第56話 キレイに撮ってくれる
それから、さち子の衣装作りが少しづつ始まっていった。
また、茉莉花が古着屋で見繕ってきた赤い浴衣に、 漫画の服に合わせるように裏地や刺繍を施していくのだ。
「ようやく終わったと思ったら、またこの作業か。こうなったらミシンでも買うか」
効率重視の祥太は、針と格闘しながら言う。
「ハンディミシンなんてものもあるらしいし。それならばあちゃんだって使えるんじゃないか。ちょっと調べてみよう」
「そうやってすぐに機械に頼るな。仕事じゃなくてただの趣味なんだから、ゆっくりやればいい」
さち子はそう言って、ゆっくりゆっくり、一針一針縫っていく。
「私はこうして祥太達と作るのが楽しいんだ。時間はいくらでもあるんだし、時間をかけてやっていこう」
「時間はいくらでも……?」
祥太は思わず、さち子の前よりずっと細くなった腕と、青白くなった顔色を見て言葉を途切れさせた。
明らかに最近声のハリも落ちてきた。嚥下機能もさらに低下してきて、食事も刻み食からミキサー食になってきている。
見ないふりをしようとしても分かる。時間は、有限だ。
しかし祥太は表情を作るのが得意だ。すぐに何でもないようにフッと笑ってみせた。
「そうだな。ばあちゃん、ゆっくり時間をかけてやろう。何ヶ月も、何年も時間をかけてやろう」
「そんなに時間はかけたくないね。早く写真を撮ってもらいたいんだ」
そう言ってさち子は少女のように顔を赤くした。
「おばあちゃん、食事出来たからそろそろ片付けてー」
母親の声がして、二人で急いで裁縫道具を片付ける。
母の代わりに智紀が食事を持って部屋に入ってきた。
「どう?進んだ?」
ドロドロの夕食をテーブルにセットしながら智紀はたずねる。
「お、結構進んだね。凄いよばあちゃん。そして、兄貴も成長してるじゃん」
「まあな。俺はいつでも成長期だ」
祥太は適当な事を言う。
「そう言えば、今日茉莉花さんの家に行ってウィッグの相談してきてさ。その時に亮子さんにと会ってきたんだけど」
智紀はそう言って、小さな摘み細工の花を取り出した。
「これ、亮子さんが作ってくれてたんだ。その赤い浴衣に合うんじゃないかって。なんか、布が余ってて暇だったから作っただけだって言ってたけど」
「可愛いねえ」
さち子は花を手に取った。
「確かに合いそうだ。髪飾りにしようか、ブローチにしようか」
ワクワクと花を見つめるさち子を、智紀は嬉しそうに見ていた。
「俺も兄貴もサコッシュ作ってもらっちゃってるし、ばあちゃんもお花貰うし。今度亮子さんにお礼しなきゃね」
「そうだね。亮子さんも、また遊びに来てくれればいいねぇ」
さち子は、花をふるふると振ってみせた。
食事の介助を終わらせて、二人でさち子の部屋を出た。
「亮子さんは元気だったか?」
ふと祥太はたずねる。
「うん、元気だった。なんか、今階段に手すりつけるバリアフリー工事が入ってて、毎日うるさくてたまらないって文句言ってたよ」
「はは、相変わらず元気なようで」
祥太は笑う。
「そう言えば、最近茉莉花さん、ウィッグやめて本当に髪金髪にしたみたいでさ、亮子さんがすっごく愚痴ってきたよ」
「まあ、色々世話になっているし。愚痴くらい付き合ってやれ」
「まあね」
智紀は愚痴られることをあまり気にしていないようだ。
「ばあちゃんのコスプレ、どう思う」
ふと、祥太はたずねた。智紀は問われている意味がわからずにキョトンとした。
「えっと、正直ばあちゃんが若い女の子になるのはなかなか難しいとは思うけど」
「まあ、そうだな。茉莉花さんにハリウッド級の特殊メイク技術が無いと無理だろう」
「でも、多分、茉莉花さんはキレイに撮ってくれると思ってる」
智紀はキッパリと言った。
「あと、ばあちゃん楽しそうだ。多分免疫力アップしてて、寿命も伸びてるよ」
智紀の言葉に、祥太は一瞬、明らかに前より老化しているさち子の身体が頭を駆け巡ったが、すぐにフッと笑った。
「そうだな。早くあの赤い衣装着たばあちゃん見たいな」
「そうだね。今度幸田さんも来て縫うって言ってるし、早く進めたいよな。あ、でもそうなるとまた俺達もコスプレしなきゃだめなんだっけ……」
智紀は苦笑いしながら楽しそうにそう言った。
……しかし結局、さち子がコスプレ写真を撮ることは無かった。
むしろ、その赤い衣装に袖を通すことすらできなかったのだ。
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