椿の下には(07)
「どうする? これ、かなり高くついちゃうよ?」
「い、いやその……」
「驚いちゃった?」
怒っている。笑っているようで、絶対に怒っている。いや、当たり前だ。勝手に庭に入って、庭を掘って。さっきの光の正体がなんなのかわからないが、私はとんでもないことをしでかしたのだろう。
「す、すみませんでしたっ!」
そのまま地面すれすれに顔をつけ、土下座する。
「謝ってもすまないことって、世の中にはあるんだよ」
顔を上げられなかった。今の一言は怖すぎる。あの嘘の笑顔でその言葉を言う彼の姿を見る勇気がない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
この場を治める方法がわからない。
私はただ、頭を下げて謝り続けるしかなかった。
「後をつけてきたんでしょ?」
それもバレているなんて。
警察に突き出される。私もきょう逮捕される。社長と一緒だ。
寒さと恐怖で身体が震えた。握りしめるこぶしが小刻みに振動して、自分の身体に伝わってくる。
「名前は?」
「……佐々木百花です」
「ももか? どういう字を書くの?」
「……え?」
予測していなかった質問に、私はようやく顔を上げた。日の光を浴びたことのないような白い肌。切れ長の目に、薄い唇。超美男子だ。
「漢数字の百に花で、百花ですが……」
彼は訊いておきながらふぅん、と言うだけだった。
「どうしてそこに壺があると知ってたの?」
「その……昨晩夢に見て。埋蔵金を掘り当てる夢だったんです」
間抜けすぎる。自分で答えておきながら、笑えてきた。
彼もまた冷たい笑顔を私に向けてきた。
私は俯いて、もう警察に突き出されるのを覚悟した。
さようなら、私の人生。ホストにはまり、金を失くし、会社の社長は逮捕され、そして自分も捕まる。とんでもない人生だけれど、これも必然。こうなるべくして、私は生まれてきたのだ。
無理やりに、起きたすべての事柄を必然と考える。そうすれば楽だ。なんで自分がこんな目に遭うのだろうと考えなくて済む。
「もう、帰っていいよ」
「はい……?」
彼は空っぽになった壺を覗きながら言った。ついさっき、謝ってもすまないことって、世の中にはあるんだよ、と言ったのはなんだったのか。私は逆に顔面を殴られたような衝撃を受けた。
「で、でも、何かお詫びを……」
彼は私の言葉に片眉を上げ、嘲るように笑った。
「もし、僕のことをあしたも覚えていたら、ね?」
どういう意味だろう。人の庭に勝手に入って庭を掘り起こし、何かが入った壺の蓋を開け、顔面が神の男に笑いながら怒られた今この出来事を、あしたには忘れるってこと?
そんなはずはない。忘れるわけがない。
彼はそれ以上何も言わず、私をそのまま放っておいて、家の中に消えていった。
空からふわり、ふわりと雪が舞い降りてきた。花弁のような雪を手のひらで拾うと、僕の体温であっという間に溶けて水に変身した。
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