第10話

「いっそ警察に入ろうかしら……そうしたら事件続きじゃない?」

「そんな物騒なことを言うものじゃありませんよお嬢様」


 果報はズンズンと当てもなく通りを歩いていく。まあもう少ししたら季節のパフェで有名なフルーツパーラーがあるからそちらでご機嫌を直していただこうと執事が考えたその瞬間。


 果報の脇を、陸上選手顔負けのスピードで走り抜けた女性が化粧ポーチを横ざまに落とした。

 いや、乱麻の目には投げ捨てたように見えた。

 道路に落ちそうだったそれを、果報はまるでバレエを踊っているかのようにステップを踏み優雅にキャッチ。全速力で走る女性に難なく追いつきポーチを差し出した。


「もし、落としましてよ」

「ひっ」

 驚くのも無理はない。ワンピースにヒール、見た目いかにも鈍足そうな美少女が息も切らさず追いついて背後から声をかけたのだ。

「大事なものなんでしょう」と大きな瞳でまっすぐ話しかけられ、女性が不自然にうろたえた時、近くにパトカーが急停車し警察官数人が彼女を取り押さえた。


「はい確保!」

「えっ」

 驚く果報に、背後から駆け寄った者があった。スーツ姿の刑事だ。女性を追いかけていたらしい。明るい茶髪にまるでアイドルのような美形の彼は、うやうやしく化粧ポーチを受け取る。


「ご協力感謝します。彼女はテロリストで、機密情報をこの中に入れて逃げようとしていたんです。追跡に気づき慌てて廃棄しようとしたんですが貴女が止めてくださった……幸福最上院様ですね?」

「あ、はい……」


 刑事は撤収する警察官に化粧ポーチを預け……なおも突っ立って果報を見つめた。

 そのまま数十秒が経過する。


「あの……なにか?」

 沈黙に耐えかねた果報が口を開く。

 刑事は時計を確認した。


「もう2時間10分経った……」

 刑事は信じられない、という顔で果報から目をそらさない。執事は念の為用心して既に果報の背後に立っている。


「貴女は、僕の運命の人だ……!」

「え?」

「幸福最上院家の名前は聞いたことがありますが正直これほどとは!」

「あの、なにをおっしゃっているんです?」

 果報は戸惑う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る