撮影会

第42話 このシーンは必至

 ※※※※

 撮影の決行は、皆の、主に仕事が忙しい祥太と、バイトや介護で忙しい茉莉花の予定の合った、ある日の日曜日に行われることになった。


 ヘルパーさんに頼んで、さち子は1日だけデイサービスにお願いした。

 父と母は、仕事が入っていたので、智紀はホッとした。さすがに両親に見られるのはキツすぎる。


「うちもね、今日はおばあちゃんの事、お父さんに任せること出来たんだ。イベントとかの時にはよくお願いするんだけどね。なんかあったら、お父さんが対処してくれるから、今日は思いっきり楽しむぞー」

 茉莉花は背伸びしながら言った。

「本当に何かがあったら、無理しないで中止しても大丈夫ですからね」

 智紀は一応言ったが、茉莉花はケラケラと笑った。

「ありがとね、そうするよ。まあでも大丈夫だよ」


 メイキングを撮影したいと言っていた米村と、野次馬をしにきた幸田も集合して、早速撮影が始まる。


 まずは衣装を身に着ける。

 着替えるために部屋の死角で服を脱いでいく姿も米村は撮っているので、智紀は慌てた。

「え、どこまで撮るんですか」

「さすがに下半身は撮らねーし、見ねーよ。撮られて嫌なところはすぐに言ってくれ」

「わかりました……」

 智紀は少し米村を気にしながら着替えを続ける。

 すぐに米村は、祥太の方にターゲットを変更しに行った。

「お、ホストのお兄さん、なかなかいい体つきしてるね」

「まあな。好きなだけ撮るがいい」

「やめてくれよ、そこは撮らねーよ」

 ――兄貴何してんだよ。てかもうホストは否定しねえのかよ。

 智紀はドン引きしながら別の死角で着替えをしている祥太の方を見ていた。


 着替え終えて、茉莉花にチェックを受ける。

 勿論不合格だ。

「そんなきっちり着ちゃだめじゃん。ナツは森の奥に住んでるんだよ。走ったり、木登りしたり、その格好でしてるの。もっとダルダルに」

「でも、それじゃ、胸とかモモとか見えるじゃん」

「見せんだよ!一巻、第5話、136ページ見たことない!?」

「こ、怖えよぉ」

 智紀は豹変した茉莉花に怯える。

 幸田が慌てて仏壇から漫画本を持ってきて、二人の間に入ってきた。そして、智紀に急いで該当するシーンを開いてみせた。

「ほら、竹中くん、このシーンだよ。部屋でリラックスしてるナツ。ハルに肩を預けて、ゆるゆるになってるでしょ」

「部屋で撮るっていったらこのシーンは必至じゃん。まさか予習してなかったとでも言うんじゃないでしょうね」

 鬼のように睨む茉莉花に、智紀は縮んだ。

「す、すみません……」

「教官!私が代わりにシーンについて竹中くんに解説しますので、ここは一つ穏便に!」

「仕方ない。私はお兄様の方を見てくるから、梨衣!ここは任せる!」

「うっす!」

 自衛隊コントをしてみせた幸田は、智紀に笑ってみせた。

「任せて、いつも勉強教えてもらってるお礼に、今回はきっちり教えてあげるよ」

「幸田さん!ありがとう」

 智紀が抱きつかんばかりに幸田に近づいたので、幸田は険しい顔で智紀の顔を押しのけた。

「だから、その顔でそんな距離感詰めないでってば!私の母性本能殺す気!?」


 そうしてはしゃいでいると、祥太が着替えを終えてやってきた。

「お兄様、さすが完璧。ただのユニクロが使い古された寂れたシャツに見えるよ」

 茉莉花に褒められて、祥太はフッと笑う。

「漫画本を読んで、買ったままだとちょっと違うと思ってね。あえて数日前に土で汚して、乱暴に洗濯しておいたんだ。さらに、少しここの裾をほつれさせた」

 いつの間に。

 何事にも要領の良いところが、こんなところにも発揮されて、智紀は少しだけ不貞腐れた。






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