最終話① 少し肌寒くて天気の良い日

 ※※※※


 さち子の葬式は少し肌寒くて、天気の良い日に執り行われた。


「よう、さっきまで忙しそうだったね」

 式が終わり、ぼーっとしている智紀に、幸田は声をかける。

 智紀は、顔見知りに会ってホッとした顔をみせた。

「いや、俺はただ香典返しホイホイ渡すだけの仕事だったから大したことねえけどさ」

「ホイホイって……気持ちがこもってないぞ!」

「すみません」

 素直に智紀は謝る。

「兄貴のほうが忙しそうなんだよね。挨拶したり親戚と話をしたり」

「まあ、大人って大変そうだよね。てか、お兄さん髪青いままたんだ。葬式だし、ウィッグとか被るのかと思ってたよ」

「まあ本当はそれが常識なんだろうけどさ。眉ひそめてた人も正直いたけど」

 智紀は肩をすくめる。

「でも、最後まで兄貴らしいほうがばあちゃんも嬉しいだろ」


 さち子のお葬式の朝。

 祥太が黒のウィッグを被ろうとしたのを止めたのは両親だった。

「お前が黒髪になったら、天国のばあちゃん、お前の事どれだかわかんなくなるぞ」

「そうよ。最後まであんたらしく見送りなさい。何か言ってくる親戚がいたら、私が火葬場に放り込んであげるから」

 そう背中をおされて、祥太は堂々といつもの青髪で葬式に参加した。

 初めは眉をひそめる人もいたが、テキパキと葬式の進行をこなし立派に弔辞を読む祥太に、最後には何も言う人はいなくなった。



「弟ちゃん!梨衣ちゃん!」

 向こう側から茉莉花が走ってくるのが見えた。

「茉莉花さん、あれ?香典返し2個も持ってる。一人一個ですよ!」

 眉をひそめる幸田を、茉莉花はコツンと香典返しの箱出叩く。

「これは今日来れなかった米村っちの分なの!欲張ってるわけじゃないんだけど」

「そうなんですね。あ、米村さん、結局写真コンクールどうでした?」

 幸田がたずねると、茉莉花は渋い顔をしてみせた。

「一応賞は取ったみたいだけどね、奨励賞。ま、下の賞だよ」


 あの後、米村はあのコスプレのメイキング写真を、写真のコンクールに提出した。

 名前を出さないなら、と智紀は渋々オッケーしたが、どうせ出すなら賞に入ってほしいな、とは思っていた。

「下でも賞は凄くないですか?」

「でも、米村っちは結構いつも賞とるし。皆で頑張ったしさ、どうせなら最優秀賞とか狙いたかったよねー」

 勝手な事をブツクサ言う。

「てかさ、私は『あればさっちんだけの写真だと思う』ってエモいこと言って即売会での頒布遠慮したのに。米村っちはそういうこと一切関係ないって感じなのがちょっとムカツクー。今度賞金でなんか奢ってもらお」

 茉莉花は勝手に奢りを決定してしまっている。


「おい、智紀、こんな所にいたのか」

 三人で話していると、遠くから祥太がやって来て声をかけた。手にはあの着せることが叶わなかった赤い衣装があった。

「出棺の準備に手間取っているらしくてな。ばあちゃんのお別れまで、もう少し時間かかりそうらしい」

 祥太は智紀にサクッと連絡事項を伝えると、茉莉花と幸田に向き合った。

「二人とも、今日は来ていただいてありがとうございます。茉莉花さん、ばあちゃんの遺影の提供、助かりました」

「ううん。いい写真、選んでくれてありがとう」

 茉莉花は微笑む。

「もう少し頑張ってくれたら、コスプレ写真遺影に使えたね」

「誰だこれ!って葬式の最中ザワザワしっぱなしでしょうね」

 想像して幸田も笑う。


「兄貴、それもしかしてお別れの時に棺桶に入れる?」

 智紀は祥太の手の衣装を指さした。

「あの世で着たいだろうしな。是非着てもらって、先にあの世にいるじいちゃんにびっくりしてもらおう」

 祥太は笑う。

 そして、困ったようにもう一つ、紙袋を取り出した。

「本当はこれも入れてやりたかった。でも、生きている人の写真をいれると連れて行かれるだの何だのあるらしくてオススメしないと葬儀屋のスタッフに言われてな」

 そう言ってチラリと袋から中身を取り出す。

 中身は案の定、二人のコスプレ写真集だった。

「ばあちゃん、墓まで持っていってくれると言ったんだかな」

「まあ、スタッフさん困らせるわけにもいかねえよな」

 智紀も苦笑いする。

「じゃあ仕方ないからそれは持って帰ろう。その衣装だけ入れてあげよう」


「生きてる人の写真、入れちゃだめなんだ。じゃあこれは無理なんだ。あわよくば一緒に入れてもらおうと思ってたんだけど」

 茉莉花はそう言って、一枚の写真を取り出した。


 智紀はそれを受け取った。

「えっ?なにこれ。どういう事?」

 智紀は写真をみて驚いた。

 茉莉花は肩を竦める。

「ごめん、おふざけに見えて気を悪くしたらごめんね。フォトショで加工しただけなの」

 祥太もその写真を覗き込んだ。


「……?これは……」

 祥太は思わず写真を手にとって、マジマジと見つめた。


「どうして……元気な、ばあちゃんだ」


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