第19話 どうしても
入学式当日は、午前中で終了となる予定だ。
私はアーシェが帰りの時間になる前に、学園内でいける範囲には全て向かった。
やはり相当広い敷地ではあるが、明日も含めれば全て回ることは難しくはないだろう。
そろそろアーシェの初日の学園生活が終わる頃だ。彼女を迎えるために、私は校舎の方へと向かう。
油断すると、迷ってしまいそうになるくらいには広い。――もちろん、私なら迷うことはないのだけれど。
校舎の前に到着すると、私と同じく『従者』が数名待機しているのが見えた。
それぞれ仕える者は違うのだろう――特に談笑する様子もなく、自身の主を迎える準備をしている。
その中には、先ほど私に話しかけてきたクルスの姿もあった。
彼はどんな相手に仕えているのか……残念ながら、私には興味がない。
ちらりと視線を送ってきたクルスを無視して、私はアーシェのことを待つ。
しばらくすると、授業の終わりを知らせる鐘が鳴り響いた。
さらに待っていると校舎から続々と生徒達が出てくる。多くの生徒は、そのまま寮の方へと戻っていく。
数名は、待機していた従者の下へと向かい、共に寮の方へ戻るようだ。
今日入学したばかりであろう生徒達も、すでに仲良さそうに話している姿を見る。
これならアーシェにも少しは期待できるか――そう思いながら彼女を待っていると、アーシェは校舎から一人で出てきた。
その表情は暗く、私の期待はすぐに裏切られたことを直感する。
だが、アーシェは私を見るなり笑顔になって、こちらに駆け寄ってきた。
「セシリア! わたしを待っていてくれたの?」
「もちろんですよ、お嬢様」
「ありがとう、セシリア。すごく、嬉しい」
そう言って、アーシェは私の腰のあたりに抱き着いてきた。……ここまで甘えるような仕草を見せるのは、正直私でも驚いてしまう。
どうやら、入学式からずっと一人で不安だったようだ。
すぐにハッとした表情をすると、アーシェは私から距離を置き、
「ご、ごめんなさい。急に抱き着いたりして……」
そう言って、頬を赤く染める。――とても可愛らしい、それが私の素直な感想だ。
「ふふっ、構いませんよ。続きは寮の部屋でしましょうか」
「も、もう! セシリアったら……」
アーシェは怒ったように頬を膨らませると、ふいっとそっぽを向いて歩き出してしまう。
「お待ちください、お嬢様」
「なに、わたしのこと、まだからかうつもり……?」
「申し訳ございません。もうそのようなことはしませんから、お手を」
私はそう言って、アーシェに手を差し伸べる。彼女はまだ怒った表情のままそっぽを向くが、そっと手は握り返してくれた。
そのまま、アーシェと共に寮の方へと向かう。
歩きながら、私はアーシェに今日のことを尋ねた。
「どうでしたか? 学園の方は」
「思った通りだった」
「思った通り、とは?」
「別に、なにもないよ。楽しくもなかったし……」
「クラスでは誰かとお話しなかったのですか?」
「だから言ったでしょ、興味ないって」
アーシェは不機嫌そうに答えた。……やはり、一筋縄ではいきそうにない。
周囲からの評価と、アーシェの態度も相まって、ますます近寄りがたい存在となっているだろう。
なにより、当の本人が全く他人に興味を示していない。
ある意味では、私がここまで仲良くなれたのが奇跡ではないかと思えるほどに、だ。
ここで私が下手なこと言えば、また彼女は心を閉ざしてしまう可能性だってある――けれど、私が引いてしまえば、きっと彼女は孤独なままだ。
「お嬢様、学園生活を楽しく過ごすためには、やはりお友達は必要だと思うのです」
「! まだその話……? わたしにはセシリアがいればいい」
「もちろん、私もお嬢様が一番大切です。その気持ちに嘘偽りはございません。だからこそ、お嬢様にはお友達を作ってほしいのです」
「……? どういうこと」
アーシェが怪訝そうな表情をして、私の方に視線を送る。
私はできるだけ優しく、諭すように答える。
「私が、お嬢様に楽しく学園生活を送っていただきたいのです。それが理由ではいけませんか?」
「……」
私の言葉に、アーシェは答えない。
沈黙したまま視線を逸らし、寮に向かって歩き続ける。
やがて、アーシェは私の手を少しだけ強く握った。
「セシリアが……」
「はい」
「セシリアが、そうしてほしいってどうしても言うのなら、わたしも、その……努力、する」
「! はい、どうしても、ですっ」
私は微笑んで、そう答えた。
私のために……という理由は少し違う気もするけれど、なんとか一歩前進できたのかもしれない。
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