04 火竜、先祖返り

「カハッ――――」


 傷を負ったのはフランの方で、鮮血を垂れ流していた。

 剣だ。魔剣の方じゃない。空間を引き裂いて現れた剣が、フランのお腹を突き刺している。


 ふらり、とよろめいたフランは、浮遊を維持出来ず落下していく。


「フラン!!!」


 あの出血量は危険だ。


 回復しないと。


 この距離じゃ届かない。


 フランのとこに行かないと。


 でもどこに落ちたの?


 急がなきゃ、フランが死んじゃう。


 でも悪魔をほうってはおけない。


 あぁっ……また剣が、雨のように降ってくる……っ。


守護シルド結界ガルド……ッ!」


 フランを気にかける余裕もくれない。

 フランの姿はどこにも見えない。不安で、このまま押し潰されてしまいそう。

 私、今、ひとりなんだ……。


「そうだ、絶望しろ。そしてお前が死ぬことでこの国は絶望の渦に呑まれる。魔王の糧となるがいい!」

「……あっ!?」


 心が揺らぎ、バリアに歪みが生じてしまった。

 その隙間を縫うように、悪魔は魔剣を投擲する。


 奇跡なんて力を使えても私はただの人間だ。

 勇者でもなんでもない。

 星空を斬り裂くかのように放たれた魔剣を目前に、私は目を瞑った。



 ――――。



 ――――……。



 …………。



「……?」


 ……いくら待っても、私の意思は途切れない。

 恐る恐る目を開ける。


 目に飛び込んできたのは魔剣でも悪魔でもなく、大きな翼に太い尻尾、そして頭の大きな角――。

 腹部を損傷しながらも立ち上がり、自らの火で作り出した剣で魔剣を受け止めるフランの姿だった。


「フラン……っ!?」

「死に損ないが。聖女もろともに貫かれろッ!」


 魔剣に加え無数の剣が私達へ集中砲火される。


 なぜフランは立ち上がれたのだろう。

 なぜここに立っているのだろう。

 なぜ、私はこんなにも無力なのだろう……。


「フユリっ! 何も恐れることはない! 私達はあんな魔王のなり損ないみたいな悪魔にやられるほどやわじゃない。私達は、聖女と古竜だ! こんな奴さっさとぶっ飛ばして、祭りの続きをする。話の続きも、聞きたいし……」

