02 冬送り、あたたかいビーフシチューとパン

 ――冬送り。ここアルトクランツ王国の行事であり、無事に冬を過ごして春を迎えるための祝祭をそう呼ぶ。

 冬が厳しいことで有名なアルトクランツは山の麓にある国で、そこそこ傾斜がある。

 歩くのも一苦労するけど、レンガの街並みは上の方から見ると眺めがとてもいいから観光地として人気が高い。


 そんな国の中心街、フリーデンネーベンには円形に作られた大樹広場と呼ばれる場所がある。

 店が並び、私も全ての店を回ったことがないほど沢山あっていつもワクワクする。


 そして今日は冬送り。中央の大樹を囲むようにして屋台も出ていた。

 いつもより何倍も人が多い。もちろん、人じゃないのも居る。

 耳の尖ったエルフに、猫や犬の耳が生えたワービースト。多種族国家のアルトクランツならではの光景だ。

 寒空の下、みんな息を白くするけれど、無料で配られるホットワインやホットミルクで体を温めながら屋台を回っていた。


「――わぁ、すごい。沢山ありますね」

「ん……あれ、フユリ好きそう」

「どれですか? ん~……あっ、あのお店ですね!」


 フリーデンネーベンのレストラン。猫さんが作るそのお店では、ビーフシチューを中をくり抜いた丸いパンに注いだ料理を中心に振る舞われていた。

 所謂、ブレッドボウルだ。

 さっそく私達はネコさんにブレッドボウルをふたつ注文しようと声をかける。


「ニャ……? おかしいニャ。火が消えちゃったニャ~……これじゃあシチューを温められないニャ」

「あら、お任せください! ネコさ……いえ皆さんにもあったかいシチューを食べていただきたいですからね!」


 大きなお鍋の下、奇跡の力で灰の中で消えかけていた火を再び燃え上がらせる。


「ニャニャ! 聖女様! ありがとニャ~。これでみんなあったかいニャ」

「いえいえ、当然のことをしたまでです」

「良かったら食べてニャ。お連れさんもどーぞニャ」


 ネコさんは二つのパンにシチューを注ぐ。


「ニャ、おまたせ」

「私まで……悪いな。ありがとう」

「ありがとうございますっ!」


 それにしても……ワービーストよりもネコらしいネコさんだ。

 体も大きくなく、それは限りなくネコに近いネコ。

 もう二足歩行と人語を会得しただけのネコなのでは……?

 うん、これはネコ。


 ――コホン。


 そんな可愛らしいネコさんから、紙皿に乗ったブレッドボウルを受け取った。

 紙皿の底が熱い……どうやら焼きたてみたいだ。

 ずんぐりむっくりなパンの蓋を開けると、閉じ込められていたビーフシチューの香りがふわっと広がる。


「わぁ~……いい香り……お腹が鳴ってしまいますっ」


 たまらずパンをちぎって、あつあつのシチューに浸して口へ運ぶ。

 カリッとした皮面、中はもっちりとしていて、シチューがよく絡んで、じわぁっと体の芯があたたかくなっていく。

 こってりとしたビーフシチューはこの寒さを忘れさせてくれた。


「美味しい……フラン、ありがとう!」

「そりゃあ良かった」


 微笑むフランは、こんなシチューの熱さなんてどうということはないのか躊躇いなくバクバクと齧り付いた。


「あ、フラン。ちょっと屈んでくれる?」

「ん」


 ……――フランの頬に付いたシチューを指で拭い取り、ペロッと舐める。


「あ、ありがと……」

「ふふっ、どういたしまして!」


 そっぽを向くフランに、私は笑顔を向ける。


 ――キスをする勇気はなかった。

 一瞬だけ思い描いた幻想を、再び呼び起こす。


(したい……のかな。私、フランと……)


 なんだか、もやもやする。

 あぁ……私、後悔してるんだ。

 指じゃなくて、口ですれば良かったって……。


「フユリ、どうかしたか?」

「ぇ……ううん! なんでもない! 美味しすぎてつい、ぼーっとしちゃってました!」

「そう? この先ずっとぼーっとされたら寂しいんだけど」

「そ、そんなに食いしん坊じゃないですよ!」

「どーだか」

「もー。からかわないでよ~」

「それじゃ、次はどこへ行く? 食いしん坊の聖女様」

「むっ……あっちのポテト食べたい」

「はいはい。はぐれるなよ」



「……おアツいニャ~」

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