死口仲介任

十三番目

夕暮れ


 片割れが死んだ。


 いつも笑顔で愛嬌あいきょうがあって、みんなから好かれるようなやつだった。

 ふたが閉じられたままの棺桶を見て、両親が涙を流している。


 つい数日前までは、あんなに元気そうだったのに。

 弟の顔を思い浮かべ、俺は何かが抜け落ちたむなしさを感じていた。


 このまま弟は燃やされ、残るのは誰のものともつかない真っ白な骨だけ。


「なあ、どうしてお前は……死んだんだ?」


 口からこぼれ落ちた言葉が、余計に自分を虚しくさせた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「ねえ朝緋あさひ、知ってる? 死んだ人と話せるようにしてくれる存在がいるんだって」


「何それすごいね!」


「くだらないな」


 そんな話、実際にあるわけがない。

 そっぽを向く俺の隣で、弟は身を乗り出し目を輝かせていた。


 ──なぜ今になって、あの時のことを思い出すのだろう。


 死者は二度と、口を開いたりしない。

 当たり前の事実だ。

 だけど……。


 だけどもし、もう一度話すことができるのなら──。




 夕暮れ時の墓地。

 黄金色こがねいろに染まる景色の中で、俺はとある墓の前に立っていた。


 まだ新しい墓石には、比翼ひよく 朝緋あさひと彫られている。

 横に添えられた瑞々みずみずしい花が、やけに生々しさを増して見えた。


 だんだんと暗くなっていく空の下、ただその時を待ち続ける。


「おや君、こんな時間に墓参りですか?」


 気がつくと、隣に男が立っていた。


 オールバックの髪と喪服。

 眼鏡の奥からのぞく黒々とした眼が印象的な男は、驚きのあまり落としてしまった俺の荷物を拾い、そのまま手渡してくれた。


 一見すると物腰の柔らかい男だが、こちらを見る目は少しも笑っていない。

 緊張で震える手を抑えつけ、俺は男の方をしっかりと見返した。


「亡くなった弟と、どうしても話したいことがあるんです」


 男はじっとこちらを見つめていたが、いきなり表情をがらりと変えると、小さい紙のような物を差し出してきた。


「つまり、ご依頼ということですね!」


「は……?」


 差し出された物を受け取ると、そこにはいくつかの文字が書かれている。


死口仲介業しこうちゅうかいぎょう、専任……黄昏たそがれ?」


「はい。わたくしの名前です。気軽に黄昏とお呼びください」


 完璧な営業スマイルを見せる目の前の男は、どうやら黄昏という名前らしい。

 もらった名刺をポケットにしまうと、黄昏に向けて疑問を問いかけた。


「本当に、死者と話ができるんですか?」


「ええ勿論。それが仕事ですからね。貴方もそれを信じたからこそ、今ここに居るのではありませんか?」


「それは……」


 言いよどむ俺に、黄昏は「まずは詳しい話でも伺いましょうか」と話すと、墓石の近くにある段差に腰掛けるよううながしてくる。


 名前が書かれた墓石を視界の端に収めながら、俺は隣に座ってきた黄昏に向けて、ぽつぽつと事のあらましを語り始めた。


「俺と弟は、双子なんだ。朝緋あさひ夕緋ゆうひ。俺たちがまだ母さんの腹にいる頃、そう名付けようと決まったらしい。どっちがどっちの名前を取るかは、くじ引きで決めたらしいけど」


 黙って耳を傾ける黄昏に、俺は弟との記憶を語り続けていく。


「弟は明るい性格だった。それこそ朝日のように眩しくて、周りの人からも愛されるような。反面俺は、あまり人と話す方でもなかったし、一人でいることが多かったように思う」


 そうだ。双子なのに、俺と弟の性格は真逆かというほど違っていた。

 周りからも、似ているのは見た目だけだなんて言われていたっけ。


「一人でいる俺のところに寄ってくるのは、ほとんどあいつだけだった。そんなある日、いきなり両親からあいつが死んだって聞かされたんだ」


 あの日……目を覚ました俺を、両親が泣きながら抱きしめてきた。

 良かったと幾度も口にする両親に、何が起こっているのかさっぱり分からなくて。


 弟はどこだと聞く俺を見て、両親は愕然がくぜんとした表情で固まっていた。


「弟の死には不審な点が多かった。だけど、両親は交通事故にあったって言うんだ。車と衝突した際、頭を強く打って運ばれたんだって。目が覚めた場所は、病院のベッドの上だった。あいつの姿を探してみたけど、どこにも居なくてさ。両親に聞いたら、父さんが真剣な顔でこう言うんだ。あいつは死んだって。母さんは隣で泣き崩れてたよ」


「ふむ。話を聞く限り、何も不自然なことはないように思えますが。二人同時に事故に遭い、弟さんだけが亡くなった。これなら辻褄つじつまも合うはずです」


 黄昏の話はもっともだ。

 俺もこの話を聞いただけなら、同じことを思うだろうから。

 ただし、この話はこれで終わりじゃない。


「俺も最初はそう思ってた。偶然読んだ新聞に、あいつのことが書いてあるまでは……。あいつが死んだ原因は、交通事故なんかじゃない。がけから海に、転落したことだったんだ」


 

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