第20話 彼女との約束

 今日から生活することになる学生寮――私とアーシェは同室で生活することになる。

 日々の身の回りの世話は、私が継続して行うのだ。

 お嬢様学校というだけあって、寮の部屋の広さもそれなりだ。

 おそらくは、従者も共に行動するから広い部屋を割り当てられているところもあるだろうけれど。

 一先ず寮に戻ってから、アーシェを着替えさせてから魔術の稽古でもしようかと思っていたのだが――


「どうしましょうね……」


 私は呟くように声を漏らす。ベッドに腰を掛けた私の膝で眠るアーシェの頭を、優しく撫でていた。

 寮の部屋に戻って早々に、アーシェは私にぴったりくっついて離れなかった。

 学園に通う前日まで、確かに日中もずっと一緒だった。それがいよいよ入学式が始まり、私とアーシェが共にいる時間が減ってしまったことは間違いない。


「わたしはセシリアのお願い聞くから、セシリアもわたしのお願い聞いてくれる……?」


 そう、先ほど彼女は切り出して、今に至る。

 制服姿から着替えることもなく、アーシェは私の膝の上に横になると、それほど時間も経たないうちに眠りに落ちてしまった。

 すっかり安心しきった表情を見せるアーシェを起こすこともできず、私はただ眠る彼女を見守っていた。


「まあ……今までのことを考えれば、きちんと入学式に出て、何事もなく一日を終えることができただけでも、十分褒めるべきことなのでしょうし、今日は特別ですね」


 アーシェが起きるまで、ゆっくりと休ませてあげよう。

 特段、今日は仕事があるわけではない。

 寮には食堂があるから、休みの日以外は食事の準備は必要ないし、平日にやることがあるとすれば部屋の掃除くらいか。もちろん、私には彼女を護衛するという重要な任務もあるが。

 身動きはできなくても、私には式神がある。

 今のうちに、学園の敷地に配置した式神の状況を確認しておこう。

 現状で十八か所に、私の式神は配置してある。

 魔力の供給が必要なのは三日に一度――自律行動をする式神達は、上手く扱えば魔力の消費は低く済む。


「特に問題は……なさそうですね。一日目からあっても困るのですが」


 アーシェの護衛についてから、実際に彼女を狙って刺客がやってきたことは、現状ではない。

 今後もこのまま平穏に日々が過ぎてくれると助かるのだけれど、果たしてそう上手くいくとも限らないことは、私も分かっている。それでも――


「私は、貴女の味方でいますよ。これは本当の気持ちです」


 眠るアーシェに対して、私は微笑みかける。それは嘘偽りのない――私の本心だった。

 アーシェ・フレアードを守るために、私はここにいる。フレアード家だからではなく、騎士として任務に準ずるためでもなく――私は、彼女だからこそ、ここにいるのだ。


「貴女は、ルミリエ様の娘ですよ。よく似ていらっしゃいますから」


 私はアーシェの母の名を口にする。

 私が出会った中でもっとも優しく、そして強かった人だ。純粋な強さというわけではなく、彼女には心の強さがあった。

 そのルミリエの子であるアーシェなら、きっと同じように立派な女性になれるはずだ。

 アーシェがそうなれるようサポートするために、ここにいる。それが、私と彼女の約束だからだ。


――ねえ、セシリア。私にもしものことがあったら、この子のこと……お願いしてもいいかしら?


「はい、ご心配なく。必ずや、お守り致します」


 かつてのルミリエからの言葉を思い出して、私はそれに答える。

 今はもうこの世にいない――彼女の言葉に、だ。

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