第100話 樽井和樹

「……ええと、女性が女性にサービスするのはありなんですよね?」


 そんなときだった。

 天王寺さんが口を開いたんだ。


 え? と思ったよ。

 そして同時に、どうしよう、とも思った。


 さすがに分かる。


 天王寺さんが何をしようとしているのか。


 天王寺さんは……女性の身で、娼婦を買うつもりだ。

 この2人の娼婦の片方でも、下僕化すれば必要な情報が取れるから。


 状況的にそれしかないし、天王寺さんの顔色を見れば、確信を持って言えた。

 顔が能面みたいになっていたから。


 ……でも。

 それはこの、まだ年若い少女が取る選択としてはあまりにも酷いだろう。


 だから


「天王寺さん!」


 止めようと思った。


 だけど


「止めないでください」


 穏やかに。

 でも、ハッキリと。


 彼女はそう言ったんだ。


「……大事の前の小事です」




「リカちゃん……」


 天王寺さんは案内に出て来たあのツインテールのウエイトレスを買った。

 あの嬢は、確実に情報を持ってるわけだからな。


 で、別室に連れ込んだ。

 プレイする部屋だな。


 谷町さんを見た。

 やっぱり、複雑な表情をしている。


 子無しの俺ですら痛ましい気分になるんだ。

 子持ちの谷町さんは余計だろ。


 なっちゃんも、親友が手を汚すことに関して思うところがあるらしい。

 でも、俺には彼女に掛ける言葉は無い。


 そして……


「天将の間とかいう部屋らしいわ」


 嬢を伴って戻って来たときの天王寺さんの表情は、とても硬かった。

 自分のやったことを考えないようにしていたんだろうか?




「こちらです。お姉さま、私が言ったってくれぐれも他言無用ですよ?」


 ツインテールの胸丸出しの嬢が。

 甲斐甲斐しく店内を案内してくれる。


 そこらじゅうで女の嬌声が聞こえる。

 肉を打つ音も聞こえる。

 あと、男の下卑た笑い声。


 ……何が行われているかは……まあ、分かるよな。


 廊下でプレイするとか、そういうのが無いのが幸いだった。

 女子高生2人に見せるにはちょっと酷過ぎるから。




『天将の間』


 ……ここか。


「ありがとう。もういいわ。バレないように立ち去るのよ」


 天王寺さんが嬢に礼を言い、解放する。

 嬢は「お店ですからタダでは無理ですけど。また会って欲しいです。お姉さま」

 そう、名残惜しそうに別れの言葉を告げ、去って行く。


 天将の間。

 それは黒い和風を思わせる引き戸の部屋。

 母乳喫茶って言うから、最初は喫茶店的な店を予想していたんだけどな。

 正直。


 噂話で聞くだけだから、実態は知らなかったんだよ。


 意外に、利用客の秘密を守るような店舗の構成になったるみたいだ。


 ……中はどうなってるんだろうか?


 気にはなるが、グズグズしている暇はない。


「大阪スキル発動!」


 ……全員、大阪スキルを発動させた。




 部屋に踏み込むと、そこは和風の部屋で。

 畳の上に、掘りごたつがあり、そこに1人の金髪に染めた長身の嬢が、赤ちゃんを抱いて腰を下ろしていた。

 嬢の衣装は当然さっきのツインテールの嬢と一緒。


 突然部屋に踏み込んで来た俺たちに対し、嬢は驚き、戸惑っていた。


 真っ先に動いたのは谷町さんで


 無言で嬢に近づいて、彼女が抱いている赤ん坊を取り返そうとした。

 

「え!? 和樹様……? 違う! 何すんのこの子!? どこから入って来たの!?」


 固まっていたけど。

 流石に赤ん坊を奪われそうになると、硬直が解けて混乱しつつも抵抗。


 そこに俺は


「悪いがその子を渡して貰う。アンタの子供じゃ無いんだろ?」


 そう言った。


 ……ここで生まれる子供は、全て奴隷として出荷されるからね。




「やめて! それはご主人様に命令されて預かってる子なの! 奪われたなんて知られたらお仕置きされてしまう!」


 子守をしていた嬢は騒いでいる。

 少し気の毒になったが、仕方ない。


 無視して、谷町さんのチェックに回す。


「……間違いない。息子だ」


 ホッと。

 胸を撫で下ろしたような表情を浮かべる谷町さん。


「諦めろ。立場は察するが、父親が息子を取り返しに来て何が悪い。……阻むなら覚悟しろ」


 そして谷町さんは嬢に向かって凄んだ。

 ……普段は立場の弱い相手にそんなに強く出たりしない人なんだけどな。


 それくらい、我が子が大事だってことなのか。


 ……流石と言うかなんというか。

 それで、嬢は黙った。


 逆らって邪魔をしたら死を覚悟しなければならない。

 そこらへんに肌で気づいたのか。


 真っ青になって、黙った。


 ……よし。


「とりあえず帰ろう」


 そう、呼び掛け。

 俺たちは部屋を出て行こうとした。


 そのときだった。


「……そうは問屋は卸さないよ」


 声。


 聞き覚えがある。


 ……というか。


 谷町さんの顔が強張る。


 その声の主。

 それは……


 この天将の間の奥の小部屋。

 そこから人影が出て来たんだ。


 ……それは。


 小学生の少年だった。

 見た目は。


 ただ……見た目は谷町さんそっくり。

 服装は上等。


 スーツを着ていた。

 紺色の、明らかに上等な。


「やあ、僕の息子。会うのは2回目だね。そしてその他の雑草モブ共」


 笑みを交えながら。


 ……谷町さんそっくりなそいつ。

 顔だけは一緒だけど、一目で分かった。


 こいつの中に入ってる魂は、人間の魂じゃない。


 そいつは言う。


「……孫を囮にすれば、来てくれると思っていたら、その通りになって嬉しいよ」


 ニコニコと。

 続けている。


 俺は言葉が発せなかった。

 だけど


「……アンタが樽井和樹か?」


 なんとか、その言葉を絞り出した。

 それに対し


「……いかにも」


 そう言って、認めた。

 笑顔で。


 ……その目には深い憎悪を湛えながら。

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