第2話 金で解決できるものなら楽

 その日、兄の祥太が帰ってきたのは十時近くだった。小さな弁護士事務所で働いている祥太は、頻繁にとても遅い時間に帰って来る。

「おかえり今日も遅かったね」

「ああ、ちょっと立て込んでてな」

 祥太は青く染めた髪をさっとかき分ける。



 智紀の10歳年上の祥太は、弁護士のくせに髪を青く染めて白いスーツで働いている。パッと見は弁護士というかホストだ。校則をしっかり守って黒髪短髪の智紀とは偉い違いである。

「俺は女にモテるために弁護士になった」と堂々と言い張る祥太は、変な恰好なのに毎週違う彼女を連れているほどモテる。モテるけど婚活市場では全くモテない。

「おかしい。顔が良くて頭が良くて稼げて。何が問題だ」

 憤慨する祥太だが、智紀にはその理由はうっすらとわかっている。



「あのさ、兄貴。ちょっとばあちゃんの事で相談があるんだけど」

 智紀が切り出すと、祥太はしっかりと向き合って真面目な顔になった。

「どうした。介護受け入れ体制に不備があったか?」


 寝たきりのさち子を家に連れてくると決めた時に、自分がお金を出すからヘルパーは優秀なところを時間を気にせずに頼めと言ったのは祥太だった。介護問題は拗れると家庭崩壊に繋がる、金で解決できるものは金に頼るべきだと主張したのだ。

「何か問題があったらすぐに言うんだぞ。俺はどうしても日中見れないからな」

「ああ、うん。いや、ヘルパーさんは問題無かった。夕食も歯磨きも色々手伝ってくれて帰っていった」

「そうか。じゃあどうした」

「うん、あのさ、兄貴って、俺とキスとか出来る?」

「できん!!」

 即答だった。


「お前が別にどんな性的嗜好を持っていようと構わない。ただ、俺の性的嗜好も尊重してほしい。俺は女が好きだ!男とする気にはなれん。いいか、これは性的嗜好の話で、別に偏見を持っているわけではないから、お前が悩んでいるなら相談にのるが、だからといってキスをすることは無理だ。俺は女性が好きで、キスと言うのは好きな女性とするべきであって」

「分かってる、分かってる!!」

 智紀が慌てて祥太の演説を止めた。

「違うって、俺がどうこうってわけじゃねえの!ばあちゃんの話!」


 智紀は、今日の事を祥太に説明した。


 一部始終を聞いた祥太は、難しい案件を抱えているかのような険しい顔をした。

「何だ、その。ちょっとよくわからない。未知の世界の話だな」

「うん、そうだよね」

「ちょっと回答には事前調査が必要な案件だ」

「うん、そうだよね」

「というかお前は、俺がキス出来るって言ったらしたのか?」

 祥太が訝しげな顔をして聞いてくる。智紀はバツが悪そうに答えた。

「いやぁ。その、ま、ちょっとくらいなら。これでまあ納得してもらえるなら」

 智紀の答えに、祥太は呆れてため息をついた。

「お前は甘すぎる。女性の言うことを何でも聞く男なんて、すぐに捨てられるぞ」

「うるせえなぁ」

 智紀は不貞腐れる。

「別に何でも聞くとかじゃねえし。ただほら、あんまりばあちゃんが、こう、弱って見えてさ。ついこう……」

 智紀の言葉に、祥太はふむ、と腕を組んだ。

「まあ、気持ちはわからないでも無いけどな」

「だろ?」

「とにかく、お前はその、ばあちゃんがハマっているという漫画を聞き出し、購入しておけ。あと、出来たらばあちゃんに漫画を貸したという、隣の人のお孫さんの正体も知りたい」

 テキパキと祥太は指示する。

 さすが兄は頼りになる。智紀は祥太の指示をスマホにメモしていった。

「まあ色々調べねばならないが……金で解決できるものなら楽なんだが……」

「お、おう……」

 兄らしいっちゃあ兄らしいが、それはちょっとドライ過ぎやしないだろうか。智紀は思ったが、口では祥太に敵わないので黙っておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る