「ふ、フラン、こんな時にその話ですか」

「いやだって、スゴい大切なこと聞きそびれたじゃないか……」

「……ふふっ、そうですね。とても大切なことなので、早く終わりにしてしまいましょうか!」


 この力を街中で使うのは少し怖い。

 でも、悪魔からみんなを守るためなら、やってやる。


 魔力をありったけ集め、フランに送るように手をかざす。

 フランは火剣を砕いて、渦巻く火炎を纏うように火を噴いた。


「「――――死灰復燃アタヴィスムッ!!!」」


 火炎は瞬く間に燃え広がり、悪魔を穿たんと天へ昇る。


「なっ、まさかその魔法は……ッ!?」

「さあさあ未熟な魔王サマ、ぜひそのくすぶった瞳でご覧くださいな。焼いてやるからさぁッ!」


 炸裂した炎がドラゴンの首を形成。牙がぐわっと悪魔に迫る。


「この熱量は、間違いない! ――ブレイフルムッ!」


 それは太古、魔法大戦による死の大地が顕現した時、天を昇り生き残ったとされる火竜の姿そのものだ。

 フランはその子孫であり、かつての古竜の力は皆無に等しい。

 つまりこれは古竜の蘇生ではなく、竜化現象。

 所謂

 奇跡の力で甦らせた古竜の篝火だ。


「見ろ、伝承と同じ姿……古の火竜だ……! ブレイフルムが悪魔と対峙しているぞ!」

「竜の背中に居るのって、まさか聖女様!?」

「悪魔を倒すために奇跡を使われたんだ!」


 火竜ブレイフルム。赫鱗を月光に照らし、二本の角を掲げるように首を持ち上げ、その口から焔が溢れる。


「――フラン、行くよ」

「うん、この体重いからさっさと終わらせよう」


 フランの背中に跨って、星を見上げる。

 魔力は充分。フランと一緒なら、もっと……どこまでも行けそうだ。


「だが所詮は死に損ない! 古竜がこの世に現れたところで、魔王たる俺に狩れない道理はない!」

「ハッ。やってみなよ、なり損ない」

「――――ッ! 俺は、なり損ないでも未熟者でもない! 俺が魔王だ……魔王なんだ!! 月裂く晦冥剣マルルメーガフェンドッ!!!」


 フランはゴウッと風を切りながら空を飛び、撃ち放たれる無数の剣から距離を取った。

 剣は私達を追ってくるけど、それら全てを私の魔法で防ぎ切る。


魔血の溟剣グラディアロッ!」


 青い血で魔剣を作ると、空気を蹴り飛ばし一直線に向かってくる悪魔。

 なんて力……バリアも簡単に砕かれてしまう。

 魔剣を防ぐ策が尽きてしまった。

 刃が、フランの胸部に突き立てられる。


「うぐっ……ああァッ!?」


 燃えるような鮮血が痛々しいほど迸り、フランは呻く。

 血は止まることを知らないのか、だらだらと垂れ流されて振り積もった雪が赤く染っていった。


「――ははっ、やった……心臓を一突きだ! いくらドラゴン……いくらドラゴニアと言えども心臓を貫かれては生きていられまい! はははっ! 俺の勝ちだ! やはりこの俺が、新たな魔王だぁぁぁぁッ!!!」


 勝ち誇る悪魔は顔が綻び月に吠える。

 その隙に――――。


「――一陽来復サーヴィリメード!」


 魔剣は砕け散り、フランの傷は一瞬で回復した。


「……は?」


 呆気にとられた悪魔はそんな声を漏らす。


「攻撃を防げないのなら、傷を負った瞬間に全回復させるまで。私、聖女ですので!」


 守って、癒して。

 それくらいしか出来ないのだから。


「ただの人間がなぜここまで!? 致命傷を今の一瞬で……ありえないッ!」

「今なら分かります。なぜ私に奇跡の力があるのか。きっと召喚者彼らはあなたが良からぬことを考えていると知ったうえで、召喚魔法を使った。終焉をもらたす者ではなく、その真逆……世界を救ってくれる者を喚んだのです」

「まさか勇者を召喚したとでも言うつもりか! ありえない……そんなことは、召喚魔法にそんな力はない!」


 否定する悪魔に、フランは口から火を漏らして笑う。


「そんな力はない、なんてことはありえない。なぜなら聖女がここに居るからだ! 戦う力は持っていないが、勇敢なる聖女が私の背に乗っている! 一緒に戦ってる!」


 ボゥッと古竜の火炎が揺らめいた。


「終わりにしましょう、悪魔。あなたが魔王と名乗るなら、私はこの世界に召喚された聖女として――勇者にでもなんでもなります。フラン、私の魔力、ありったけ使っちゃってください!」

「そうさせてもらうよ。この体、あんまり馴染まないからさ。こうして火炎を作るのも難しいんだ」


 ――魔力がごっそり持っていかれる。

 ドラゴンブレスの火炎がたちまち燃え滾り、太陽のような熱い輝きを魅せた。

 星々が陽炎に揺らめく。

 天を見上げ、私達の戦いを見守る人々を暖かく照らした。


「お、俺は魔王に至る……それだけの力があったはず……なのに、なのに! なんで貴様ら如きに負けなきゃならねぇんだよォォッ!」

「お前の敗因、答えはたったのひとつだ」

「――ッ!?」


 極炎が限界まで到達した時、フランは悪魔を睨みつけた。


「デートの邪魔したことだよこのクソ野郎ッ!」


 ……ね、根に持ってたのね!?


「――――魔崩、デモニエスティンギ!!!」


 フランの怒りの火炎が悪魔を瞬時に焼き焦がす。

 赤き火炎は輝きを増し、瞬く間に青から白へ、燃え上がる。

 原初の炎、古より甦った火竜の火炎。

 それは白く閃光する、聖なる炎だった――――。

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