第2話 春を迎えて

 「まこ庵」の新開店日は4月10日にした。1日からも考えたが、やはり子どもたちの入学式に参列したかったのだ。今年は8日だった。


 保護者ってどんな服装がええんやろ。真琴まことはフォーマルショップで店員さんに相談に乗ってもらいながら、ロング丈のネイビーのワンピースとジャケットを選び、アクセサリーはパールで揃えた。


 ここでまた雅玖がくの資産力が爆発し、パールは全て本真珠になってしまった。真琴は貝パールで充分だと、何としても辞退しようとしたのだが。


「パールのアクセサリーは一生ものですよ」


 雅玖に邪気の無い顔でそう言われ、それもそうか……? と折れたのである。


 雅玖はチャコールグレイのスーツ姿。シャツは白、ネクタイはえんじ色とできる限り地味にまとめてもらった。紋付袴もんつきはかまで行こうとしたところを「目立つからやめい」と真琴が止めたのだ。


 とは言え、長い銀髪に金色の目なのだから、目立つなと言う方が無理があった。周りの保護者がひそひそと噂話をするのを、雅玖は平然と受け流す。真琴としては……開き直るしか無かった。


 この学校はクラス数が多くないため、壱斗いちと三鶴みつる弐那にな四音しおんが同じクラスになった。入学式は学校のアリーナで行われたのだが、開け放たれた扉から入場してくる子どもたちを見つけるたびに、まだ触れ合ってそんなに経ってもいないのに、真琴は感慨かんがい深くなってしまった。


 壱斗は堂々と、三鶴は冷静に凛として、四音はにこにことご機嫌で、弐那は少し緊張した様におどおどと、景五けいごはまたぶすっと仏頂面である。それも子どもたちの個性である。


 学校といえば勉強は大事もだが、何より大事なのは人間関係だと真琴は思っている。これが潤滑に行かなければ勉強だって、下手をすれば通学すら困難になってしまう。


 友だちをたくさん作れとか、そういうことでは無い。どうしても気の合わない同級生だっているだろう。そういう同級生とどう付き合って行くのか。それはこれからの人生に於いても大事になってくると思うのだ。


 どうか、子どもたちが良い環境で過ごせますように。真琴はただ願った。そして隣でスマートフォンを構える雅玖は、涙ぐんでいた。




 「まこ庵」の和カフェとしてのオープンはまだだが、子どもたちと同じ種族のあやかしたちが子どもたちに会いに来るのは、「まこ庵」の内装ができあがったあたりから始まっていた。


 今夜も妖力で、外から見ると開店前のひっそりしている店舗だが、中はあかりが灯されて、あやかしたちが子どもたちを囲って飲めや食えやの大騒ぎだった。


 子どもたちと一緒に暮らし始めて、分かったことがたくさんある。子どもたちの好きなもの、趣味、将来なりたいもの。


 壱斗はアイドルになりたいのだ。学校から帰ると宿題を済ませ、自室のテレビで録画した音楽番組やライブなどを見て、歌とダンスの練習をするのだ。


 この家のテレビは衛星放送が見られる様になっているので、放送される音楽番組のジャンルも多岐に渡る。


 その壱斗は、小上がりの椅子と座布団を端に寄せて、そこをステージ代わりにし、「スーパー壱斗リサイタル」を開いていた。サブスクでカラオケ曲をダウンロードし、それに合わせて壱斗が歌って踊るのだ。そのタイトルのダサさもまた微笑ましい。


 壱斗は狼のあやかしなのだ。なので観客も主に狼のあやかしたちである。小上がりの前に集まって、やんややんやとエールを送っている。


 そうすると店内が騒がしいかと思うが、そこも妖力の出番である。真琴も壱斗の歌は聴きたいので完全防音では無く、BGM並みに聞こえる様になっているのだ。歌もダンスもまだ発展途上ではあるが、頑張っているのが見て取れる。壱斗はきらきらと輝いていた。


 弐那は入って手前の4人掛けテーブルのひとつに掛け、スケッチブックに一心不乱にイラストを描いている。


 弐那は妖狐ようこきつねのあやかしなので、弐那を囲んでいるあやかしたちも妖狐だ。


 漫画家になりたい弐那は、学校から帰って来て、やはり宿題を終わらせたあとは、こうしてスケッチブックや自由帳でイラストの練習をしている。


 画材屋や大きな書店で入手できるポーズ集などを買って、それをお手本にせっせと鉛筆を走らせている。真琴の様な素人目から見てもまだ拙いが、ひとつが完成するたびに妖狐たちから歓声が上がるのだ。


 三鶴はもうひとつの4人掛けのテーブルで、テキストとノートを広げている。三鶴は将来、研究者になりたいのだ。


 本当なら、自分の部屋にこもって静かにお勉強をしたいところだろう。だがあやかしたちが会いに来たいというのを無下にもできない。冷静ながらも優しい子なのだ。


 三鶴は鬼の子である。なのであやかしたちも当然鬼だ。だからなのか、女性はともかく男性は筋肉質なあやかしが多い気がする。


 そして四音と景五はというと、お料理に興味があるということで、真琴と一緒にカウンタ内の厨房に入っていた。


 とはいえまだ包丁は持たせられない。なので野菜を洗ってもらったりちぎってもらったり、お皿を出してもらったりの雑用をしてもらっている。そういうことに慣れて来たら、野菜の切り方なども教えてあげようと思う。


 やはり、お料理は自分でやるからこそ楽しいのだ。毎日となると面倒になってしまうこともあるだろうが、真琴のこれは仕事なのである。ちっぽけながらも矜持だってあるのだ。


 真琴は自分が前の職場でなかなか恵まれなかったからか、いつまで経っても包丁を持たせてもらえない様な、そんな思いを四音と景五にはして欲しく無かった。興味があるのならなおのこと、お料理を作る喜びを、ぜひ知って欲しいと思うのだ。

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