彼は転生者の兄で、みんなを助けるようです~あるいは嫌われ者は破滅フラグを超えて救済の夢を見るのか?~
@SIGNUM
Hの始まり/あるいはテンプス・グベルマーレ最初の事件
まどろんでいる瞼の裏で
―――かくして、悪は討たれ、この世に平穏が戻り、世界は勇者たち絶対的な正義によって救われたのです。めでたし、めでたし。
――こんなセリフが世界を埋め尽くしてから早60年が立った。
『騒乱の魔王』ノクトディアスが魔族を率いて起こした『人魔大戦』から60年、勇者と魔王の決戦の結末を一般に報じた号外の一面を飾ったとされるこの一文は、以降の世間の中における常識になった。
そして『勇者とそれにまつわるものが正義である』と人々が思い込むようになってからもやはり60年が経った。
勇者に同意し、それを施行すれば正。異なる行いはどんなに足掻いても悪となる。
無論、魔王が現れる前から、悪はこの世界に
円卓を統べる選定の王。
弓の一発で戦争を終わらせた大英雄。
いずことも知れぬ影の国で修練を積んだ猛犬のごとき英雄。
そして、その数々の中で『倒されるべき悪人』というものもまた、同じ数だけ現れた。
人をたぶらかす悪女。
美しき姫をさらう大鬼。
人々を辱めた巨人。
その中にあってなお、この世界を混乱と疑心暗鬼に陥れた恐るべき魔王は大人たちの間でも記憶に新しいという。
それでも――たいていの英雄譚がそうであるように彼は倒された。逆境を恐れず勇敢に立ち向かった勇者が激しい戦いの末、その首をはねた。
人心を乱し、天地を乱した魔を討った勇者は究極の正義として君臨した。
絵本、教科書、メディア————60の年月を経てなお、昨日のことのように語られ、伝説級のストーリーとして今を生きる子供たちの憧れとなっている。
自分もまあ――いつかの時まではそう思っていたように思う。
ただまあ――どんなものにも障害はつきものだ。
その形がどんなものかは人によって違う、壁の形をしているものもある、もっと概念的なものもあるし――人の形をしているものもある。
自分の場合は、父親だった。
自分の家に特殊な伝説はない、英雄譚もなく、誰もが目的とするような偉大な英雄もいない。平民の父と平民の母の間に生まれた。これについては不満はない。
問題──自分ではなく大部分の人間にとって──だったのは職業の方だ。母は働いていない。それは問題ではないが、父の職業は……まあ、一般の「無実の市民」にとっては触れたくないものを扱う仕事だった。
数多いる英雄も、すべての悪人をその手であの世に送ってきたわけではない。
むしろ殺さなかったことの方が多いだろう、何せ「人殺しは正道から外れている」のだから。
となると、至極当然、彼らは罪人を捕まえ、移送する。そこまでは問題ない。
問題はその後だ。たとえ捕まえたとしても、捕まえただけで人は改心などしない。
もっと言えば、ただ捕まえるだけなら、国は彼らを養う必要がある。何せ「人殺しは正道から外れている」のだから、衰弱死も餓死もさせられない。
しかし、当然のことながら、自分たちの国に納める富が罪人の飯に使われることを一般の人々は快く思わない。
それは当然だ。なぜ、悪人を自分の幸福を削ってまで助けなければならないのか。
であるなら、速やかに処罰を決定し、速やかに行動を起こす必要がある。
――つまるところ、処罰を実行する者が必要なのだ。そして、大抵の場合、刑罰の最も恐ろしいものは死だ。
まあ、ここまで言ったらわかるだろう。自分の父親は――死刑執行人だった、凄腕の。
あらゆる罪人を一太刀で殺す断頭手、その一撃は慈悲深く、苦しみを相手に与えない、決して悪い職業ではないと、以前からそう思っていたし、そしてこれからも、そう思うだろう。
今でも考えは変わらない。
――だが、周囲がそう思うかどうかはわからない、だってそうだろう?
彼は理由はどうあれ「人殺し」で「人殺しは正道から外れている」行為――つまり悪なのだから。
待っていたのは苛烈な制裁だった。正義が絶対とされるこの時代、悪の息子は悪であると周囲に判断された。
兄二人と弟にははねのける力があった。母は納得ずくで嫁いできた、父は――まあ、死刑執行人に直接意見が言えるような者はあの小さい町にはいなかった。
「――誰かがやる必要があることだ。」
いつの日か、そう言っていた父がどんな顔をしていたか、もう思い出せないが――
――それでも、納得したことだけは確かだ。
受け入れられる回答ではなかった、が、腑には落ちた。父は大部分の人間が逃げ出すようなことに挑んでいるのだと理解はできた。
ならばまあ――踏ん張ってみるかと思ったのだ。
それでも世間は厳しい。風当たりは強いし、大人は正義を順守しろと、父親みたいになるなと厳しく言い聞かせた。
努力はした。
困っている人を助けた。
頼まれたことは断ることなく達成した。
自分の精一杯がいつか報われる、そう信じて――
――まあ、さほどうまくもいかなかったが。
所詮、どこまで行っても正義は正義で、悪は悪。
悪の善行は偽善、さもなくば策謀、陰謀。
未だ世界は正義が主体となって動いている。悪がはびこる場所はない。
人は光を求め、闇を葬る。
では、悪はどうなる?いくら子供に悪は憎むべきものと教えても、成長し悪人となる者は後を絶たない。
人間は争うことをやめられない。歴史の上に魔王というちょうどいい生け贄が君臨したがため、人々は団結して糾弾し、処刑した。
時代のせいだと
――ではなぜ、世界は今でも変わらないのか?
悪とは犯罪を好む者、人を陥れる者、人を傷つけ不幸にする者を指す。
――では、悪と断じた人間に石を投げる行為は悪ではないのか?
ない、ないのだ、
まあそれでもいいのだろう、それで世界は回っているし、何より変える手立てはどこにもない。
――――『正義』にカモにされるのが『悪』――――
この世界の根本原理。誰も変えざる絶対法則――いつものパターンだった。
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