第10話

 アナスタシアは悩んでいた。玉座に座って左手で頬杖を突きながら右手は左膝の上にあり、宮廷音楽家のフォン・アルフレッドが作曲した曲を思い出して人差し指と中指がパタパタと動いている。

「のうジイ、ピンクではやはり駄目か?」

「失礼ながら王家の威厳というものがあります。いくらアナスタシア様の意見といえど聞き入れることはできかねますな」

「くっ……」

 アナスタシアの目の前に置かれた木の机の上には紙が広げられている。王都の地図、式典の日程、段取りが書かれた書類、そして……。

「勘違いしておるぞジイは! ワシの髪の色がピンクだからそう言ってるだけじゃ! 可愛いからとかいう話ではない!」

「駄目です。パレードの馬車をまっピンクにするなど言語道断でございます」

 魔王撃破、そして実現した世界平和の祝賀パレードに使う王家の馬車のデザインのイラストが描かれた紙がその完成を待っていた。

「ボディが白、装飾は金! これで決定でございます」

「ぬう……」

 その時豪快に笑いながら財務大臣のドゴーが謁見の間に入ってきた。

「ハッハッハ! またジイに小言を言われてるのですかアナスタシア様ァ!」

「ドゴー! お主はどうじゃ?」

「はい?」

「馬車の色じゃ。ピンクは駄目か?」

「あ〜……」

 突き出された紙のデザインを見ながら、ドゴーはしばしパレードで馬車が動く様子を思い浮かべた。

「やはり白の方が映えそうですな!」

「そんなあ!」

「それより装飾の金の事ですがメッキにいたしますか?」

 ジイはギロリと睨んだ。

「メッキ?」

「純金で作りますとボディが重くなりますし、なにより費用がかさみますからな!」

「何をおっしゃいます。他国からもゲストがいらっしゃるのですぞ。この国のトップがケチった馬車など乗れば示しがつきませぬ」

「メッキにせい」

「アナスタシア様!」

「そんな金があるなら他にまわす。ワシの威厳をひけらかす為に使う金など無い」

「分かりました。なあに、今回だけでなく普段からご遊覧の為に使うと思えば、傷も付きましょう。安く作り直せる方が便利でございますから」

「やれやれ、仕方ありませんな」

「では技師に伝えてまいります!」

 ドゴーはアナスタシアにウインクして大股で出て行った。兵士が入れ違いで入って来た。

「アナスタシア様、お忙しい所失礼いたします。謁見を希望している者がおりまして」

「誰じゃ?」

「他国から来た者で、流れの料理人だとか」

「料理人? ……ふむ、ボディチェックして通せ」

「はっ!」


 やがて白を基調にした布の服を着た男性が入って来た。

「お初にお目にかかりますアナスタシア様。私はフリッツと申します。世界を旅しておりましたが勇者様が魔王を倒し、この国で式典を行うと聞きましてはるばるやって参りました」

「我が国へようこそ。料理人だそうだな?」

「はい。世界中の料理を学びたいと思い旅をしておりました。新大陸で勇者様に食糧を提供した事もございます」

「そうであったか! その節はずいぶんと世話になったようだな。今日は何か話があって来たのかの?」

「式典に伴いまして、私の腕を揮う機会があればぜひにと思いまして。宮廷で雇ってくれとは申しませんが」

「ほう。自信がありそうじゃの。料理長を呼んで話を聞いてみよう。準備で忙しいゆえ少しここで待たされるかもしれんが構わぬか?」

「もちろんでございます。あ、その間に私が作った料理をご賞味頂くというのはいかがでしょう?」

 そう言うとフリッツは懐に手を入れた。ジイは瞬時に反応し、アナスタシアの髪が風圧で揺れたかと思うと、次の瞬間にはフリッツの目の前に刀を抜いて立っているジイの姿があった。肩のラインに平行に添えられた刃が鞘から抜いた時の振動で空気を震わせ、フリッツの喉元でヒィンと音を立てた。フリッツはその音に凍り付き、ごくりと唾を飲んだ。

