クソガキと世捨て人の対人雑魚の2人だけ……何人もの勇者が脱落していく中で、「最も魔王討伐に近い」なんて期待されている有力パーティがこんな有様なんて情けなくて涙が出る。




 結局、今日も話は有耶無耶になり俺はパーティを追放される事はなかった。


 今夜も俺は厨房に立ち、ケインの要望でオムライスを作って、俺こだわりの風呂から上がった女性陣の髪を火と風の下級魔法を組み合わせた温風で乾かして、消耗品などをチェックした後に家計簿を付けて、アイツらの盛り声をBGMにベッドに入った。


 その後も街に流れ込んだ上級モンスターによる大氾濫スタンピードを打ち破って、その戦勝パーティでは暢気に料理を楽しむ四人を横目に、俺は海千山千の宰相や貴族たちを相手にしなくちゃいけなかった。

 特に俺は活動資金を稼ぐために、信頼できる商会と手を組んで新しい料理のレシピやボードゲームなどの権利を持っているので、パーティでは油断したら身包み剥がされそうなギラついた目のオッサンや女傑しか寄ってこない。


 ケインたちが成果を上げるたびに俺は“追放”を申し出たが、仲間想いのパーティは決して俺を放してはくれなかった……




 待ってくれ、新しく獣人の女がケインに惚れて仲間になりたがってる?

 ウェンディは新しい魔法理論の素材に毒沼に住むヒュドラの毒腺が欲しいから依頼を引き受けてきたぁ?

 散歩に出かけたリリィが絡んできたチンピラを次々とのして衛兵に捕まった?

 メリッサはまたしても怪我した一般人にペカーってやって聖女バレして困っているだと?


 ハァ……俺はいつになったらごく普通の道具屋になれるんだ。

 魔王を討伐して救世の勇者パーティを崇められるその日まで、そしてその先も俺の苦悩は続くのであった。


 あ、それと俺、実は日本人の転生者っす。


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