第55話 コスプレは何にでもなれる

※※※※


「死ぬわけないじゃないか。まだ初めのページしか見てないのに。あの時は大袈裟だったよねぇ」

 さち子はそう口を尖らせた。


 あの日、興奮と感激のあまり、動悸が激しくなったさち子だったが、布団に安静に寝せて水を口に含ませ、軽くマッサージをしたら、何とか落ち着いたのだ。

 その日は結局、二人に写真集を取り上げられて安静を命じられた。


「全く、その日はあの本の写真の続きが基になってなかなか寝られなかったよ」

「何言ってんだよ。すぐ爆睡してたぞ」

 智紀は文句を言う。


 今日は茉莉花と幸田がさち子の部屋に来ていた。

 さち子に感想を聞きたいとウキウキしてやってきたのだ。

 ちなみに、祥太は仕事が入って欠席である。

「じゃあ、全部見れたのは、次の日?」

「そうだよ。いやあ、次の日はもう時間があっという間だったねぇ。漫画と見比べながら見たりしてね」

 さち子はうっとりと言った。手にはもちろん、あの写真集が握られていた。

「どのページが一番良かった?」

「あ、私も見たいです」

「この、接吻の写真は、本当に接吻しているのか?」

「ふふふ、ご想像にお任せします」

「ふほほほほ、いいねえ」

 茉莉花と幸田は、ベットの近くでさち子と一緒に写真を楽しむ。

 女子達が、自分のコスプレ写真でキャッキャしているのが何だか恥ずかしくて、智紀はちょっと離れたところから様子を眺めていた。


 さち子は思ったより喜んでくれていた。そして、こうしてギャルや女子高生と楽しそうに話している様子は微笑ましい。なるほど、これが所謂女子会ってやつか、と智紀は一人で納得していた。


「あー、私そのページの写真は一番オススメ!すっごく弟ちゃんの表情が良くてさ」

「てか、衣装ホント完璧。凄いですよね」

「でも、こんなにいい写真を撮るってわかってたんなら、祥太にも何か縫ってやりたかったねぇ」

 さち子が、写真を見ながらポツンと呟く。


 茉莉花は一瞬だけ考え込み、そしてすぐに言った。

「じゃ、第二弾やりましょ!」

「え?」

「え?」

「はっ!?」

 全員、特に智紀が目を丸くした。

「だ、第二弾って?」

「今度は、お兄様の、ハルの衣装もイチから作ってやろう。今度はさっちんも撮影見てよ。楽しいよ」

 茉莉花は決定事項のように言う。

 智紀が何か言う前に、さち子は嬉しそうに身体を少し起こした。

「それは楽しそうだ」

「今度は、私も衣装作りやってみたい!」

 幸田もノリノリで割り込んでくる。

 こうなってしまえば、流されやすい智紀は反論する気が無くなってしまう。

「まあ、ばあちゃんがそうしたいなら……」

 と、渋々そう言うしか無い。


「ところで……あの、この写真っていうのは……その」

 さち子が、何か言いづらそうにモゴモゴ言い出した。

「いや、まあその。恥ずかしいんだが……」

「何?言いたいことは言っちゃったほういいよ」

 茉莉花が優しく促す。

 さち子は、そっと茉莉花の耳に口を寄せた。

 智紀と幸田も聞き耳を立てる。もちろん、そんな事をしなくてもさち子の声は大きいので丸聞こえである。


「ああいう漫画に出てくる服着て……こんなババアでも写真取ってもらえたりできるのか……」

「ああいう服……もしかしてさっちんもコスプレしたいの?」

「こすぷれだか何だか分からないけど……いや、こんなババアが恥ずかしいね。祥太や智紀なら若いからキレイにできたけど、私じゃあ汚いものになるか」

「そんな事無い!」

 茉莉花は大きな声で言った。

「コスプレは何にでもなれるの!男が女になれるし、大人が幼女になれるし、イチャつきたくない二人を角度によってキスさせることも出来る!だから、80歳を若い女の子にすることだってできるよ!」

 茉莉花の言葉に、さち子はちょっと照れくさそうな顔になった。


「そう、サクラちゃん!初恋杜に出てくる女の子!その衣装作ろう!そしてさっちんもコスプレ写真撮ろうよ」

「サクラちゃんになれるか?80のババアが?」

「なれる!」

 茉莉花はキラキラした顔でそう言った。

 さらにちょっと調子づいて続ける。

「あ、そうだ。もしご希望があればさっちんだけじゃなくて、竹中兄弟どっちかとカップル写真撮ってあげるよ。ハル✕サクラか、ナツ✕サクラかどっちがいい……」


「なんだそれは」

 さっきまで照れくさそうに、でも楽しそうにしていたさち子が、急に真顔になった。

「サクラちゃんはハルともナツとも良い仲にはなっていないだろう。なぜ漫画の中に無いのをやるんだ?」

「え、いや、その……」

「私達の勝手で、ハルとナツに別な人をあてがってはいけないのではないのか?」

「ま、全く仰るとおりです……」

 怒っているわけでもないが、淡々とたずねるさち子に、茉莉花はタジタジになった。

 幸田はケラケラ笑って執り成すように言った。

「おばあちゃんも、私と同じ原作至上主義なんですよねー?わかりますよ、わかります。百歩譲ってハルとナツといっしょに撮るなら三人一緒ですよね?」

「ああ、それはいいね。私はあえて端がいい。ハルとナツがくっついているのを、はなれて見ている感じがいい。そういうシーン、あったろ?」

「それは!それはわかる!!」

 茉莉花は唸った。


 女子三人が楽しく次の計画について話しているのを智紀は黙って微笑ましく見ていた。

 許可も取られずに智紀と祥太の参加が決定事項になっていることはちょっと気になるが。


 さち子が楽しそうで、冗談じゃなく寿命が伸びているように見えて。


「ばあちゃん、俺もばあちゃんのサクラちゃん見たい」

 智紀はそうさち子に呼びかけた。

「また一緒に衣装作ろう。俺も兄貴も、前より多分うまく出来る」


 智紀の言葉に、さち子は嬉しそうに笑った。

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