第33話 「違う」
「さっちんお久しぶりー!元気だった?」
明るくさち子に声をかける茉莉花に、亮子は渋い顔をした。
「茉莉花、バカな態度はやめなさい。年上の人に何たる挨拶だ!」
「いいんだよ。彼女は私の友達だから」
さち子は優しく執り成す。
「亮子さんも、わざわざ来てくれてありがとうね」
「いえいえ、おたくの息子さんには大変お世話になりまして」
丁寧に挨拶し合う二人を見ながら、智紀は何となくホッとして、お茶を入れに台所へ向かった。
お茶を用意しながら亮子の持ってきてくれたお菓子の箱を開ける。
きれいな砂糖菓子だったので、智紀は思わず写真を撮った。
「綺麗でしょ。これ、うちのイチオシのお持たせ」
後ろから現れた茉莉花がそう言って、自分もカメラで写真を撮った。本格的なカメラを持参してきたらしい。
「緑茶と一緒に撮ると映えるんだよねー。あ、私も手伝うよ」
「ありがとうございます」
智紀が茉莉花と一緒にお茶を持って行くと、話題は幸田になっていた。
「さち子さん、娘さんもいたのか?」
「いや、あの子は智紀のガールフレンドだよ」
「女友達、という意味ではガールフレンドで間違いないですね」
幸田は笑顔で胸を張っている。
「真面目で賢そうな子だね。智紀くんにピッタリだ」
「え?賢そう?やっぱりわかりますー?」
英語の再テストも控えているくせに、幸田はドヤ顔で照れている。
「亮子さん、適当なことを言わないでください」
智紀はお茶を出しながら苦情を言う。
亮子はその言葉を無視して茉莉花に叱るように言った。
「こんな真面目な子が、ちゃんとしたボーイフレンドを作れるんだぞ、茉莉花もチャラチャラしてないで見習え」
「余計なお世話!」
茉莉花が面倒くさそうに怒鳴る。
「茉莉花さんも結構真面目ですよねー。ちゃんとした大人ーって感じですし」
幸田は差し出されたお茶を一番に飲みながら言った。
「なんか基本的な事がちゃんとしてるっていうかぁ、上辺だけのマナーじゃなくて、ちゃんとした常識が身に付いてるっていうか……。ちゃんとした教育されてきたんだなーってわかるっていうか。ま、こんな小娘が何言ってるんだって感じですけどねー。わぁ、このお菓子キレイー美味しそうー」
一切の遠慮なくお菓子を食べる幸田を見ながら、亮子は何とも言えない、しかし嬉しそうな顔をしていた。
――何だろう、この台詞臭い言い回し……。
智紀には違和感があった。
ちらりと祥太を見ると、満足気な顔をしている。
智紀はこっそりと祥太に近づいて小声でたずねた。
「兄貴があれ、幸田さんに言わせただろ。茉莉花さんを褒めるように」
「亮子さんは俺の言う事はちゃんと聞いてくれないからな。俺の気持ちを幸田さんに代弁してもらった。俺の気持ちは伝わるし、亮子さんの中での幸田さんの評価も上がる。一石二鳥だ」
祥太は飄々と言ってのける。
自分の評価は上げなくていいのか、と智紀は一瞬思ったが、祥太にとっては多分それが合理的だと思っているのだろう、と思い直す。
実際に、亮子の態度はさっきより柔らかくなり、さち子と最近痛む節々の話で盛り上がり始めている。
「さて、本題本題。じゃ~ん、こちら、弟ちゃんのサイズにお直しした浴衣でーす」
茉莉花が大きな袋から浴衣を取り出した。
サイズだけじゃなくて、袖の長さなど、形も若干変わっているようだ。
「うわぁ、大変だったんじゃないですか?」
智紀は浴衣を手に取りながら言った。亮子は素っ気なくお茶をすすりながら答えた。
「こんなもの、そんな難しくないよ。それにしても本当に古臭い布だよ。これじゃあ昔の普段着だ」
「だから、それがいいの!!」
茉莉花は文句を言いながら、智紀に着るように促した。
「そういえば、いつの間に俺がこの服を着るナツ役になってたんだろう」
「お兄様に浴衣合わせてみたら全然合わなくてさ。必然的に」
「それはあの髪色だからじゃ?」
「それはあるかもー」
若干適当な茉莉花に言われながら、智紀は浴衣を着てみる。
「どう?」
浴衣を着て、みんなの前に出てみる。
「いいね!昔って感じ!」
幸田が適当に相槌を打った。茉莉花は智紀の浴衣写真を何枚か取っている。
「智紀の姿、ちょっともう少し近くで見たい」
さち子が言うので、智紀はさち子のベットに近づいた。祥太はさち子の体を少し上げてやる。
「ああ、これは……もしかして……ああ」
「へへ、さっちん、わかっちゃった?」
茉莉花が笑いながら、智紀を見つめるさち子の写真も撮る。亮子は険しい顔をした。
「これ、勝手に人様の家で写真を撮るんじゃないよ」
「いいんだよ、亮子さん、いいカメラで遺影を撮ってもらえて助かるよ」
高齢者ジョークをかましながら、さち子は智紀の浴衣に触れた。
「ナツ、だね。これは」
「あ、うん……あの」
さち子にすぐに当てられて、何となく智紀は恥ずかしくなる。さち子はマジマジと智紀の浴衣を見つめて、そしてキッパリと言った。
「違う」
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