聖女様、それもうドラゴンスレイヤーです。

ゆーしゃエホーマキ

01 冬莉とドラゴン

 ――この世界にも雪はあるんだなぁ。

 少し薄暗い曇り空から降ってくる、ひらひらふわりと軽い雪の花。それを手のひらにすくい上げ、溶けていく様を眺める。

 はぁ、と白い息を吐くと、雪はたちまち溶けてしまった。


 私が異世界にやって来て、そろそろ一年が経つ。

 すぐに溶けてしまう雪のように弱く、ひとり寂しく震えていたあの頃の私が、今はもう懐かしい。


「フユリ、寒いのか?」

「えぇ。でもフランのおかげであたたかくなってきました」


 突然の異世界召喚で路頭に迷っていた私――柊木冬莉ひいらぎふゆりに声をかけてくれたのが、竜人族ドラゴニアである彼女、フランだった。


 フランは寒さに震える私のすぐ横を歩み、大きな尻尾で抱き寄せてくる。

 古の大戦で大地を焼き、天をも焦がして生き残ったとされる《火竜ブレイフルム》の末裔である彼女は、体のどこを触っても熱いくらいの体温をしていた。


 ブラウスの袖から覗く白い手も、ハイウエストのスカートから伸びる足もとても熱い。……そうそう、スカートのおしりの部分に穴が空いているからこうして尻尾も外へ出せるのもポイント。

 フランの焦げ茶色の髪に合うよう今日のために私が選んだ、凛々しさのあるフランの顔立ちとは少しギャップのある可愛らしい洋服だ。

 さすがにドラゴン用の服はなかったから穴は私が空けて綺麗にしましたけど。


「あー! フユリ姉ちゃんだ! 雪投げやろー!」


 街の子供たちが雪玉をぽいっと投げてきた。

 雪合戦、懐かしいな。私も子供の頃はよく雪にはしゃいで遊んでいた。

 でも、今日はごめんなさい。


「ガキんちょ、今日フユリは私の貸し切りだ……」


 たくましいほどの大きな翼を盾にして、飛んでくる雪玉から私を守ってくれたフランが気恥ずかしそうに言った。


「えー? なんでー?」

「な、なんでって……その、祭りだよ、祭り……一緒に回るんだ」

「じゃあオレもいくー!」


 付いて来ようとした男の子。でも、男の子のお母さんが慌てて抱き上げる。


「こら。お姉ちゃんたちはね、いまデート中なの。邪魔しちゃダメよ」

「でーと?」

「そうよ~。クリフもお友達と行ってらっしゃい。夜は花火が見れるわよ~」

「わかった、そーするー!」


 子供たちと別れ、私はフランの熱に包まれながら雪の積もった白い道を歩く。

 デートと思われてしまった。まぁ間違ってはいないけど。


「はず……バレてるのかよ……」

「いいじゃない。どうせ今日お祭りで見せつけるんだし」

「フユリがいいなら、まぁ……」

「それより早く行きましょ? 『冬送り』に遅れちゃう」

「は、走るなって! 転んだら――」

「きゃふっ」


 ……はしゃぎすぎた。

 氷に足を滑らせて、振り積もった雪の中へダイブする。

 つめたい。


「フユリ……! 言わんこっちゃない……あーあー、鼻赤くなってるぞ」

「へ、平気よ……ほら、私こう見えても聖女様ですから!」

「たとえ自分で治癒できても、あんまり……その、お前が傷付く姿を見んのはヤなんだよ……」


 ま、まさかそんなふうに思ってくれてたとは……。

 やだ、私まで顔が熱くなってきた……。


「…………あ、ありが……とう」

「い、いいから傷治せ」

「……うん」


 真っ赤な顔して、両手で光をすくい上げる。


治癒クラツィード


 傷を癒しても、顔の熱が引っ込むことはなかった。


 この治癒魔法は、聖女と呼ばれる存在にのみ許された完全回復魔法。

 奇跡の力、とも呼ばれる。


 一年ほど前、突然この世界に召喚された私は、あらゆる傷と病を瞬く間に癒す奇跡の力を宿していた。

 でも怪しい黒のローブに身を包んでいた召喚者彼らは私を召喚すると、召喚する際に発した魔力におびき寄せられた魔物に襲われ、一人取り残された戦う力のない私も魔物の餌食になろうとした。

 そんな時、襲ってきた魔物から私を助けてくれたのがフランだった。


 柊木冬莉ひいらぎふゆりという名を誰も知らない世界で唯一、私の処遇を知っている人。

 彼女の頭にはドラゴンの角、翼に尻尾が生えているし、ムスッとした表情に加えて、目つきが悪いフランのことをはじめは恐いと思っていた。

 でも、私のために一緒に隣を歩いてくれて、少しずつそれはフランが不器用なだけって分かってからは、目つきも表情も、何もかもが愛おしく感じる。


 まだ一年くらいしか経っていないけど、こうして心を開いてくれたフランを見ていると懐かしさが込み上げてくる。


 私達は言葉を交わすことなく歩き続ける。

 背の高いフランを見上げ、その火照った頬を見つめていると、視線に気付いたフランと目が合った。

 ぷいっと顔を逸らしても、手はギュッと繋いだまま。

 可愛すぎて、たまらず私は顔をほころばせる。


「な、なんだよ」

「ん~? なーんでもないですよ~」

「うそつけ。絶対よからぬ事を考えてただろ」

「言ったら怒るから言わなーい」

「ってことはやっぱり考えてたんだな?」

「あっ。バレた? フラン可愛いなぁって思いまして」

「かわっ!? お、おまっ、そんなこと言って火傷しても知らないぞ……!」

「……フランが付けてくれる傷なら、喜んで」

「――っ、あ〜もう! いつでも治せるからって……自分の体は大切にしろ!」

「は~い」


 ……自分で言っておいてなんだけど、むしろ傷付けてと言ってるようで急に恥ずかしくなってくる。

 私……Mだったの? いけない……フランの前だと自分の知らない自分が出てきてしまう。

 これじゃあ聖女じゃなくて性女じゃない。落ち着くのよ柊木冬莉。

 今日は初めてフランから誘ってくれたお出かけ……デートなのだから。

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