ゴーストダウジング

!~よたみてい書

幽霊探しアプリ

「本当にこんなアプリで幽霊なんか発見できるのかな」


 スマートフォーンの画面には、アプリケーションストアが表示されている。

そして注目の新作アプリということで、『ゴーストダウジング』というアプリが私に訴えかけていた。


 説明概要を読んでみる。

どうやらこのアプリを使うと、簡単に近くにいる幽霊まで案内してくれるらしい。


そんな素晴らしい機能があれば、世界に革命が起こるだろう。


馬鹿馬鹿しい。


だけど実際に使わないまま評価するのは違う。

自分で真偽を確かめなくては。


もし本当に幽霊を見つけ出せるというのなら、私がその情報を拡散して、世界から注目を浴びるだろう。

一気に人気者だ。


予想通り玩具程度の機能しかなかったら、制作者に文句を言ってやろう。

偽物だったと公表して、他の人がダウンロードして無駄足を踏まないように助けてあげなくては。


 スマートフォーンの画面を右親指で強く押していく。

何度か押していくと、いつの間にかゴーストダウジングが起動したようだ。


 画面には、『幽霊を見つける』『SNSとリンク』『オプション』という三つの項目が表示されている。


細かいことは今はいい。

早く幽霊を見つけたいので、一番上の『幽霊を見つける』を押す。

すると瞬時に画面が切り替わる。


画面に立体の大きな矢印が表示された。

とても簡素だ。

だけど分かりやすい。

この矢印が指し示す方向に幽霊が居るというのは、説明を受けなくても理解できた。

さらに、『近く』と文字で補足されているので、幽霊との距離もだいたい把握できる。


 それよりも、宇都宮の賑わっている地域に幽霊が居ることに驚いた。


 このアプリが本物かは分からないけど、簡単に幽霊を見つけ出せると思うと、足が軽くなる。






 江曽島の中でも比較的大きい総合スーパーの中にやってきた。

//江曽島 = 宇都宮内の駅周辺地区


ゴーストダウジングに導かれるまま、エスカレーターに乗って二階へと上がっていく。


 土曜日だからか、日中でも来客の姿が非常に多い。

仕事休みで家族で買い物をしている客。

恋人同士で適当に店内を歩いている者。

やることがなく暇で、時間を潰しに来たご老人客。

私のように、幽霊探しをしている人は見当たらない。

ながら歩きしている人は私しかいないようだ。


明るい人たちの様子を横目で確認しながら歩き続けた。

そのまま衣装コーナーの中に足を踏み入れていく。


すると、店内に設置されたマネキンの前に到着した。


スマートフォーンの画面は、『幽霊発見!』と表示されている。

幽霊を見つけたことを強調するかのように、大きめの文字が縮んだり元に戻ったりを繰り返していた。

まさか、眼前に置かれたマネキンが幽霊だというのだろうか。

もしそうならば、予想通り全く役に立たないアプリを掴まされたわけだ。


 折角の休日を無駄にされた。

制作者に怒りをぶつけたいけど、それはできない。

なので代わりに目の前の顔が無い人形に少し強めに拳をぶつけていく。


気持ちが少しだけど軽くなり、気分がよくなった。


 結果が分かったので、あとは帰宅してゴーストダウジングがまがい物だったということを世間に知らせなければ。


そう思った途端。

私の首が突然苦しみを感じ始めた。

まるで何者かに締め付けられている感覚だ。


そして誰かが居る気配も感じていたので、顔を右側に向けた。

知らない女性が居る。

買い物客とは違う、あんまり近寄りたくない雰囲気を出していた。


何をしているのか、解放して欲しいと訴えたかったけど、声が出せない。


苦しみを味わい続けていると、景色が白くなっていった。






「お姉さん、大丈夫ですか?」


 知らない男性の声が耳に入ってくる。


体を揺さぶられているので、現状を把握するために体を起こす。


「え、えっ?」

「あ、気が付きましたか?」


辺りを見渡すと、どうやら長椅子の上に寝転がっているようだった。


 男性が会話を続ける。


「倒れていたので、ここまで運んで来たんですけど、体調が悪いですか?」

「あ、いえ、だいじょうぶです……」


私の体調は大丈夫だけど、大丈夫ではないことが起こった。

それは伝えないといけない。


「ゆ、幽霊が居ました! 出たんです!」

「……えぇ」


男性は爽やかな笑顔から困惑の表情に変わっていった。


明らかに変な人だと思われている。

誤解を解かなければ。


「ち、違うんですっ! ゴーストダウンジングっていうアプリを使って幽霊を探していたら、本当に幽霊に襲われて!」

「良かったです。助けを呼ぶ必要もなさそうですね。それでは、俺はこれで失礼しますね」


男性はまるで逃げるかのように、早歩き気味に立ち去っていく。


事実を話しただけなのに。


 近くに置いてあった自分のスマートフォーンに手を伸ばし、ホーム画面を表示させる。

しかし、先ほどまで使用していたゴーストダウジングのアプリが消えていた。


そんなわけない。

リアルな夢を見てたわけじゃない。


 もう一度アプリステーションを開いて、ゴーストダウジングを探してみる。

だけど検索に引っかかる様子はない。


 椅子から立ち上がり、強くスマートフォーンを握りしめながら、二階を歩き回る。

さっき見ていた衣装コーナーに向かえば、何かわかるかもしれない。


 見覚えのある衣装コーナーの中に足を踏み入れていき、さっき殴ったマネキンの前に到着する。


周囲を見渡し、客や店員の姿があることを確認したら、もう一度マネキンに拳をぶつけていく。

それから数秒ほど待ってみたけど、何も起こる気配はなかった。


 この衣装コーナーの店員なら、私に起こったことを見ていたかもしれない。


早足でレジへ向かい、女性の店員さんに声をかける。


「あの、私このお店で幽霊に襲われたんですけど、お姉さんその様子を見ていませんでしたか!?」

