突然の裏切り
『――八人か、どこに隠れてたやら。』
素早く走らせた探知の呪文はその効果を速やかに示し、彼女の周囲にいた敵の総数を伝える。
側面に二人、背面に二人、前面に三人、馬車の中に一人。
『ちっ、一撃でつぶせない配置してるし……急いでるってのに。』
頭の中で使える呪文を検索し、呪文を評価する。
そのすべてを一秒以内に終えた少女は時間稼ぎが必要だと結論付け、口を開く。多少使用に時間がかかってもこの状況を最速で終わらせるにはこれが最良だと判断したが故だった。
緩やかに体内で高まる魔力に焦れながら、後ろに目を向ける。後方にいる気配から放たれた何かが全身に張った障壁に触れて弾かれたのを感じたからだった。
「――ちっ、気を付けろ!お嬢様が仰っていた通り、並の子供じゃないぞ!」
一人の男が叫ぶ。おそらくリーダーだろうその男は自分たちの奇襲が防がれたことを理解したらしい。
それに呼応するようにじりじりと周囲を詰める男たちの緊張が強まる。
「……そう思うならどいてくれません?早くそこのお節介な人を病院に連れていきたいんですけど。」
煩わしそうに伝える物の、それが通らない話だろうとは彼女だってわかっている、彼らの送り先を考えれば当然のことだった。
相手がどの組織に属しているかまではわからずとも、誰の指示で動いているかくらいはわかる。
おそらくあの腐れ魔女が父親辺りにでも泣きついたのだろう。うまく騙してすべての罪を擦り付けたわけだ――自分とあのおせっかいな青年に。
いつかやるとは思っていた、が、まさか12時間も経たずしてこんな怪しい部隊を動かすとは、相変わらずと言うか度を越してると言うか――
『わがままって枠超えてますよね』
相手の父親も父親だ――裏付けもせず、目の前にあるひとりの話ですべてを決定し善悪を決めている。さすが、自称神様の父。
『いや、こんな連中がさらっと出てくるあたり、もともとそれほどまともな男でもないか。』
「――私を殺したいんですか?それとも捕まえるだけ?どっちも嫌なんですけど。」
「無駄口を叩くな。抵抗しなければ悪いようにはしない。黙って馬車に乗れば怪我をせずに済む。」
「あら、返事できたんですね――そうしなければ?」
「――最悪、お前は首から上があればいいそうだ。」
「でしょうね。」
あの女に以前の記憶があれば、そういうだろう、ここにいる連中では足止めにもならないことを理解しているのだ。
だからこそ初手で轢くことを試みたのだろう。自分――あるいは祖母ならばその程度で攻撃で致命傷は負わない。
『だから、庇わなくてよかったのに……』
そんな気持ちを抱きながら、視線をテンプスに向ける……その視線にこもっているのは焦燥と心配だ。
彼女は自分でも驚くほど、今の現状に焦りを感じていた。
それが路上で微動だにしないあのおせっかいな先輩への思いによるものなのは考えるまでもなくわかる。
「――あらかじめ言っておくが、ここにはすでに十数名の仲間が到着しているお前には万に一つも勝ち目は――」
『見た感じ、怪我はしていなさそう、でも体の中は……』
ひどく昔に見た死体の記憶がよみがえる。一見何も問題がなさそうな死体でも、触れてみれば骨がなくなってぐにゃぐにゃなんてことはなることはざらだった。
『……まだ息があるなら急がないと。』
「――ない、抵抗はやめ――」
「ごめんなさい、急いでるので黙ってもらえます?」
言い終わるやいなや、これまでの会話で稼いだ時間で練り上げた魔力を動かしながら指を鳴らす。服の下に仕込んだ魔法円がうねりを上げた。
正方形を二つ並べた
通常の
「なにぉ――ぉ……」
ぐらり――と目の前にいたリーダーの体が傾いた。
瞬きの回数が増え、錘でもつけられたように瞼がけいれんする――明らかに眠気に耐えるようなしぐさ、これが『
先だっては、今日の「説得」時に目撃者の生徒を黙らせる際にも使われた禁呪の一種に相当するこの呪文はオモルフォス・デュオの扱う『魅了』の呪いに近い精神に作用する呪文だ。
相手の精神を強制的に眠らせるこの術は、『
防ぐには魔力を乗り越えるほどの強い意志、あるいは魔術が必要になるが――ここにそのどちらかを持っている人間はいなかった。
ばたりばたりと、何かが倒れる音が連続し、数十秒もすれば眼前で起きているのは彼女一人になった。
『――あら、あっさり……いや、こんなものか。』
眼前の光景を見て無感動にそう考える――この時代の、それも子供をさらう程度の連中などこんなものだろうと考えていた。
「――先輩……!」
それよりも重要なことがある、無感動だった表情をがらりと変え、慌てたようにテンプスの下に駆け寄る。
ぐったりと倒れる彼に駆け寄る
一縷の望みにかけて放たれた声は
「……ぅ……」
「……!」
ごく小さな呻きが聞こえた時、彼女の心に張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。
「ああ、よかった……待っててくださいね、すぐ直し――」
言いながら、先ほど同じ八芒星に魔力を通す、祖母から習い覚えた回復の秘蹟を呼び起こそうとして――
「――へっ?」
――ブスリ、と音がした。
腕を見つめる――何か突き立っている。寸胴の円筒、注射器だった。
「――なっ……!」
自分の魔術が失敗したのか?ありえない、この場にいたあれの手先は全員昏睡したはず――そこで初めて、彼女は馬車の中の生き物がいまだに探知に引っかかっていることに気が付いた。
倒れたテンプスに気を取られて気が付かなかった、だが、一体なぜ自分の呪文が効かなかったのか?
とっさに背後を振り返った時、そこにいたのは予想外の人物だった。
『――サン、ケイ?何を――』
内心で思ったことを口にするよりも前に、彼女の思考は夜明けのように白み始めて――そのまま、意識を失った。
「――ああ、ごめん、本当にごめんなぁマギア……でも、でもこれで!」
――これでお嬢様に褒めていただける!――
そう叫んだ男の目に浮かぶのは狂信的な愛だけだった。
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