第26話 今回は違ったら?
紅茶と炭酸のペットボトルを抱えて戻ると、なぜか茉莉花は元気にアスレチックを楽しむ子供たちの写真を楽しそうに撮っていた。
「何してるんですか」
「ちゃんと、そこにいる親御さんに撮影許可取ったし」
「そうでなくて」
さっきまで凹んでいたようなのは一体何だったのか。
智紀は脱力しながら茉莉花に紅茶を渡した。
「ありがと、150円だよね」
「別にいいですよ」
「良くない。さすがに高校生から奢られるのキツイ」
そう言って、茉莉花は智紀に小銭を握らせた。
「カメラ持ってたらさ、子供たちが撮って撮ってってうるさくてさ。勝手に撮って不審者通報されてもやだし、必死であの子たちの親探したよねー」
茉莉花は受け取った紅茶を飲みながら笑って言った。
元気になったようでホッとした。智紀は無邪気な子供達に感謝しながら、自分もペットボトルを開けて口に含む。
その時、パシャ、と音が鳴った。
「おー、さすが弟ちゃん、イケメンは絵になるねえ。炭酸飲料のCMみたいな写真取れたよ」
「俺には撮影許可取らないんですか?」
「保護者から取った方いい?お兄様から?」
ケラケラと笑う茉莉花を見て、智紀はそういえば気になっていた事を思い出した。
茉莉花の機嫌が良くなっている今がタイミングかもしれない、と思って、智紀は勇気を出して聞いてみた。
「そういえば、茉莉花さん、兄貴と何かありました?」
「何か?」
茉莉花は一瞬だけ目を泳がせたが、すぐに「ああ」と笑ってみせた。
「ごめん、お兄様に、『見損なった』とか言っちゃった。もしかして気にしてるかな?そんなマジに捉えなくていいのに」
「見損なった?」
まあ、女子からそんなことを言われたら、祥太ならショックを受けそうだが。
「一体、兄貴は、何しでかして見損られたんですか?」
「いや、だからマジに捉えなくていいって。お兄様は何もしでかしてないよ、本当。弟ちゃんが気にする事じゃない。それにしても参ったな、気にしてんのかな。後で謝りのメッセ送っとく」
茉莉花は、それ以上何も言うつもりは無いらしく、強引に話を打ち切るように智紀から顔をそらした。
「さて、せっかく来たし、ちょっと向こうも見てみない?弟ちゃんのいうとおり、部屋案もいいけど、あっちにも初杜のコスプレにぴったりっぽいスポットあるんだ。あっちはあんま人通りも少ないんだよね。まあでも私的にはあんまり好きなロケーションじゃないんだよねー。なんかたまにポイ捨てされたゴミ落ちてるしさ、前なんかあの辺りで犬のこんもり踏んじゃってマジで最悪でさ……」
茉莉花が早口でまくし立てていたその時、スマホの通知音が鳴った。
茉莉花のスマホのようだ。
一旦話を止めてスマホを確認した茉莉花は、一瞬面倒くさそうな顔をした。
「何か、大事な連絡ですか?」
「ん?んー、多分大丈夫」
そう言ってスマホを乱暴にカバンに突っ込んだ。
「さ、あっち行こ」
そう言って、茉莉花はアスレチック広場の子供達に手を振ると、先に立って歩き出した。
智紀も後ろから着いていく。
茉莉花の様子はおかしかった。
公園内を歩きながらも上の空のようで、スマホを突っ込んだカバンを何度もチラチラ見ている。
「あのぉ、さっきやっぱり大事な連絡入ってたんじゃ?」
智紀はおそるおそる声をかけた。すると茉莉花は肩をすくめてみせた。
「いや、多分大丈夫だって。その、さっきのは見守りアプリの通知」
「見守りアプリ」
智紀も存在を知っている。
決まった時間に、高齢者が元気かそうでないか、助けが必要か不要か、を通知してくれるアプリだ。
「私、今おばあちゃんと二人暮らしでさ。前に大学行ってる時におばあちゃんが倒れてからスマホに入れるようになったやつなんだけど」
「もしかして、SOSの通知来たんですか?なら早く帰らないと」
「違う違う。報告無し、の通知が来たの」
茉莉花はそう言って苦い顔をしてみせた。
「おばあちゃん、適当でさ、前も報告無し、でビビって授業早退して帰ったら単にスマホ庭に放置してて元気です報告しないでいただけだったことあってさ。多分今回もそれだって」
「今回は違ったら?」
智紀の口調は重かった。
「違ったら大変です。帰りましょう」
「大丈夫だって。それにこの通知、一応私の親の方にも行ってるし」
「親御さん、今スマホ見てないかもしれないし、遠くにいるかもしれない」
「脅さないでよ」
「帰りましょう」
智紀は茉莉花の腕を掴んで公園の出口に向かおうとした。
「マジで、大丈夫だって」
「大丈夫ならいいじゃないですか!」
なぜか智紀の方が怯えているようだった。
「じゃあ俺のわがままで帰るって事にして下さい。俺が、その通知が気になって落ち着かないから帰りたいって事にして下さい。お願いします」
智紀の真剣な様子に、茉莉花は戸惑いながらも頷くしかなかった。
「分かった。帰る。強引さはお兄様と同じだね」
「通りに出てタクシー拾いましょう」
「いや、そんな急がなくても」
「お願いします」
智紀の真剣な表情に、渋々茉莉花はタクシー代があるか財布の現金を確認した。
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