摩訶不思議

一二三 一

第1話

摩訶不思議 一

                     一二三 一



ここに書かれていることは

ある男の実体験である

信じる、信じないは貴方次第です。




(一)


小学校低学年の男の子がじっと母親を見つめている。

正確に言うと母親の前後に揺れる合わさった手を見つめている。

この男の子、そうこの話の主人公隆である。

隆の母親は、毎日仏壇に燈明をあげて、般若心経を唱えている。

お経を唱え始めて最初は母親の手は揺れていない。時間が経つにつれて小刻みに合掌された手が揺れ始める。

おきょうの終盤になるとその手が大きく揺れている。

お経を唱え終えた母親に隆が尋ねた。

「お母さん、どこか悪いの?」

「どこも悪くないよ。なんで?」と母親。

「手がすごく揺れてたから寒いのかなって思ったよ」と男の子が言うと母親が笑いながら「あれはね、お仏壇にお経を唱えてご先祖様にご挨拶をしていると、自然と手が揺れて来るのよ。お母さんの手にご先祖様がぶら下がってお経を聴いてるの」

「お母さんはね、ちょっと不思議な力があってね、子供の頃から不思議なことをよく見たり、聞いたり、感じたりしていたの。

あなたにも、そんな力があると思うよ。」

「僕にはそんな力なんかなんにもないよ」

「そうかな?お母さんはそうは思わないよ。あなたはまだ小さいのにもう二度も不思議な事が起きてるのよ。」

隆はキョトンとしている。

「覚えてないの?最初は幼稚園に入る前やったよ。車にはねられたんよ。」

「えっ!僕が車にはねられた?」

「そう。あの時はびっくりしたわ。」

隆が幼稚園に入る二年前、この子は車にはねられたが、奇跡的に打撲だけで済むんでいた。どういうふうになったのかは定かでないのだが、車にはねられボンネットの上に乗って大怪我や死に至る事が無かった。

この時母親はこの子に対して霊的なものを強く感じた。もっともこの母親自身が俗にいうう霊媒体質であった。

二度目は幼稚園に入る前の年、当時住んでいた家の二階の窓から庭に転落している。

この時も庭石等もあったが、どこにも当たらず庭木がクッションの役目を果たし無傷で済んでいる。これらのことから母親は、自身の霊的な能力がこの子にも受け継がれ、この子は何らかの力に守られていると思っている。

       (二)

隆が小学校に入ったころ、夜にトイレに立った兄が蒼い顔で戻ってきた。

「便所」「出た!出た!出た!」と言いながら自室へ駈け込んでしまった。

隆は何が出たんだろうと思いながら便所へ向かった。当時の便所は都市圏といえども汲み取り式、いわゆる「ポッチャン便所」が多く

現在のような洋式水洗トイレが一般家庭に普及するのはまだまだ後の事となる。

隆は便所の扉を開けた。

そこには何もなかった。隆は何が出たんだろうと思いながら小用をたした。

その時である・・・

隆はなんとなく便所の中を覗いた。

そこにはこちらを見つめる目があった。

隆は恐怖で声も出ない。

金縛りにあった様に立ち尽くしていると、目の前に便所の中から白い着物を着た男性が現れた。隆が初めて見た幽霊である。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

姉の「隆、大丈夫?」と言う声で我に返った隆であった。 

幽霊の無表情な顔と目が隆の脳裏に焼き付いている。

母親にこんなことがあったと言うと、母親は「大丈夫やったみたいやね。あんたはやっぱり強い子やね」と言いながら、「昔このあたりで洪水があってね、多くの人が無くなっている。恐らくその時に亡くなった人の霊だと思うよ。でもあまり可哀そうと思ってはいけないよ。憑りつかれたら困るからね。」と優しく話してくれた。

 後に母親はこの時のことを「ついに見えてしまったんやね。これから先、他の人には見えも、気声もしないものが、見えたり聞こえたりするようになっていくんやろうから魔よけの数珠を持たさなければ」と思ったとふりかえっていた。

また、こうも思ったと言っていた。

 「私の血を受け継いでいるからいずれこんな日が来るのは仕方ない」と・・・


       (三)

 幽霊騒ぎもその一度きりだったので、隆は自身の力にまだ気付いていない。

それは隆が小学校二年生の夏休みのこと。

姉と二人で留守番をしている時に起きた不思議体験である。不思議体験というよりも、本人の中では恐怖体験であったとのことだが。

そう、最初に見た幽霊よりもはるかに怖かった。あの時を思い出すと未だにゾクッとするらしい。

 便所もそうだったのだがエアコンやクーラーも一般家庭にはまだまだ普及していない時代の話で、六畳の部屋で姉と二人で留守番をしていた。網戸にして部屋では扇風機が首を振っている。白黒のテレビはつけていなかった。たしか夏休みの宿題をしていたと思う。隆の胸を変なざわめきが襲った。

このざわめきはこの日を境に隆に、隆の身になにかが起こる可能性が有る時に必ずといっていい程訪れる感覚になる。

 蝉の鳴き声が響く良く晴れた午後のことだった。隆の胸に変なざわめきが起きる。

何かな?何とも言えない落ち着かない変な感じがする。

ザワザワザワ・・・

怪訝な顔をしている隆に姉が「どうしたん?

」と問いかける。

「なんか分からへんけど、嫌な感じがするねん」と隆が答えた。その直後に隆のザワザワはピークになった。

その部屋にある押し入れから女性の震える声がしてきた。

「そこしめろ~」姉と隆は顔を見合わせた。

その時再度「そこしめろ~」と女性の震える声が押し入れの中より聞こえてきた。

二人は血相変えて外に逃げた。

家人が戻ってくるまで二人は家に入れず、門の前で待っていた。

その時姉と話したことは半世紀以上経っているにも関わらず、鮮明に覚えているという。

それは「姉ちゃん、女の人の震える声がしたよね。そこしめろ~って言うたよね。」と隆の問いかけに姉は震えながら「そう!。その通り。私もはっきり聞こえた。女の人の震える声やった。凄く怖かった。」

 この姉も隆ほどでは無いものの霊的なものを感じやすい体質であった。

この話を二人から聞いた母親は、二人に小さな数珠を渡した。

「これから今日みたいなことが有ったら、この数珠を持ってお守りくださいと一生懸命祈りなさい。」

この日から隆は数珠をお守り(魔よけ)としていつも持ち歩くようになる。

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