第8話
城壁に兵士達が立ち並び、その中央にアナスタシアと歴戦の威厳を漂わせた将軍ブリッジが立ち、街の外に広がる草原を見下ろしていた。夕方の風は涼しく、アナスタシアのマントが少し風ではためいた。
「綺麗な夕焼けじゃの」
「ええ」
「来たぞ」
地平線の彼方から蠢く集団が現れた。アナスタシアの予想通り、ギガースを中心とした大柄な筋肉質の魔物の集団だ。ギガースは魔王のように特に演説することなく、どうやらこのまま問答無用で襲ってくるようだ。弓兵の射程に入るとブリッジが号令をかけた。
「弓兵、構え!」
「いや待て」
「は?」
「矢がもったいない! まずは魔法からじゃ」
「はあ」
「レナ! リナ! 分かっとるな!?」
「はい!」
レナとリナと呼ばれるポニーテールの双子の魔法使いが風上の方に走って行った。
「アナスタシア様、一体何を?」
「あの子らは魔法使い部隊、甲と乙の隊長じゃ。腕力自慢の奴らにはまず搦め手じゃよ」
ギガース達が歩いてきた。アナスタシアが手を上げ、レナとリナに合図した。
「やれ」
「ドリィミン!」
レナの部隊が風上から一斉に魔法を唱えると、風に乗って花びらがギガース達の頭上を通り過ぎた。やがてギガース達はその場に座り込み始め、スヤスヤと眠り始めた。
「次じゃ」
「ポイズンクラウド!」
今度はリナの部隊が一斉に魔法を唱えると、緑色のもくもくした雲のような物が先程と同じようにギガース達の頭上を通り過ぎた。するとギガース達は眠ったままなにやらうんうん唸り始めた。
「よし、どうやらうまくいったようじゃ」
「どのような策を実行なさったのです?」
「奴らは腕力だけが取り柄の部隊じゃ。そこでまず魔法で眠らせ、次に毒の魔法をかけた。すると奴らは眠ったまま毒で弱ってしまうというわけじゃ」
「なるほど。これで敵が力尽きるのを待つのですね」
「まあそう上手くいくかはわからんがの。ドリィミンの効果は三十秒じゃ。起きる頃合いを見て矢を放て」
「分かりました」
ブリッジはハンドサインで部下達に指示した。二十五秒経ち、弓兵が一斉に矢を引き始めた。ギガース達は体力も多く、さすがに毒の魔法だけでは力尽きる者はいなかった。ギガース達は目を覚まし始めたが明らかに動きが鈍い。
「撃て」
「はっ。撃てぇ!」
ブリッジの合図で弓兵が一斉に矢を放ち、弱りきったギガース達は為す術もなく力尽きていく。バタバタと倒れる中、最後に立っている者はギガースのみになった。ギガースは怒りで身の毛もよだつような叫び声をあげた。
「グオオオオオオ!!」
「撃て」
アナスタシアは冷たい目でギガースを見下ろすともう一度指示した。ブリッジの合図で矢が放たれ、ギガースは棍棒で矢を薙ぎ払った。ギガースの体に何本か矢が刺さったがしかしギガースは動じない。矢を力任せに引き抜くと怒りで目を充血させた。
「ほう。弱ってもさすが邪神じゃな。レナ、もう一度だ」
「ドリィミン!」
レナ達がドリィミンを唱えたが、花びらが頭上を舞ってもギガースは叫び声をあげ眠らなかった。
「むっ、怒りで効かぬのか」
「ではそろそろ私が」
ブリッジが両腰に差してある剣を二本引き抜くと、城壁から颯爽と飛び降り草原に降り立った。レナとリナが魔法を唱えると、ブリッジの鎧が魔法で強化され、輝き出した。
「嬢ちゃん達ありがとうよ。むぅん!」
ブリッジが気合いを入れると右手の剣の刃が燃え始め、左手の剣の刃が凍り、冷気が湯気のように出始めた。
「行くぞ」
「グオオオオ!!」
高速で間合いを詰めたブリッジにギガースが棍棒を振り下ろした。ブリッジは棍棒を氷の刃で受け止め、炎の刃で胴体を斬りつけた。
「グオオオオ!!」
腹を斬られて下がったギガースの右足を氷の刃で斬りつけると足が凍りつき、ギガースは地面に釘付けになり身動きが取れなくなった。
「グオオオオ!!」
ギガースは闇雲に棍棒を振り回したがブリッジは左右にステップして攻撃をかわした。しかしブリッジが踏み込んで炎の刃で斬りつけた時、軌道を読まれギガースに左手で刃を掴まれてしまった。
「むっ!」
「グオオオオ!!」
「ブリッジ様!」
レナが叫んだ。その時、城壁から飛び降り、疾走する者がいた。
「グオオオオ!!」
ギガースが棍棒を振り上げた時、ギガースの首元で刃が煌めき、ジイがギガースの背後で刀を鞘にパチンと納めると、ギガースの動きが止まり、首が落ちた。
アナスタシアはポカンとしてジイを見た。
「ジ、ジイ」
振り返ったジイは刀の柄に手を乗せ微笑んだ。
「やれやれ、まだまだ危なっかしいなお前は」
「面目ない」
城壁から勝利の歓声が挙がった。ギガース達が煙で消失し、ゴールドに変わるとアナスタシアが喜びでぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「よーし! 皆の者、金を集めよ! わっしょい! わっしょい!」
「では私が監督して参ります!」
台車を何台か兵士に引かせながらメイが城門の前からすっと現れた。
しばらくして、メイ達がせっせと金を集めるのを眺めていたジイのタブレットが鳴った。
「もしもし」
「バックです! 今、魔王を討ち取りました!」
「なんと、成し遂げましたか。さすがバック様、お見事でございます」
「アナスタシア様の思惑通り、戦意を喪失した毒と魅了の魔法部隊しかこちらにはいなかったので、ミンテアの魔法で難無く攻略できました。魔王もすっかり参ってしまっていて、ナイトメアが魔王を叱咤激励する始末で……最後は私と決闘して討ち取りました」
「よくやってくれましたな、ご帰還の際は道中お気をつけて。ところでなぜ私に魔話を?」
「それが、先程アナスタシア様にかけたのですが繋がらなくて。ご公務中なのかと」
ジイは周囲を見回すとフッと笑って通話を続けた。
「アナスタシア様は今お休み中でして。ええ、それでは」
ジイがタブレットをしまうと、やれやれとため息をついた。アナスタシアは台車に積み重なったゴールドの山の上でスヤスヤと眠っていた。夕日が地平線の向こうにゆっくりと沈もうとしていた。
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