「な!? な……!?」

「女王陛下の前で軽率な動きは控えて頂きたい」

「し、失礼しました……! クッキーを作って来たのでそれを取り出そうと……!」

 ジイは刀を構えフリッツを見据えたまま、左手でフリッツの懐を探ると包装されたクッキーが二枚出てきた。

「ふむ、いい匂いですな」

 ジイはようやく刀を引くと納刀しながらクッキーを持って玉座の横に戻った。

「シナモンのいい香りがするのう」

 アナスタシアはしきりにクンクンしている。

「しかし毒味をせずにこの場で食べるのは許可できませぬ。こちらは後でご賞味頂きます」

「え〜」

「光栄でございます」


 料理長のチャップが謁見の間に入って来た。若くして料理長になったチャップは仕事に誇りを持っている。

「お待たせいたしました」

「チャップ、忙しい所すまんな。実は客人が来ておっての。手が足りなければどうかという話なのじゃが」

 チャップは横に控えていたフリッツを見て驚いた。

「フリッツ!」

「チャップ、お前が料理長だったとはな」

「何じゃ、知り合いか?」

「えっええ。実は同じ師の下で修行をした事がございます。兄弟子のような存在です。修行を終え、その後会う事はありませんでしたが」

「ほう。では式典の料理を手伝ってもらうとよい」

「いえ、それは止めたほうがよろしいかと」

「何故じゃ?」

「フリッツはとにかく甘い物が大好きでして。料理といってもお菓子以外は一切作らない専門家なのです。一度式典の料理を手伝わせたら最後、全ての料理がお菓子にされてしまうでしょう」

 アナスタシアはごくりと唾を飲んだ。

「それはいい眺めになりそうじゃな」

 フリッツが唸った。

「アナスタシア様、こいつが料理長と知っていれば、手伝わせて頂きたいなどと愚かな提案はしませんでした」

「なに?」

「こいつをクビにして代わりに私が料理長になるならいいですがね。こいつが料理長だなんて王宮の皆様が不憫でなりません」

「なんだと?」

 フリッツに睨まれても構わず、チャップはフンと鼻を鳴らした。

「私は甘い物以外の料理勝負でもこいつに負けた事などありません。私をこいつの代わりに雇えば必ずやご満足頂けるでしょう」

「ほう、そうなのか?」

「そ、それはそうですが……!」

「お前も分かってるだろう? 俺の方が腕は上だ。お前は大人しく俺に料理長の座を明け渡せばいいんだよ」

「くっ……!」

 アナスタシアは二人のやり取りを見てため息をついた。

「やれやれ。どうやらこの話は無しじゃの。フリッツ、すまぬがお主をこのまま雇う訳にはいかぬ」

「はっ?」

「お主が何と言おうが関係無い。ワシはチャップの料理をいつも美味しく頂いてきた。お主の話を真に受けてこの場でチャップをクビにするつもりは無い」

「アナスタシア様……!」

 感動しているチャップの横でフリッツは悔しそうに呻いた。

「しかし、お主に機会すら与えずこのまま帰すと言うのも偲びない。そこでじゃ」

 アナスタシアは日程の紙を取り上げながら続けた。

「式典の最中、ちょうど広場が空く時間がある。そこで料理勝負を催すというのはどうじゃ?」

 ジイは顎に手を当てた。

「ほう、面白そうですな」

「望む所です」

 フリッツは不敵に笑った。

「もしお主が勝ったら良きに計らおう。どうじゃ?」

 二人は睨み合った。

「その話お受け致します。こいつが逃げなければですが」

「チャップ、受けてくれるか?」

 チャップはしばし考えたがやがて意を決して答えた。

「はい。お受け致します。私も以前の私ではありません……今回はお菓子で勝負いたします」

 場がざわついた。フリッツも驚いた。

「良いのか? フリッツはお菓子のスペシャリストなのじゃろう?」

「はい。私は誇りを持ってこの仕事をしております。相手が最も得意とする料理で勝負をしなければ意味がありません」

 アナスタシアはフッと笑った。

「決まりじゃな」

 フリッツは笑った。

「ハッ! 後悔するなよ!」

「王宮で鍛えたんだ。負けないぜ」

 チャップは手を差し出したが、フリッツはフンと鼻を鳴らし、握手をせずに出て行った。

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