第13話 王からの依頼

 ドスドニドを依頼主の家に帰した後、僕は開闢者絡みの問題を五件片づけた。

「稼ぎと探索を同時にするには開闢者になるのも手だけど、荒くれ、ならず者が多いな」

 今日はやけに開闢者絡みのいざこざが多い。

 いざこざ原因は、儲けの分配や、拾得物の所有権である。

 開闢者となる理由は様々だ。

 聖陽騎士団は天紋の覚醒が最低入団条件。

 例え武術に秀でていようと、天紋が覚醒してなければ入団できず、やむを得ず開闢者となる者がいる。

 天紋が覚醒していようと、騎士団の規律や集団生活を嫌い、自由と冒険を求めて開闢者となる者がいる。

 ドウツカ大森海は未開と未知の宝庫故、一攫千金を求めて開闢者となる者もいる。

 当然、原生生物や魔物が跋扈する危険地帯はハイリスクハイリターン。

 生半可な精神や強さでは、生き残れない故、荒くれた性格を持つ者がいるのは当然の流れときた。

「だからって人の住まう地で騒動を起こすのは、勘弁して欲しいよ」

 特にここ黒王都は、ドウツカ大森海に隣接している土地柄故に、開闢者たちの多くが中継地として利用する。

 装備品や食料の補給が、需要と供給の経済を回しているのは否定しない。否定はしないが、問題起こす輩は否定する。

「ここ最近、魔物の出現率が増えているとかアウラは言っていたし」

 ゆゆしき事態なのは、外側ではなく内側で魔物が出現すること。

 僕が学校で遭遇したイボムシシのように、本来、ドウツカ大森海内でしか現れない魔物が、人の生活圏内で出現している。

 いつの時代も魔物は西から東に流れて来るが、代々の黒王は北から南にかけて、大陸を二分するまでの巨大な結界を張ることで脅威から人々を守ってきた。

 結界は黒王に備わる力のようで、内と外を別け、魔物の侵入と出現を防ぐ。そう本来ならば――

「結界は黒王の命尽きるか、王位継承まで維持され続ける。それ即ち魔物の侵入と出現は起こらない。けど、現実に起こっている」

 結界の維持には地脈エネルギーを使用しているため、結界を展開する時以外、体力や精神力を使わないそうだ。

 過去、前例がなく、原因も依然不明なため誰もが困惑しているとか。

 だから対策として、騎士団や開闢者を登用した人海戦術による討伐がもっとも有効な手だった。

「早速来た」

 僕は、ぼやきながら、腰に携えた鞘から刀を抜き取った。

 天下の往来に、マンホールの蓋ほどの黒い霧が渦巻いている。その数五。このまま放置しておけば、蛹から蝶へと羽化するように、渦は魔物となり人間を問答無用で襲う。僕は刀を握ったまま息を吸い込めば、文字通り渦中に足を踏み入れる。軽く刀を振るいながら、通り過ぎた時には黒き渦は霧散するようにして消えていた。

「黒い霧が集まって魔物になるなら、なる前に切ればいい。単純だけど効果は絶大だ」

 蝶の羽化を阻止するには蛹を壊せばいい。

 いかなる魔物かは、誕生してからではないと分からない。分からないが、魔物として形成される前に、黒き霧を切れば霧散して魔物誕生を阻止できる。手抜きとか卑怯とか思われるが、被害広がる前に処置できれば良い、つまりは結果オーライなのである。

 忘れたものは思い出せる。けど、死んだ人は戻ってこない。

 理不尽に家族を奪われるなどあってはならないのだ。

 だから、ふと思うことがある。

「父さんたち、この世界で転生とかしてないよね?」

 もし転生しているのなら、とりあえず僕は元気ですと伝えたい。

 後、勝手に婚約話を息子の意志を無視して進めたことに恨み節を一つぶつけるつもりだ。

 耀夏との出会いを作ってくれてありがとう、と。

「だから、見つけださないと」

 一歩踏み出せば未知の領域である故、今集めるは情報と金だ。

 情報も金も、集めるだけ集めて耀夏を探す旅に出るぞ!


