第31話 偽物

 ――結局、別れの日が近づいても、アーシェはろくに私と口を聞いてくれることはなかった。

 迎えもいらないと言われてしまい、一応――彼女の護衛の最低限の役割は果たしていたが、それももうすぐ終わる。

 あと数日もしないうちに、私はアーシェの前から姿を消す。

 だから、その前に一つの行動に出た。

 それは、直接ヴェインの元へ赴くこと。

 魔術師エージェントとしてではなく、アーシェのメイドとして――フレアード家の当主へと面会を求めた。

 あるいは、断られるかと思ったが、意外にもすんなりと申し出は通り、今――私はヴェインの前に立っている。

 ここはフレアード家の屋敷で、彼の書斎。

 私が彼と顔を合わせるのは数年ぶりのことだ。


「お久しぶりですね、ヴェイン様」

「貴様が護衛を受けたことは知っていた、セシリア・フィールマン」

「覚えていただいていたとは、光栄です」

「覚えているに決まっている。ルミリエの護衛だったのだから」


 ルミリエ・フレアード――ヴェインの妻であり、アーシェの母であり、すでに故人の女性。

 私が、アーシェに個人的な感情を抱いている最も大きな理由の一つだ。


「――だとすれば、ルミリエ様のご遺志も覚えているはずでは?」

「アーシェのことか。まさか、私にそのことを直談判しに来た、というわけか」

「その通りです。護衛を任せたはずなのに、どうして――突然、引き離すような真似をするのですか」


 これは、私の純粋な疑問であった。

 確かにヴェインという男は――アーシェを愛していないのかもしれない。

 不貞でできた、などと疑われる娘のことなど、考えたくもないのかもしれない。

 けれど、それでも――アーシェ・フレアードという、幼い少女に罪はないはずだ。


「知り合いの魔術師に調査の依頼をしていた。随分と答えが出るには時間がかかったが」

「調査……? 一体、何の調査だというのですか」

「私とアーシェの、血の繋がりについて、だ」

「――」


 ヴェインの言葉に、私は驚きに目を見開いた。

 彼は意に介することなく、続ける。


「結論から言えば、私の血は相当に薄いらしい。まあ、当然ではあるか――得意とするのは炎ではなく、氷だ。貴様と同じ、な」

「……何故、今更そのような調査をする必要があるのですか」

「いい加減、フレアード家に対する根も葉もない噂には飽き飽きしていたところだ。アーシェがフレアード家の人間であるという可能性があるから、狙われることだってある。だが、もしも不貞でできた娘であると証明できたのなら――話は別だろう」


 私は、思わずヴェインに掴みかかりそうになった。

 だが、かろうじて踏みとどまり、けれど――殺意のこもった視線で、彼を見据える。


「何を怒る? 私が気付いていないと思ったか?」

「――全て、あなたも同意の上だったはずです」

「その通りだ。だが、アーシェは氷の魔術を得意としてしまった。あの子が仮に、炎を得意としていたのなら、私は彼女を娘として愛していたことだろう。だが、現実は違う。所詮、あの子は禁忌の術によって作られただけの、偽物だ」

「……っ、あなたという人は……!」


 ヴェインの言葉に、自然と魔力が溢れ出す。

 部屋に冷気の魔力が満ちて、徐々に温度も下がっていくが――それに呼応するように、ヴェインは炎の魔力を発して対抗した。


「やめておけ、セシリア・フィールマン。貴様が魔術師として優秀なことは知っている。娘――いや、アーシェのことをこれまで警護した功績も認めよう。だからこそ、貴様はこの件から手を引けば、それでいい」

「……っ」


 私は小さく息を吐き出して、魔力を鎮めた。

 ――ここで、この男を殺したとしても、何の解決もしない。

 むしろ、事態を悪化させるだけだ。

 けれど、これで分かった――ヴェインは、アーシェに微塵の愛情も抱いてはいない。

 アーシェのことを完全に捨てるつもりなのだ。


「……失礼致します」


 私は、そのまま部屋を後にする。

 ヴェインが手を引いた理由は分かった。

 アーシェの出生の秘密――これを知っているのは、ルミリエとヴェイン、そして私だけ。

 だからこそ、ヴェインがアーシェを娘と考えているのであれば――それが一つの希望だったというのに。

 ――屋敷を後にしてすぐに、何者かが尾行してきていることに気付いた。

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