「……えっ、え? ぁー、はい?」

「私、さっきこのお店のマネキンの前で、幽霊と思われる女性に首を絞められたんです!」

「えーっと、そうですねぇ、ちょっとわたしじゃ分からないです、すみません」

「そんな、私ほんとうに襲われたんです! 気絶もしました!」

「はぁ……よくわかりませんが、お医者さんに診てもらった方がいいと思います」


店員さんが左下を見ながら沈黙した。


 言葉に発していないけれど、早く立ち去ってくれという雰囲気を感じる。






 自室でスマートフォーンの画面を高速で操作し続けた。


日中の私の体験をSNSを使って全国に知らせなければいけない。

画面を何度も押していき、文章を作り続けた。


 暗い部屋の中でも文章作成の指を止めないように天井の照明が私を照らし続けている。

それに恐怖心に負けないように電灯に守ってもらえている気もした。






 近くの床に転がっている、暗転しているスマートフォーンを拾い上げ、ホーム画面を開く。

時計を見ると、いつの間にか日付が変わっている。


 窓の外に広がっていた暗闇は、いつの間にか太陽光で照らされていた。

私の部屋は電気をつけっぱなしで寝たようで、昨夜とほとんど変わらない明るさだ。


 眠気をかすかに感じた。

しかし昨日起こった出来事、そしてゴートダウジングという優れたアプリが存在していたことをなんとか世間に公表できたので、どこか気持ちがすがすがしい。


 チックタックとバッツを起動して、反応を窺ってみる。

//チックタック = ショート動画特化型SNS

//バッツ = テキストと画像・動画、二本柱のSNS


投稿したばかりということもあるけれど、やはり無名ユーザーの作り話と思われて興味ないのだろう。


 みんなに重大なことを知らせているのに。

反応が少ないと気持ちが上がらない。






 二日後、仕事の昼休憩中に、気になっていたSNSの反応を調べることにした。


 同僚たちは机の上に、近くのお店で買ってきた弁当、または持参してきた弁当を並べている。


 だけど私はまずはゴーストダウジングと幽霊の件を優先した。


『チックタック:再生回数139・コメント5件

    バッツ:閲覧回数236・コメント2件・良き102件』


結果は、騒がれるほどではないけど、そこそこの人が見てくれたようだ。


 届いていたコメントには、


『すごく怖かったです。ワタシも見かけたら絶対ダウンロードしないようにします。それにしても、その後体調は大丈夫ですか? お祓いにはいきましたか?』

『そんなアプリがあったなんて知らなかったです。僕もダウンロードしたかったなぁ。幽霊を見てみたかった』


といったものがあり、関心を示しているものばかりだった。


自分が行ったこと、自分が被った恐怖体験が誰かの助けになっていて、どこか優越感を感じる。






 翌日。


 昼休憩に入り、他の同僚たちがいつものように机の上に美味しそうな香りを放つ食べ物を広げていた。


 だけど、私にはその魅力的な誘惑に負ける前に、ゴーストダウジングの件について確認しなければならない。


 スマートフォーンを手の中に収め、SNSの画面を起動させる。


『チックタック:再生回数50928・コメント502件

    バッツ:閲覧回数101823・コメント603件・良き6017件』


「ひぃやぁっ!?」


まるで幽霊に遭遇した時に発するような悲鳴を出してしまった。


休憩中に突然大声を出してしまったので、一瞬同僚たちの視線を集めてしまう。

しかし、すぐに各々自分の昼食を口に運ぶ作業に集中していった。


 一日でこんなに広く知れ渡るものだろうか。


幽霊に襲われた時と同等の衝撃が体に走った。


 届いているコメントには、


『下手な作り話過ぎなのに人気があってそれが怖い』

『すごくおもしろかったです! それに、こわかった……』

『続編はまだでしょうか? 待ってます! 頑張ってください!』

『構ってちゃんの妄想かな?』

『オレもゴーストダウジングで嫁にもう一度会いたい』

『そんな恐ろしいことが起こって大変でしたね。でも無事でよかったです』


心が痛くなるコメントも少なくはない。

しかし大多数は、一昨日の不可思議な出来事について、ゴーストダウジングというアプリについて興味を持ってくれている言葉だった。


そして、


『こんにちは。突然のコメント失礼します。

私は株式会社セーギョクの岩頭 健太と申します。

先ほど、“ひめちゃん”さんが投稿されたホラー作品を拝見させていただきました。

すごい人気ですね。

私も読んでいて恐怖を感じてしまい、そしてとても面白いと思いました。

そこで私は、こんな素敵な作品を埋もれさせるわけにはいかないと思い、是非みんなにこの恐怖を体験して貰うためのお手伝いをさせていただけないかと考えました。

もしよろしければですが、“ひめちゃん”さんのホラー作品を漫画にしてみませんか?

世界中の人に怖がらせていきましょう!


もし、賛同していただけるのならばこちらにご連絡をお願いします。

ちなみに、続編をひそかに期待しております。』


ゴーストダウジングの体験を漫画化する誘いのコメントも届いていた。


人生で一度もそういった類の経験がないので、どうしたらいいのかわからない。

でも、体の内に嬉しい感情も湧いているのが分かる。


 だけど、そうじゃない。


私はみんなにゴーストダウジングという本物の幽霊探知アプリが配信されていたこと。

それから、本当に幽霊を見つけ出してしまい、襲われてしまったこと。

その事実をみんなに知ってもらい、気を付けて欲しいだけなのだ。

みんなを楽しませるために書いたわけではない。

本当に起こった出来事なのだ。


どうかみんな、信じて欲しい。

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