第32話 あなたのため
後をつけてきているのは二人――気配は完全に殺しているようだ。
普通に考えれば、フレアード家が送り込んだ刺客ということになるが、そこまで安易なことをするだろうか。
疑問は拭えないが、おそらく人気のない場所で仕掛けてくるだろう――それを理解した上で、あえて私は望み通りに動いた。
路地裏に入り、人通りのなくなったところで――二人が姿を見せる。
いずれもローブを身に纏い、仮面でその素顔を隠していた。
だが――同業であることはすぐに分かった。
「私に何かご用ですか?」
「セシリア・フィールマン――あなたの動きを監視するように、との命令がありました」
「……なるほど、命令を出したのはティロスでしょうね。私が下手なことをしないように」
「!」
わずかだが、動揺した様子が見て取れる。
監視をつけたのは、やはり私が勝手な行動を取らないようにするためか。
「心配せずとも、ヴェイン様にはご挨拶を差し上げたまでのことです。私はフレアード家のメイドでしたから」
そう言ってその場を去ろうとする――だが、もう一人の方が何かを仕掛けようとしていることに気付いた。
「――え?」
驚きの声を上げたのは、先ほど私に話しかけてきた方の魔術師だ。
咄嗟に私は反応して、先んじて反撃に転じる。
バチバチと魔力が音を鳴らす――おそらく、雷の系統の魔術だ。
私を痺れさせて行動不能にさせるつもりだったのかもしれないが、発動の前に顔面へと一撃。
蹴りを食らわせると、魔術師は後方へと吹き飛んでいった。
「セ、セシリアさん……!?」
「やはり、あなたはルーアでしたか」
「あっ、えっと……!」
動揺した雰囲気を見せるのは、後輩魔術師のルーア――同じ学園での護衛任務についているから、ある程度は私の動向が把握できたというわけだ。
ただ、彼女が驚いたのは――おそらく攻撃を仕掛ける命令を聞いていなかったから。
もう一人の魔術師は、ゆっくりと立ち上がる。
「……セシリア・フィールマン。お前が下手な行動に出ないように拘束するよう、命令が出ている」
「やはり、そういうことですか」
――命令。
私が動こうか、動かなかろうが――今回の一件にはこれ以上関わり合いにならないようにするための処置だろう。
顔面へ重い一撃を食らわせたつもりだが、平然と立ち上がってくる――おそらく、相当な実力者だ。
騎士団に所属する魔術師であっても、私の知らない相手は多数存在する。
だが、それは相手も同じこと――私は臨戦態勢に入った。
「黙って従えば、手荒な真似をするつもりはない」
「雷の魔術で身体を痺れさせようとしておいて、それですか? こちらとしても、仕掛けられた以上は応戦する――魔術師としては至極当然のことかと」
「セ、セシリアさん……! お、落ち着いてください! わたしはあなたを傷つけるためにここにいるわけじゃ……!」
「ルーア、あなたは下がっていなさ――」
そこまで言って、違和感を覚えた。
彼女は拘束命令を知らない――そう判断したのだが、この状況においても、彼女はセシリアを止めようとしている。
一瞬、首元の辺りに何かが刺さった感覚がした。
振り返ると、小さな針を数本――指に挟むようにして持つルーアの姿があった。
「ルーア、あなた……」
「ごめんなさい――セシリアさん、これもあなたのためなんです」
すぐに針を抜き取るが、身体の力が抜ける。
毒が仕込まれたか――身体の言うことが効かず、その場に膝を突いた。
「……っ」
油断した――ルーアもまた、騎士団に所属する魔術師エージェントだったのに。
私を騙すほどの演技力を身に着けているとは、想定していなかった。
後輩の成長は喜ぶべきことなのかもしれないが、状況的には――楽観できるものではない。
「セシリアさんには少しの間、休息を取っていただく――それが、上の判断です」
「……そう、ですか。私は別に、休む暇、など――」
答えようとしたが、もう言葉も出ず、ゆっくりと倒れ伏す。
――そのまま意識を失った。
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