第3話 それはおかしいよ!
次の日、智紀は学校の帰りに本屋に向かった。
今朝さち子から聞き出した、BL漫画を探しに来たのだ。
しかし、未知の世界すぎて、どこを探せばいいかすらわからない。在庫検索をしようとするも、端末が故障中でできず、これは店員に聞くしかないのか、と智紀が意を決した時だった。
本屋の入り口の近くで、自分と同じ高校の制服を着た、黒髪ショートカットの女子を発見した。 同級生の
「ねえ、幸田さん?」
智紀が声をかけると、幸田はビクッとした顔をした。あまり話もしたことがないので警戒されても仕方がないのかもしれない。
「あー、竹中くん。何か買いに来たの?」
「うん、ねえ幸田さんって、BLわかる?」
「……BL……?」
突然、幸田の顔が険しくなった。
「何で私が知ってると思ったの……?」
「え?」
「私がオタクっぽいから詳しいと思ったの?」
「え?」
幸田の機嫌が悪くなっているのは明らかだった。
「いや、その。ごめん」
確かに、幸田はいつも教室の隅で何やら本を読んでいる地味なタイプだ。若干オタクっぽいとは思っていたのは事実だったので、素直に謝る。
「でもその、どっちかって言うと、女子ってBL詳しいのかなあって思っ……」
「偏見です!」
幸田はきっぱりと言った。
「いい?女オタクが全員BL好きだとか思わないでくれる!?私は圧倒的に男女!ノマカプ派なの!なのに同人誌界では腐の奴らがでかい顔しやがって……。何が公式カップルだ!公式はヒロイン一択だろうが!!」
「ご、ごめん何言ってるかちょっとわかんねえけど、少し静かにしたほうがいいと思う!」
智紀が慌てて止めると、幸田はハッとしたように口をつぐんだ。
「ごめん、ちょっと興奮して」
「いや、うん、大丈夫」
何が何だわかんないけど、オタクっぽいと思われたのが嫌だったわけでは無さそうだ。
「いや、その。知り合いに、漫画本買ってくるの頼まれてさ。それがBLだったから、BL漫画ってどこに置いてあるのかなって知りたかっただけなんだ」
「ああ、それならこっち」
散々ディスって知ってるのかよ!と智紀はツッコミたくなった。
「大体が、少女漫画コーナーの近くにある事が多いよ。ほら、この辺。何ていう題名?」
なんやかんやで詳しい幸田に案内されて、BL漫画コーナーについた。しかし思ったより過激な表紙が並んでいて、同級生とこの空間にいることが急に恥ずかしくなり、思わず智紀は顔をそらした。
「あー、えっと。『初恋の杜』ってやつ」
「ああ、有名だよね。あれ。何年も前からのベストセラーだよ。泣けるBLって」
「詳しいね」
思わず智紀が言うと、幸田は今度は怒らずに肩をすくめただけだった。
「あはは、ゴメンさっきは興奮しちゃって。私、二次創作のBLは地雷で、てっきりそっち系かと思っちゃって。よく考えたら本屋に来てるんだから商業BLに決まってるよね」
言い訳するように幸田は笑うが、ニシソウサクだかショウギョウだか、智紀には何が何だかよくわからなかったので、適当に「そうだね」と頷いた。
女子の話がよくわからない時は、とりあえず同意しておくのがマナーだ。
幸田は本棚を探しながら続けた。
「私さ、面倒なくらいの原作至上主義でさ。だから二次創作といえども公式でくっつかない二人をくっつけられると腹が立つわけよ。だから、公式でくっついてる商業BLは全然おっけーなんだよね」
「なるほど。わかるわかる」
「竹中くん、適当に相槌打ってるでしょ」
あっさりバレて、智紀は思わず舌を出した。バツの悪そうな顔をする智紀を見て、幸田は笑った。
「いーよ別に。関係ない話だし、聞き流して」
そう言って、幸田は棚から一冊取りだした。
「ほら、これ。一巻だけでいいの?ピュアピュアであんまり助平じゃなくて、初心者向けだよ」
受け取ったその漫画本は、淡い水彩画のような絵で、少女漫画のような可愛らしいものだった。棚に並んでいた過激な表紙のものとは偉い違いだ。
「サンキュ。とりあえず一巻だけ買っていくよ」
智紀は丁寧に幸田にお礼を言った。
「その漫画頼んだのって、妹さんとか?」
店を出ながら幸田がたずねてきた。
もしレジに持っていくの恥ずかしいなら代りに買おっか?と提案され、好意に甘えることにしたのだ。
「あれ?幸田は何も買わねえの?」
「ん、本屋、ただブラブラするだけに入る事多いから。で、さっきの質問の答えは?」
「うっ」
智紀は思わず呻いた。妹なんていないけど、いるってことで誤魔化した方がいいんだろうか。それとも……。
「あの、引くなよ」
「何?」
「俺のばあちゃんが」
「おばあちゃん?」
「うん、ばあちゃんが、入院中にハマったらしくてさ」
「ふうん、まあ入院中って暇だもんね」
幸田はウンウンと頷いた。
「……引かないんだ?」
「引くって?」
「いや、俺のばあちゃん、もう80歳だぞ」
「うん。それが?」
「いや、うん、いいや」
あまりにも幸田の反応はケロリとしたものなので、何だかさち子がBLにハマったことも別におかしい事では無いような気がしてきた。
「そうだよな。何かにハマるって、別に年とか関係ねえよな」
「何?竹中くんは、80歳でBLにハマるなんておかしいって思ってたんだ」
ちょっとイジワルな顔で、幸田が顔を覗き込んできた。
「古い古い!今はそんな時代じゃないよ〜」
「そうだよな」
「そうだよー」
「じゃあばあちゃんが、俺と兄貴でイチャイチャしてくれって頼んでくるのも、そんなにおかしいことじゃねえよな?」
「それはおかしいよ!!」
幸田が勢いよく突っ込んだ。
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