第16話
「で、今川は何をしていたのか。まず、六時に、隣の市のペットショップから帰社。八時過ぎまで会社。色々資料とか作ったりしてたみたいだけどね。で、そこから車に乗って、まあ二十分ほどでここに着いた。富岡君目的なのかは良く知らないけど……今川は小石君にかなり恨みを持っているらしいけどね」
例のあれか……小石への恨みを晴らすためにやったというのも考えられる。
というか、そもそも中沢への嫌悪は半端なものじゃなかったというし、ショップを潰すためにやったというのもアリなシナリオだ。
元々、店員もみんな彼とは反りが合うことは無かったし。
「来てすぐにトリミングサロンに向かったみたいだね。もう目的が分かっちゃうから笑っちゃうね。で、それから八時五十五分くらいかな、それくらいにはサロンを出て、大倉君と話し出したってことらしい。ちなみに、このすぐくらいに富岡君が帰ってる」
どれだけ好きなんだ。いくら何でも彼女が今川と付き合うとは思えないのに。
「大倉君とは、なんか関係あるのか知らないけど、まあ奥の方で話してたみたいだね。で、騒ぎを知ったと。特に何かやったって言う感じは無さそうだけど」
「……でも、なんか臭いますよね。叩けば埃が出るような気もします」
同感だった。
でも、何かが引っ掛かるような気もする。
直接手を下す余地はどこにも無い。その前に来たのは前日だ。前日に毒や罠を仕掛けて、その時に効果が出るようにするというのはどうするのだろう。
それは奥歯に挟まったほうれん草の切れ端のような不快感があって、それが他のものとも折り重なって、私はつい冷たい水に手を伸ばした。
「それでは、これまでの状況を整理すると、直前のアリバイが証明されているのは、富岡さん、宇野さん、大浪さん、平田さん、鳥居さん、牛玖さん、私、店長、事務スタッフ。あ、それと今川さん。そういうことでよろしいでしょうか?」
「うん、まあそうだね。直前って言っても、七時から九時までの話だけど。あ、そうだそうだ、忘れてたけど他のエリアからの訪問は無いね?」
「この二日は無いですかね……」
話を差し向けるかのように小石はこちらを向いてくる。
「あ、そうだね。二日は犬猫担当しかいないと思う」
こくっと頷いたか頷いていないか分からないくらいに軽く首を曲げ、彼女は続ける。
「そして、その時間のアリバイが無い人は、加藤さん、浅田さん、大倉さん、葉山さん、宮田さん。終わりです」
そうだ、私も容疑者なんだった……。思わず身をぎゅっと縮める。
「まあ、別に容疑者ってわけじゃないので安心してください。まだ他の可能性もあります」
ふぅっと力が抜けた。そうだ、私はまだ捕まるわけじゃない。
「ただ、有力な候補であることは良く覚えてくださいね」
フフッと、月のようにディープな笑みを浮かべて、太すぎる釘を彼女は私の腹に突き刺した。
車の無い二人は店長所有の軽自動車に乗せられてミラクルアースへ戻っている。
「もうすぐ一時半だよ。かなり長いこと店開けちゃったな……どうしよう、加藤君もかなり待ってるんじゃない?」
互いを睨み合う形で、会話が無い状態を何とか打破しようと、人懐っこい笑みを浮かべて言う。
「そうですね」
「……」
シーン。会話が全く弾まない。
中沢は唇を巻き込み、信号待ちのところで姿勢を直した。
「そう言えばさ、種田の証言が取れてね」
「……種田?」
「第一発見者と思わしき人物ね」
「本当ですかっ?!」
いきなり、ずっと流れゆく光景をボーっと見つめていた小石が身を乗り出した。
「ちょ、車動くからじっとしてて。で、ホント。恐らく彼女が第一発見者で間違いなさそうだ。九時頃、経理の仕事が終わって上がろうとして、ロッカーに入るじゃん。で、臭うのよ、やっぱり。すごい腐った臭いが。それで彼女は葉山君の辺りのロッカーを片っ端から開けた。で、見つけた。彼女も血液恐怖症で、ショックから思わず倒れちゃったってわけ。すごい臭いだったみたいだね、やっぱり。見た目ももちろんだし。あ、そうそう、それと」
少しの間が身体を固める。
「彼女は『ロッカーの上を飛んでいく黒い、中型動物のような影を見た』と言っている」
昨日の朝の光景が鮮明に脳内に再生される。あの影と同じものなのだろうか。
「ちょっと風のようなものも感じられたそうだね。……宮田君の見たものと、ひょっとしたら同じものかもしれない」
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
“それ”と出くわす恐ろしさと“それ”の正体を知りたい、という好奇心が半々で喉を通っていく。
“それ”は一体何なのだろう。“ごがらすさま”の正体はそれなのだろうか。
十分ほど議論を交わしながらドライブして、やっと駐車場に入った。
「え、何で正面のお客様用の駐車場なんですか?」
「この後もまた外出の予定があるからね。店長の権力を振り回して、内臓を調べることに今は尽力してるから」
まだ調べるのは途中経過らしい。
ニヤリと彼は笑い、料理は全部経費で落としといたから、と言い残して車を出した。ガソリン臭を含んだ煙がモクモクと漂う。
「……とりあえず、ロッカールームに回りましょうか」
「だね」
と、その時だった。
何かが、確かに私をじろりと睨んでいるように感じる。
気のせいだ、見なくてもいいという声がしきりに飛んでくるが、それでも私の首は聞き入れることなく回り続ける。
そして、それと目が合った。
「……ハチワレ」
これ以上私は言葉を発することが出来なくてその場に立ち尽くす。
ただ呆然と私は、入り口の屋根の上にさりげなく掲げられているハチワレ猫の首と目を合わせ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます