第2話 浸水した車

「二年くらい前だったかな。その日はすごいゲリラ豪雨で、あちこち浸水した。ほら高架下とかでちょっと低くなってるところあるだろ」

「えと、アンダーパスってやつですね」

「そうそう、そこが浸水してるときは手前の電光掲示板に表示されるらしいんだけど壊れててさ、気づかずに入った車が浸水して若い女が一人死んだんだ。溺死だって。


 車内にどんどん水が入ってきて、夜で人通りも少ないし。発見されたときには車の天井に爪でかきむしった跡があって死体もひどい有様だったって」

「……やだ、ガチで怖いやつじゃないですか」

 おびえる顔も可愛いなと思いながら俺は話を続ける。


「噂があってさ、死んだ若い女ってのが、浸水前に彼氏から急に別れ話を切り出されて、気が動転してたらしいんだ。事故の後、彼氏の周りでおかしな現象が起こり始めた。あんまりアレな内容だから伏せるけどさ、一時は入院までしたらしい」

「……こわっ。えっ、てかなんでそんなに詳しいんですか」

「実はこの彼氏ってのが俺の友達でさ。とばっちりで俺も危ない目に会ってたから、ほら」

 俺はビジネスバッグからお守りを取り出してみせた。お札だ。よくある小さいお守りもいくつか持ってるけどこの話をするときはこれが一番インパクトがある。

「こうやってお守り持ち歩いてるわけ」

 真由香ちゃんは自分の二の腕をぎゅっとつかんだ後、

「やだやだやだ、やめてくださいよーもー」

 ぽかぽかと胸のあたりを叩いてくる。ははは、と笑って手を握ろうとした時。


「倉橋さん、退勤打った?」

 総務部のお局、榎本えのもと係長だ。

「あ、忘れてました」

「もうパソコン落とすから今打ってもらえる?」

「はーい! ……じゃ、また」

会釈して白いふくらはぎが遠ざかっていく。


「あの人、女と見ればすぐ口説くから気をつけなさいね」なんて言ってる。

 聞こえてんだよ、クソババアが。


 舌打ちした俺はケータイを取り出し「今晩空いてる?君に急に会いたくなったんだけど」とメールを打ち始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る