煩わしい群衆と針

「――この学園初の公認チームのメンバーに選ばれたことをどのように思いますか?」


「理事長の判断なので……こればっかりは僕にはちょっと。」


「チームではどのような立ち位置になる予定でしょう?」


「昨日急に聞かされてるのでさっぱり……小間使いとかでは?」


「弟さんの七光りだという声もありますが!」


「そう思うんならそうだと思いますよ……あー……七光りって言葉の使い方間違ってません?」


「そちらのマギアさんと弟さんのチームメイトのテッラさんと共に犯罪組織を摘発していたといううわさがありますが!」


「まさか、僕みたいな味噌っかすにそんなことできませんよ。」


「あなたに打ち勝つことで入れ替わりでチームの一員になれるといううわさは本当ですか!?」


「えーっと……少なくともそんな話は理事長からは聞いてないですけど。」


「ジャック・ソルダムの一件の時から学園側と交渉していたといううわさは本当ですか!」


「えーっと……あー……そう思うならそうなのでは?」


「あなたがチームに紹介されたのはあなたの扱う技術が関わっているという話ですが……」


「あー……理事長がそういってるんならそうだと思いますよ。」


「あなたの研究項目についてお答えください!」


「過去に報道部の記事に乗りましたよ。読んでください。」


「マギアさんとお付き合いされているという噂も流れているようですが!」


「……マギアに失礼ですよ、僕と釣り合わないのは見ればわかるでしょう?」


 侃々諤々。


 いまだかつて人生で味わったことのないほどの数の人間に囲まれて、困惑した顔のテンプスと辟易した様子のマギアは学園の情報発信言たちから質問攻めにあっていた。


 テンプスには男子が、マギアには女子が張り付き、矢継ぎ早に質問を投げかけている。


 現状、まともに答えているのはテンプスだけで、マギアは明らかにやる気なく「そうですねぇ、適当に書けばいいんじゃないですか?」と答え、煩わしそうに泰然と立っていた。


 いっそすがすがしいほどにこちらの都合を無視している質問の嵐は、容赦なくテンプスの脳を攻撃している。


 脳が暴走を始めている――まずい兆候だった。


 音が無数に分裂し、次の言葉を脳が勝手に想起しながら無数の音声として耳にのしかかってきてる。


「「せんじつ――」「ご実家-「ご兄弟――」―」「叔母様――」「尋問科――「故郷のご両親――」――大規模なてきは――」死刑――」マギアさんご家――」」


「―――っっ!」


 これだけの音が一人の記者からしている。この人数ならもはや耳元で爆弾が爆発しているのと変わらない。


 顔をしかめる、無数の反響が脳に響いて頭痛がした。


 苦痛に耐えるように目を閉じて顔を伏せる。


 視界が閉ざされ、かあれに与えられる情報が制限される。


 ――だからだろうか、自分に向けられる殺意に気が付いたのは。


「――!?」


 とっさに体を翻し、周囲に視線を向ける。


 普段なら向けられた時点で気が付いただろうその気配の根元を探って――気が付く。


 人と人の隙間、自分たちの周辺を囲む人の群れのちょうど隙間を縫って何かが飛来している。


 とっさに真後ろから飛来した何かを顔の前で虫を手で払うようにつかむ。


 細長く、硬い――針だ。


 かすかに濡れるそれを手の内に隠す――ここで、騒がれて逃げられるなり暴れられたくなかった。


 飛来した先を見つめる――そこにいたのは……


『……!』


 人だ。


 すでに振り向き、逃げようとしている。背のころは自分よりもかすかに低い。


 制服を着ている。この学園の生徒か、さもなければそれに化けた暗殺者だ。


 動きに見覚えがなかった、同学年ではない。上級生か下級生、さもなければ外部の殺し屋。


 とっさに手に持った針を投げ返そうとして――その行き先が多数に分岐しすぎていて、どれが『今』の襲撃者かがわからないのに気が付いた。


 まるで出来の悪い絵画のように影が分裂し、今の座標がつかめない、本来の自分ならば取捨選択ができている情報を消しきれていない。


 止めようと口を開いて、のどが張り付いたように動かないのに気が付いた。


 口の中がカラカラだ、走ってきたからだ、やはり、もう少し早く家を――いや、違う、これは今日走ってここに来たパターンの自分だ、今の自分では……


 強く目をつむって脳の妄想を追い払う。


 体の感覚が入り混じり、自分の状態すら狂い始めた。


 目をつぶり、なだめるように深く呼吸する――その光景を、少し離れた位置にいたマギアが感づいた。


「――先……!っち……!」


 舌打ちが一つ、次の瞬間にはマギアの指が顔の横に持ち上げられて、鋭い音を立てた。


「――《見ての通り、テンプス先輩は体調が悪いんです、ここでお開きにしてください。》」


 強い拒絶の意志と脳内の魔術円に導かれた魔力が魔術を形作る。


 言葉に魔性が宿る、それは『示唆』の呪文だった。


 対象の言葉に強い説得力を持たせ、思考を制御する呪文が集まっていた生徒の思考を縛り上げ、行動を操った。


「――ええ、すいませんでした……」


 と、バツの悪そうに顔をゆがめて道を開ける生徒たちをしり目に、マギアがテンプスに寄り添う。


「大丈夫ですか?やっぱり休んだ方が……」


「……ん、いや、大丈夫。行こう。」


 頭を二度ばかり振って、テンプスは声をかけた――ここを離れる必要がある、人が多すぎるし、もう一度襲われたら誰か巻き込みかねない。


 顔をしかめるテンプスは歩き出す――先ほどの襲撃者の後姿を思い出しながら。



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