第41話 スケコマシじゃん

 それから、精力的なさち子の頑張りで、すぐに衣装は完成した。


 休みの日、智紀は茉莉花の家に向かっていた。亮子に完成した衣装を見せに行くのだ。

 茉莉花はバイトらしいが、「おばあちゃんに言っておくから」と言われて、亮子だけの家に行くことになってしまった。

 正直、愛想がない亮子と二人きりは緊張する。


「ごめんください」

 智紀は玄関を開けながら挨拶した。

 居間のほうから、亮子が顔を出した。

「勝手に入って。足がまだ悪いんだ。私はそっちまで出迎えないから」

「あ、はい失礼します」

 智紀はおそるおそる玄関から居間の方へ向かった。


「これ、ばあちゃん最近作るのにハマってて。よかったらどうぞ」

 智紀はお土産のお菓子と一緒に、亮子に毛糸のアクリルタワシを差し出した。

 亮子は鼻で笑う。

「デイサービスでよく作らされる奴だな。まあ消耗品だからいくらでも使うけど、正直、安いスポンジ買ったほうが割安だろうに」

 そう言いながらも、亮子は丁寧に受け取る。

「ピンクと青って、派手だねえ。微妙に色合いも合ってなくないか」

「どうも、概念グッズらしくて」

「何だそれは」

「わかりません」

 智紀は正直に答える。

「わかんないんですけど、ばあちゃんはこの色で作りたいらしくて。あ、亮子さんも、何か作ったりとかするんですか?浴衣の縫い方、凄く丁寧だって、ばあちゃん言ってましたけど」

 智紀の言葉に、亮子は暗い顔になった。

「作ったって、ゴミになるだろ。作っても邪魔だからって言われるだけさ」

「邪魔?」

 智紀は首を傾げた。そして、ぽんと手を叩いた。

「ああ、使わないって事か」

 軽く言う智紀に、亮子はムッとした顔をした。智紀は其れに気づかずに笑いながら続ける。

「そりゃ使わないよ、って人もいるかもしれないですけど。別にゴミって事は無いと思います」

「ゴミではない、か」

 亮子は独り言のように呟く。

 おもむろにゆっくりと立ち上がると、奥の方へ行き、何やら小さなカバンのようなものを持ってきた。衣装の裏地に使った布と同じ柄だ。

「ほら、これ、裏地に使って余った布で作った。どうせさち子さんからもらった布だし、孫に返せれば一番かと思ったんだが。邪魔なら捨ててもいい」

 そう言って渡してきたのは、小さなサコッシュだった。

「えっ!凄っ。いいんですか!?」

「私が好きで作っただけだ。いらないならゴミにしてくれ」

「ゴミになるわけないじゃないですか!うわ、すげえ。スマホ入れに丁度いいサイズだ」

「……茉莉花がそんなのを持っていたから、若い子はそういうのが好きなのかと」

「本当にいいんですか?ありがとうございます!」

 智紀のはしゃぎぶりに、亮子は硬くしていた表情を少し和らげた。


「あ、忘れるところでした。これ、完成したんです」

 智紀は衣装を取り出した。

 亮子はその衣装を受け取ると、さち子の縫った場所をマジマジと見つめた。

「ほう、なるほど、こうして縫えば縫い目が目立たないのか。なるほどなるほど」

「時間はかかりましたけど、縫えて良かったです」

 そう言いながら智紀は亮子から衣装を返してもらうと、袖を通してみせた。

「いかがでしょうか」

「いいんじゃないのか」

 亮子は素っ気ない。

「和服は誰にでも似合うもんだ。馬鹿みたいにチャラチャラした髪色をしてなければな」

 茉莉花の金髪の事を言っているのか、祥太の青い髪を言っているのか。まあどちらもだろうな、と智紀は曖昧に笑ってみせた。

「髪染めるの、やっぱり許せないんですか?」

「許せないとかじゃない。何であんな意味がない事をするんだ。茉莉花なんて本当はとても綺麗な黒髪なんだ。私は小さい時からずっとあの綺麗な髪を手入れしてあげてきたんだ」

 亮子はそっぽを向きながら言った。

「茉莉花は小さい時からすぐに肌がカサカサになるから、いつも馬油を塗って手入れしてあげてきたんだ。だから今は茉莉花の肌はとてもきれいなんだ。なのに何であんな馬鹿みたいに塗りたくってるんだ。息子や嫁がちゃんと見てやらないから、だからあんな風に……」

「茉莉花さん、とっても美人だと思います」

 智紀はすぐに言った。言ったあと、妙に恥ずかしくなってしまった。

「あの、その。うん、その、だから」

 何を言いたいのか、智紀にもわからなくてモゴモゴしてしまう。

 亮子は小さくため息をついた。

「悪かったね。気を使わせた。その着物、智紀くんにとても似合う。見せに来てくれてありがとう」

 そう言って、おそらく初めて、亮子は智紀に笑いかけた。



 それからすぐに、帰り支度をして智紀は玄関に向かう。

 玄関まで見送りに来た亮子は、智紀に顔を合わせないまま、言った。

「さち子さんからもらった布、まだ余っている。あのチャラチャラした男の分も必要か?」

「えっ?兄貴のも作ってくれるんですか?」

「別にあの男の為じゃない。布が余っているのが勿体ないだけだ」

 典型的なツンデレ女子のような言い方に、少しだけ智紀は笑ってしまった。

「いらないなら別に」

「いえ。喜ぶと思います。是非お願いします」

「他にほしいのはないか?がま口とか座布団くらいなら作れる」

 亮子がそう言った時だった。


「あらぁ、おばあちゃん、竹中くんに貢いでんの?弟ちゃん、意外にスケコマシじゃん」

 バイトから帰ってきたらしい茉莉花が、玄関に現れてニヤニヤしながら言ってきた。

「茉莉花、何だいその言い草はっ!」

「冗談なのにそんなに怒らないでよ。弟ちゃん、今日は来てくれてありがとうね」

 茉莉花は靴を脱ぎながら言った。

「おばあちゃんも、実はその浴衣、どうなったか気にしてたからさ」

「気にしてなんかいないよ」

「はいはい。わかったわかった」

 茉莉花は適当になだめる。


「じゃ、準備はもしかして全部揃ったかな。そろそろやろうね。時間つくるよ」

 茉莉花はそう言って、智紀の肩を叩いた。

 その言葉に智紀は一気に緊張する。


 始まる。撮影が。
















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