第38話

摩訶不思議 三十八章

一二三 一



三十七章隆の「臨死体験」

についての続きです。



(一)

前章で台風明けの海で、足を攣って溺れかけのKT君と、もう一人の友人に力を抜いて浮かんでいるように指示を出して、必死で岸へ向かって泳ぐ隆。泳げど泳げど一向に岸が近づいてきません。

隆はこの時に海の怖さを思い知ったと話していました。

全力で泳ぐ隆ですが、引き潮に阻まれて中々岸に近づけず、身体の冷えと体力の限界から意識が遠くなり始めています。

「ああ、もうだめだ・・・」

「もう、泳げない。ここで俺も死ぬのか」

隆はそう思ったそうです。

全身の力が抜けていきます。

身体が沈み始めました。

テレビドラマや映画の中で、「人は死ぬ間際に生まれてからこれまでの事が、走馬灯のように頭を過ぎる」といった話を観たり聞いたりしたことはありませんか?

まさに隆はこれを経験したそうです。

死を覚悟して目を閉じ、海中に沈んで行こうとするその時、隆は一気に幼稚園入園前にいたそうです。

そこからこれまでの人生の節目節目の出来事が頭の中を猛スピードで駆け抜けていったそうです。

楽しい思い出、悲しい思い出・・・全て一瞬で蘇っては消えて行ったそうです。

隆は「ああ、死ぬんだな」と思ったそうですが、妙に穏やかな気分だったそうです。

海面が隆の頭の上10センチくらいの所まで沈んだ時、なんと足が着いたそうです。

一旦は死を覚悟した隆ですが足が着いたことで勇気百倍。もう一度岸に向かって力を振り絞って泳ぎだします。

海面が腰のあたりまでの所にたどり着いた時に隆は、大きな声で岸に向かって叫んだそうです。

「友達が溺れそうです。助けて下さい!」

浜には沢山人がいたのですが、誰一人として助けてくれようとはしません。

もう一度大きな声で叫びましたが、またもや冷ややかな反応しか有りません。

何度も、何度も叫びながらやっと砂浜にたどり着き、もう一度叫びました。

それでも誰も助けてくれようとはしません。隆は疲労と無力感から砂浜に崩れるように倒れたそうです。

それでも何とか気を持ち直して起き上がろうとした時の事でした。


(二)

 「ありがとう、隆。」

「すまなかったな・・・」

とKT君の声がします。

隆は自分の耳を疑いました。

するともう一人の友人の声も聞こえます。

「大丈夫か・・・」

ようやく四つん這いになった隆の前にKT君ともう一人の友人が満面に笑みをたたえて屈んでいました。隆が声を絞り出します。

「なんで?なんでお前等がここにいるん?」

「俺より先に浜まで着けるはずないのに。」

KT君が飲み物を持ってきました。

「これでも飲んで落ち着いてくれ。」

浜に座ってドリンクを飲んでいる隆の目に涙が溢れてきます。

自分も一度は死を覚悟したが今こうして生きている。友達も助かった。安堵感からなのか分からなかった。ただ泣けたそうだ。

ようやく気持ちも呼吸も落ち着いた隆が

「どうなってるん?何が何か分からへんねんけど・・・」とKT君に尋ねた。

「隆が浜に向かって必死で泳いでいく姿を二人で見ていたら、急にボートが来てそれに助けられた。」とKT君。

「そんなことあるか?あの時周りにボートなんかいなかったやん。」

「確かに隆の言う通りや。周りにボートなんておらんかった。俺も不思議なんや。」

「ボートに俺等二人が乗せてもらって浜を目指し始めた時に、隆の姿が海面から消えて、俺等二人共めちゃくちゃびっくりして大声で名前叫んだ。

何となく死んだと思った。」

「ああ、その時やったら確かに死にかけてたわ。ひょっとしたら一瞬死んだんかもしれへんわ。」隆は自分の身に起きたことを二人に話して聞かせた。

するとKT君の口から意外な言葉を聞くことになる。

「それ、よう分かるわ。」

普段のKT君からは想像もつかない言葉で隆は驚いたそうである。

この後さらにKT君が話したことに隆ともう一人の友人が驚くことになる。


   三十九章へとつづく

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