ゲームの世界に入ったら、バグで最強魔法が使えた件〜寝たら死にます〜

雨宮 徹

寝たら死にます

「おい、アキラ起きろ。交代の時間だぞ」

 僕は大きく揺さぶられる。

「もうそんな時間? あとちょっとだけ……」

「アキラ、この世界で『寝る』ことが命取りになることは、お前が一番知っているだろ?」

「分かったよ……」



 寝たい。それは人間の三大欲求の一つ。でも、この世界では寝ることは死を意味する。なぜならば、




 僕たちがいるのはオンラインゲーム「チェンジング・アース」の世界だ。英語表記の頭文字をとって略称は「CE」。このゲームの売りは「大地が動き続ける」ことにある。大地が動き続ける、どういうことか。



 ある地点の大地が伸びると、違う地点の大地が消失するのだ。まるでアメーバのように。つまり、この世界では地図は意味をなさない。しかも、寝てしまうと、消えていく大地の淵から転落死でゲームオーバー、すなわち死ぬ。



プレイヤーが自由に探索できるのが売りのゲームだったが、僕はプレイしたことを後悔している。プレイした初日のことを思い出す。




*****


「チェンジング・アース」発売日。僕はパソコンとにらめっこしていた。夜の十二時を過ぎた。いよいよ「チェンジング・アース」をプレイできる。

 発売と同時にログインする。モニターにはこう表示されていた。

「チェンジング・アースの世界にようこそ。今からあなたにはこの世界で生死をかけてプレイしてもらいます。

 僕はどういう意味か考える暇もなく、モニターに向かって吸い込まれていった。



 目が覚めるとそこは一面に原っぱが広がっていた。いきなりの出来事に面をくらう。

「チェンジング・アースの世界へようこそ」

 目の前にいる女性が僕に話かける。

「あのー、ここはどこでしょうか?」

「今お伝えしましたが、チェンジング・アースの世界です」

「???」

 意味が分からない。

「まずはプレイヤーネームをお決めください」

 ひとまず名前を決める必要があるらしい。

「アキラでお願いします」

 僕は発売時から本名でプレイすることを決めていた。迷うことはなかった。



「アキラ様ですね。では次に職業をお選びください。剣士、魔法使い、ヒーラーなどがございます。一度職業を決めると変更はできませんので慎重にお選びください」

 目の前に職業一覧が表示される。これもどの職業にするか前もって決めていた。

「魔法使いでお願いします」

「かしこまりました。では、初期装備をお渡しします」

 女性は僕にぼろぼろの衣服と杖、そしてブレスレットを渡す。



「魔法使いのあなたは様々な魔法が使えます。それぞれ魔法の使用可能回数はお手元のブレスレットに表示されます」

 僕はブレスレットに目をやると「サンダー」、「ファイヤー」などの表示の横に数字があるのを確認する。



「使用回数を回復する方法はレベルアップ、もしくは商人から専用の薬を買うことの二種類があります。また魔王を倒しゲームをクリアすると現実世界に戻ることが可能です。では、私はこれにて」

 そう言うと女性は徐々に姿を消し、とうとう僕は一人ぼっちになった。



 一人になった僕は何をすればいいか分からない。ひとまずどんな魔法が使えるか確認が必要だ。ブレスレットに目をやると「サンダー」のほかに「アイス」「テレポート」そして「スリープ」の文字が並ぶ。

 「スリープ」? 僕は首を傾げる。事前情報では「スリープ」は高レベルの魔法使いにしか習得は不可能なはずだ。



 「そうそう、ひとつ言い忘れていましたが、あなたはどうやら初期から『スリープ』を使えるようです。こちらの不手際で設定を誤ってしまいました。一度付与してしまった以上、私たちが『スリープ』魔法を取り上げることはしませんので、ご安心ください」

 先ほどの女性の声が天から聞こえる。



 どうやら何かしらのバグで最強魔法「スリープ」が最初から使えるらしい。これはツイてる。「スリープ」魔法の横には使用回数が表示されている。残り三回らしい。



 ひとまず渡された衣服に着替えると、周りを見回す。広大な大地だが刻々とどこかが消えて、どこかで大地が形成されているはずだ。僕にはどこに向かえばいいか分からない。動かないよりはマシかと思いひとまずまっすぐ進むことにする。



 しかし、いきなりゲームの世界に放り込まれるとは。他のプレイヤーも僕と同じ状況なのだろうか? それとも僕だけがこうなったのか。



 そんなことをぼけーっと考えて歩いていると、遠くの方に敵が見える。逃げるか? 戦うか?

 ひとまず魔法がどれくらいの威力なのか確かめる必要がある。僕はあえて敵の方に突き進む。

 敵に近づくと、それが雑魚モンスターの「スライム」だと分かった。これなら試しにもってこいだ。



「『サンダー』!」

 僕が魔法を唱えると、杖からビビビッと電気が走りスライムに直撃する。

 さすがに一撃とはいかず、スライムがこっちに向かって来る!

 僕は瞬間的に叫んだ。

「『スリープ』!」

 次の瞬間、スライムは動きを止めて眠りに落ちる。どうやら「スリープ」が効いたらしい。立て続けに魔法を唱える。

「『サンダー』! 『ファイヤー』!」

 雷と炎がスライムを襲う。魔法が当たった瞬間、スライムは蒸発した。



 ピロリーンとブレスレットが鳴る。見るとこう表示されていた。

「おめでとうございます! レベルアップしました。スキルポイントを使用可能です」

 スキルポイント? そんなこと言われても困る。さっきの女性は何も説明してくれていない。

 なんにせよ、最強魔法「スリープ」がうまく機能することが分かった。

 これなら怖いものなしだ。「スリープ」で眠らせて、他の攻撃呪文で攻撃する。

 僕はこれさえ繰り返せば生き残ることができる。楽勝じゃないか。

 僕はルンルン気分で歩きだす。



「スリープ」の使用可能回数、残り三回。

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