地獄の大阪転生

第53話 熊は死んだものを襲わない

「天王寺さん！　そいつの動きを封じることを意識してくれ！」

　俺は素早く伝えた。

　全てはそこからだ。

　情報は共有しないと。

「分かりました！」

　必死で熊の爪を躱しながら。天王寺さん。

　中津の熊の爪。

　起こりを見落とさなければ避けるのは多分難しくない。

　どう考えても、中津は素人だし。

　だけど

「うーんチューイングボーン！」

　……これがある。

　中津は、不可視の爆弾投下を混ぜてくるんだ。

　爆発。

　天王寺さんの足下で破裂した。

　それでバランスを崩す。

「もらったああああっ！」

　中津の爪。

　天王寺さんは身を捻り……

　中津の爪が、天王寺さんの右腕を掠める。

　その衝撃で、倒れる天王寺さん。

「リカちゃああああああん！」

　なっちゃんの悲鳴。

　倒れてしまった天王寺さん。

　衝撃か。

　彼女は起き上がることがすぐに出来ず。

　そこに迫って来る中津の爪。

　すると天王寺さんは。

　……観念したのか、目を閉じた。

　俺はそこで彼女の最期を想像し。

　動揺と絶望を……

　だが。

　……理由は分からないが、中津は攻撃を中止し、天王寺さんを無視した。

　え……？

　まるで天王寺さんが見えていないような態度だった。

　天王寺さんを見失ったかのように、他の敵……つまり俺たちに向き直る。

　見逃した……？　そんなわけあるか。

　あんな醜悪な精神の持ち主が、受けた恨みを忘れるはずがない。

　何か理由があるはずだ。

　……そこで、思い出した。

「熊や！　死んだフリせえ！」

「誰が熊や！」

　……そっか！

　今の中津は熊だから、死んだふりをしたら存在が認識できなくなるんだ！

「天王寺さん！　死んだふりせえ！」

　テンションが上がり過ぎて、思わず大阪弁が混じる。

　天王寺さんは、中津の視界の外で、コクリと小さく頷いた。

　よくわからなくても、彼女は俺を信頼してくれているんだ。

　だから、理由を言わなくても聞いてくれる……！

　胸が熱くなる。

　そしてそのまま、思考する。

　モードパチパチパンチのデメリット。

　……これは重要な要素だ。

　これを使って戦略を組み立てる……！

　モードパチパチパンチは、熊の身体能力を得る代わりに、熊の視界が強制されるデメリットがある。

　熊の視界のデメリット……それは、死んだふりをした生物が認識できなくなることだ。

　俺はそっと谷町さんに近づき、その耳元で

「谷町さん……ヤツの今の視界は熊です。なので……」

　俺は囁いた。

「死んだふりをすると、ヤツからは見えなくなります」

　マジか……！

　そんな顔をする谷町さん。

　……よし。

　谷町さんほどのベテラン大阪ハンターなら、これを活用してすごいことをしてくれるはず。

　俺はこの１４才下の男の人生の先輩を信頼していた。今は。

　そこで俺は大きく跳び退り。

「なっちゃん死んだふり！」

　指示を飛ばす。

「わ、分かりました！」

　多少戸惑いながらも、絨毯の床に倒れ伏すなっちゃん。

　見ると、谷町さんも倒れている。

　手に、デザートイーグルを握りながら。

　そして俺も倒れた。

　すると……

「……畜生！　気づいたな！　アタシのパチパチパンチの弱点を！」

　全ての敵が認識できなくなった中津の、憎悪の籠った金切り声がその場に響き渡った。