 この世界に来て以来、何かとアウラと二人で三食共にする日が増えつつあった。

 一人より二人の食事だ。断る理由も道理もない。

「三日後、白王都に行きます」

「え、白王都?」

 夕餉の席にて、アウラの発言から僕はオウム返しで聞き返してしまう。

 互いに向き合う形で膳を挟み、食事の合間に時折他愛もない会話を挟む。

 何があったか、どうしたか、今日の出来事を話す。

 耀夏と瓜二つ故、最初は外見同じでも内の異なる彼女に困惑と複雑さを感じていたが、食事と話を重ねるに連れ、抱く感覚は薄まりつつあった。

 要は耀夏とアウラを別人と認識しつつあるようだ。

「はい、白王都では新しい大聖堂が完成間近でして、その仕上げの一環として黒王である私がその大聖堂に結界を施すんです」

 なんでも大聖堂は、礼拝堂の使用がメインだが、魔物襲来の際、民の避難所として機能する面もあるそうだ。

 白王都だけでなく、各領地の避難所には大あれ小あれ魔物侵入阻止の結界が施されているらしい。

 都市部だけに警備も厳重だろうが、昨今の不可解な魔物出現を鑑みれば必要な処置だろう。

 聞けば、一五〇年ほど前に発生した魔物の大量発生は、結界を決壊させる規模であり、都市部にまで流れ込み、あわや大惨事に陥りかけたそうだ。けれど、一人の聖虹武人の見事な軍配捌きにて被害を最小限に抑えながら魔物を殲滅したとか。

 この件にて、東西を分かつ大規模結界だけでなく、避難所のような場所に小規模結界を施すようになった。

 結界を施すには、その地に一度向かわねばならないが、一度張れば黒王が存命の間は機能するためアウラ曰く、苦労と問題はないそうだ。

「というわけで、あなたには護衛として同行をお願いしたいのです」

「護衛って、外にいる二人じゃダメなの?」

 襖隔てた外の廊下には以前、僕がはり倒した金剛力士像の兄弟が正座のまま護衛として備えている。

 黒王こと姫巫女アウラの護衛は、この二人の役目のはずだ。新参者であり、余所者である僕に願い出る理由が見えてこない。

「だってあなたのほうが、外の二人より強いですし」

 アウラは、にっこり笑顔で言ってのける。

 至極当然の返答だとしても、襖一枚隔てた廊下から困惑の匂いが張りつめてきた。

 ドナドナだよ、うん、ドナドナ。

 聞けばあの兄弟、代々黒王を警護する家系のようで、先代の黒王、つまりはアウラ母から直々に指名され、幼少の頃から護衛役として仕えてきたそうだ。アウラが黒王に就任したのはほんの二年前。当時発生した魔物に前黒王夫婦は襲われ命を落とした。だから、彼ら二人にとって前黒王の忘れ形見はその身に代えても守り抜く存在のはずだが、当人から笑顔で言われて浮かぶ立場がない。

「まあ、あなたにはあなたの都合がありますが、悪い話ではないかと思われますよ」

 アウラが次なる発言をする前に、僕の中で悪魔が思考を回す。

 白王都は、元の世界で言う東京に当たる。

 つまりは人や物が集う中心であり、自ずと情報も集まる地。

 行き来も、竜気機関車一本でたどり着けるほど、しっかり交通網が整備されている。

 何より、次が重要、うん、最重要! 超・重・要! ものすご~く、重・要!

「公費で行ける」

「うふふ、その通りです」

 アウラは自らの口元を手で優しく覆いながら柔和に笑う。

 竜気機関車は確かに便利であるが、運賃は安くない。

 距離が遠ければ、遠いほど運賃は比例して上がり、ここ黒王領最寄りの駅から白王都までは竜気機関車で片道一週間はかかる。

 しかも乗車賃だけでなく、替えの衣服や食料が必要ときた。車内販売もあるも持ち込んだほうが安くつく。

「白王都にたどり着いても、あちら側の都合でおおよそ二日ほど準備が必要となるそうです。その間、白王都を回るのも、悪くはないと思いますよね?」

「ああ、確かに、なるほどね、うん、悪くない、うん、悪くないね」

 僕はアウラの声音の裏にある企みを嗅ぎ逃さなかった。

 つまりは、そういうことだ。彼女とて王の一人だろうと、乙女である。うるさい護衛二人がいては立場もあって自由に動けない。一方で、余所者であるが、それなりの実力と信頼のある者を護衛に添えれば、共犯者としてお忍び散策も可能である。

「分かった。護衛の件、依頼として受け取った」

 あくまで仕事の依頼として僕は了承する。

 そっちのほうが公的にも説明がつくし、何分動きやすい。

「話が早くて助かります。ああ、それと必要なものがあれば事前に申請してくださいね。色々と準備がありますから」

 つまりは経費で落とすとの意味があった。

 耀夏似のそっくりさんかと思ったけど、悪ち――ごほん、知恵の回るお方のようだ。

 ただ一方で、襖一枚から漂うドナドナの空気は膳より漂う食事の香りと合わさって味覚を減衰させていた。

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