第6話 王女のための正しき講義

 冬至の前日。

 講義のあと、僕はジャジャビットから、王宮の晩餐会には僕の席も用意されていると教えられた。

「毎年、冬至祭りは飲めや歌えの無礼講となる。おまえも楽しめ」


 楽しめるわけ、ないだろう。僕はまた、わざと不機嫌な顔をしてやった。

 エリカ姫は婚姻を望んでいない。そうと知っては、自分の任務がますます呪わしい。お嫁に行く気なんてなかった王女。その王女の性教育係だなんて!


 三巻本の教科書の羊皮紙でできた一頁、一頁には、男の僕が読んでも気恥ずかしくなるようなことばかり記されているのだ(すごく身に覚えのあることも書かれているし……)。


 講義二日目から、僕は教科書を無視して、エリカ姫と世間話をして時間をつぶしたのだった。僕が勝手気ままをしようと、ジャジャビットは見張っているわけでもないし、わかりっこない、と思っていたのだ。ところが――


「だがな。義務をきちんと果たしていないと、飲めや歌えも心から楽しめないよなぁ、トーマよ。おまえの講義のあとには、何を教わったか、姫に確認している」

「なんだって!?」

「何事もぬかりなくやり遂げる。それが俺の主義でな。明日は晩餐の用意で王宮中が忙しい。だから午後の講義は無しだ。おまえが教科書から脇道へそれたせいで、もう間に合わない」

「何が?」

「姫のドレスのことだ」

「…………」


 あのいまいましい鈍器本(表題は『王女のための正しき講義』)第二日の内容は、「大人の女性たるもの、肌の露出を惜しんではなりません」となっている。


 この王都では、一人前と見なされるような女性たちはみな、鎖骨まで隠れるような衣服は着ていない。左右の腋の下を結ぶラインくらいまでは見せている。それがふつうなのだ。襟の詰まった衣服は、子供服か老人服といっていい。お婆さんたちは「あたしゃ、襟元がすーすーするような服は寒くて、もう着ちゃいられないよ」という理由で、顎下まで覆っているのだろう。


「明日の晩餐会で、おまえの講義の成果をこの目で確かめたかったのだがな。おそらく、姫はまた、いつもの子供っぽい服装でご登場あそばされるのだろう。ついさっき、姫に尋ねたのだ。服飾の講義をお受けになられましたか、と」

「…………」

 ジャジャビットは苦々しげな表情で顎髭をなでさすり、

「姫は、その項目は、まだのようですわ、とお答えになった。昨日も今日も、おまえと双六遊びをしたとか」

 双六じゃない。正確には、オセロに似たボードゲームだ。世間話をするといっても、実のところ、姫の前では僕はどぎまぎするばかりで、すぐに話の穂を見失ってしまう。ゲームに興じるほうが楽だったのだ。


 そんなこんなで、冬至祭りの夜を迎えた。

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