白い女性

@rabbit090

第1話

 ずっと毛布にくるまって、外の景色を見ることなど無ければいいのに、と願っていた。

 けれど脱皮、というか体に巻き付けていた皮を、はぐ(はがされる)この瞬間を、もしかしたらずっと待ち望んでいたのかもしれない。

 

 電気を入れて、暗がりを消す。

 俺は、いつもそうやって物事を解決してきたように思う。だから、このやり方を好まない人間からは疎んじられていたし、しかし俺にはそれ以外の方法が、一つも思い浮かばない。

 やられたら、やり返す。

 とられたら、とり返す。

 殴られたら、殴り返す。

 随分、アホらしいなあ、と自分でもわかる年齢になってしまった。もう還暦を過ぎて、悠々自適とはいかないまでも、死ぬまでどうやって生きるか、という蓄えについてはもう十分だった。

 が、それがいけなかったのだと思う。

 俺は、暇だった。

 若いころからずっと、働き詰めであることが、生きているという意味なのだと、履き違えていた。

 けど、違う。全く違った。

 俺は、分かってしまった。

 そんなことじゃなくてもっと、やるべきことなどたくさんあったのだ。

誰かの命令(搾取でもある…場合によっては)に従って、仕事をこなすことが完全なのだとすら思っていた。

 けど、俺は自分の視野の狭さに驚いていた。

 肉体労働的要素の強い仕事をしていたため、早く引退しなくてはいけないことは分かっていた。周りは、それが上手くできなくて、人生をつぶしていくものを多く、見てきた。

 とても、もどかしかった。

 一生懸命やっているのに、なぜ、潰れる必要があるのか。

 俺は、だからとっとと、その仕事を辞めて、自営をしようと、日々研究を重ねていた。

 そして、俺は、学なしの(中卒の)人間だってのに、発表すれば企業から依頼が殺到するような発明をしてしまった。

 これを、見せれば。

 だけど俺は、そうしなかった。

 まだ、足りなかったのだ。

 俺には、好きな人がいた。

 俺は、その人に会いたかった。だから、よみがえらせようと思ったのだ。そして、それが叶ってしまった。

 「…ねえ。」

 あまり感情のない、ぼんやりとした目で俺を見つめている、たぶん彼女は、本物ではない。

 でもそれで、それでも十分だった、はずだった。

 俺は、何も言えずに、黙った。

 そしてこの技術は、とっとと世間に公表した。

 完成したその先に待っていたのは、俺が生きている限りでは決して超えられない難題が確固として存在することが、最後にたどり着いた答えだった。

 彼女は、ユリは弱い女だった。

 ユリは、でも金がなく、いや、金だけじゃなくて何もかもを持っていなくて、ただ体を酷使するような労働を、していた。

 女なのに、強い奴だと思った。

 それは、ユリが俺の現場に来た時だった。

 俺は、ちょっと話せる中になっていたやたらか細いその女に関心を抱いていた。ただ単に、話しやすかったということもあるが、いつも、何かを隠しているような、困った笑いを浮かべていた。

 ユリは、死んだ。

 ユリは、本当は弱い女だったのだ。周りも、あんなに細い子が大丈夫なのか、と言ったり思ったりしていたけれど、本人は大丈夫だと言って強がっていた。

 けど、俺は知っていた。

 ぜえ、ぜえ、と言いながら作業に勤しんでいるあいつの姿を。けど、他人って無力で、酔っている人間に意見をすることなど、そしてそれを理解してもらうことなど、できないのだ。

 俺は、もどかしい、と思った。

 が、ユリは死んでしまった。


 俺は、助けたかったんだ。

 俺の好きだった人を、何とか。

 こんなものじゃない、こんな偽物じゃない。全てが、恨めしかった。

 ユリを、けど、死なせてしまったのは、ただの無力な、自分だったのかもしれない。

 そんな現実を、消してしまいたかった。

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