第2話 血の繋がりなんて

 深刻な話になりそうだったので、厨房は四音しおんに任せ、真琴まこと景五けいご鞠人まりとさんを上のリビングに通す。鞠人さんを見て雅玖がくは目を丸くする。


 真琴が人数分の温かい緑茶を淹れ、それぞれの前に置く。勧めたソファの上で正座になった鞠人さんは、強張った顔を崩さない。


「鞠人、どういうことですか?」


 真琴からことのあらましを聞き、雅玖は静かに問い掛ける。真琴は情けないことに少し動転してしまっている。景五はと見ると、景五も顔を固くして、だが、取り乱したりはせず、おとなしくしている。


 鞠人さんは言いづらそうにうつむいてひざの上でこぶしを握り締めるが、やがて顔を上げた。


「猫又族の長が倒れました。病です」


「なんやて?」


 景五の緊迫した声が響く。雅玖も「ああ……」と息を飲み、真琴は目を見張った。だがそれと景五のお迎えが繋がらない。どういうことなのか。


「妖力による治療は続いてますが、もう長く無いだろうと言われました。ですので、景五に戻ってもらわなあきません」


 だからどうして。真琴が雅玖を見ると、雅玖は「すいません」と目を伏せた。


「真琴さんには話していませんでした。実は景五は、いえ、景五だけでは無く5人の子どもたちは、皆種族のおさを継ぐあやかしなのです」


「え……」


 長を継ぐとは。どういうことだ。真琴は戸惑ってしまう。


「待って。あの子ら将来なりたいもんがあるって頑張ってるやん。それはどうなるん? 叶えてあげられるんやんな?」


 真琴がすがる様に言うと、雅玖は辛そうに首を振った。


「あの子たちは大人になれば、跡を継ぐ責務が発生します。あやかしの大人も、人間さまに倣って基本18歳からです。ただ、大学に進学すれば卒業したと同時になります。それまでの間になんらかの成果を出していれば、続けられるかどうかの協議が必要となり、そうでなければ諦めてもらわなければならないこともあるのです。その時の長がいつまで続けられるのか、どのタイミングで跡目を譲るのか、それは種族次第なのです。ただ、長が病気になることもあります。あやかしは丈夫ですが、特有の病気があるのです。今、猫又の長がその状態なのです。ですので景五はまだ子どもではありますが、猫又の里に戻って、跡を継ぐ準備をしなければならないのです」


「そんな」


 真琴は愕然がくぜんとする。皆、あんなに頑張っているでは無いか。


 壱斗いちとはスカウトを受けたいと東京にだって行った。歌とダンスの練習も続けている。堂々と披露する壱斗は今でも楽しそうだ。最近ではバラード調の曲も上手に歌える様になった。


 弐那になも日々進化している。毎日見せてくれる絵は、今やプロ並みだと真琴は思っている。漫画の製作も手がけ出している。今はストーリーを考えるのが楽しいそうだ。


 三鶴みつるのお勉強もどんどん進み、愛読している専門書はもはや真琴などには暗号だ。研究者への道を順調に辿っている様に思える。


 四音しおん、そして景五けいごもそれぞれでお料理を作れる様になるまで上達していた。もう厨房の火の元だって任せられる。ふたりと「まこ庵」を切り盛りする未来が見えようとしていた。


 そして5人の子どもたちは中学校入学を控えている。これからも人間の世界で成長し、学び、遊び、研鑽けんさんし、夢を掴もうとしている。なのに。


「……5人の子どもたちは、他の種族の血が入らない純血の一族の子たちなのです。これまでも、これからも、これを絶やすことはできないのです。大昔から受け継がれて来ているものなのです。なので景五もですが、壱斗も弐那も三鶴も四音も、産まれた時から長を継ぐことを宿命づけられているのです」


「それ、皆分かってる上で、それでも夢を持って……?」


 自分の声が戦慄わなないているのが分かる。雅玖は沈痛の面持ちで、ためらいつつもゆっくりと頷いた。


 予期せず判明した事実に、真琴は強く打ちのめされた。どんなに励んでも、頑張っても叶えられないかもと知りながら、あの子たちはあんなに前を向いて輝いていた。一体どんな思いで打ち込んで来たのだろうか。なんて、なんて健気けなげで、……そして強くて。


 その背景を考えると、あの子たちと家族になった時、幼いながらもあんなに聡明だったのは、きっとそれまであやかしの世界で厳しい教育やしつけを受けて来たからなのかも知れない。


 真琴の目頭が熱くなる。子どもたちを取り巻くものが、そんなものだったなんて。知らなかったとは言え、真琴は「夢を叶えて欲しい」なんて呑気に応援していた。あの子たちが頑張る姿が、本当に素敵だったから。


「……母さま」


 景五の優しい手が、真琴の震える手に重なる。見ると、景五は達観した様な顔で、普段は無表情なその面持ちに柔らかな微笑みさえ見せていた。


「俺は、俺らは大丈夫やから」


 穏やかな声でそんなことを言うものだから、真琴はたまらず景五を抱き締めた。


 泣くな。本当に泣きたいのはきっと子どもたちだ。真琴が泣くことは許されないし、子どもたちにもきっと負担だ。


 真琴の大事な大事な子どもたち。血の繋がりなんて関係無い。そう思って暮らして来たのに。


 まさか子どもたち自身が、その血に縛られていたなんて。


 きっとあやかしにとって、種族の純血を維持することは大切なことなのだ。人間も家系を絶やさぬ様にと跡継ぎを望まれる場合がある。だがきっとその重みは違う。


 子どもたちは産まれながらに、その重責を背負って来たのだ。恐らく選択肢なんて無かった。今でこそ成長したが、それでもまだまだ子どもだ。真琴と出会った時なんてたったの5歳だった。


 もしかしたら、だからこそ将来に夢を馳せたのかも知れない。なれないかもと思いながらも、人間の世界で比較的自由に暮らす中で、望みを賭けたのかも知れない。


 跡を継がねばならない、そうなる未来を受け入れて、それでも自分たちの夢を見たのだ。


 真琴は親になれたと思っていたのに、血の前には無力だった。真琴は強く目を閉じ歯を食いしばる。開くと、こみ上げるものが溢れてしまいそうだった。

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