第7話

「クックック、元気かね女王よ」

「魔王……!」

 謁見の間はざわめいた。光の円の向こうには禍々しいフォルムの鎧を着た魔王が手下と共に立っていた。勇者バックはアナスタシアをかばうように光の円の前に立ちはだかり、魔王を正面から見据えた。

「何の用だ魔王!」

「ふん、雑魚は引っ込んでろ」

「なに……!?」

「いやほんと邪魔だからどいて。女王よ! 今日は貴様に、いや貴様ら人類全てに最悪のニュースを伝えるために映像を繋いだのだ」

「何じゃと?」

「いよいよセレスタミア王国侵略の準備が整ったのだ。我の後ろを見よ」

 魔王の後ろには凶悪な気配の手下が三体立っている。毒々しい紫色の魔獣、大きな棍棒を持った巨体の怪物、黒い羽を持つ美しくも恐ろしい女型の魔物だ。

「海王リヴァイアサンが倒されたのは誤算であったが、我が手下の三邪神を復活させた。デスドッグ、ギガース、ナイトメアだ。恐怖と死をお前達に与えてくれる者達だ。よく目に焼き付けるがいい」

 魔王の言葉にアナスタシアは頷いた。

「うむ」

「そして三邪神がそれぞれ自分の部隊の魔物達を引き連れセレスタミア王国に向かう! その時が女王、貴様の最後だ! フハハハハ!」

「わんわん!」

「グワーハハハ!」

「フフフ!」

 三邪神も楽しそうに笑っている。

 アナスタシアはジイに何か指示をしてから魔王に話しかけた。

「魔王よ、お主は相変わらず何も分かっておらんな」

「なに?」

「ワシが死んでもいくらでも代わりはおる。別の者が王になり、人類は貴様を倒すまで立ち止まることはない」

 勇者達は誇り高き女王を見守っている。

「しかし魔王、貴様の代わりはおらぬ。貴様ら魔王軍はしょせん力関係でのみ成り立っている関係、貴様が死ねばそれで終わりよ。本当の意味で貴様の仲間はおらぬ」

「む……」

「そして、我が国では人を傷付けたり、人から物を盗んだりすると罪となり罰せられる。それが我が国のルールじゃ」

「……何の話だ?」

「だが魔物は人間ではない。つまり我が国の法は貴様ら魔物には適用されぬ」

「はあ」

「よって貴様ら魔物にはどんな行為をしても……傷害、監禁、虐待、殺害……どんな筆舌に尽くしがたい残虐な行為を行ってもワシらは一切お咎めなしじゃ」

「え?」

「貴様ら魔物は思慮に欠けた無分別な暴力で人類を長年苦しめてきた。ワシら人類の貴様らへの憎悪は計り知れぬ。野道で好き勝手に暴れるのとは話が違う。勇者を生んだ人類最強の軍事国家、セレスタミア王国に攻め入る以上、国民は貴様ら魔物に一切容赦はせぬ。容易く死ねるとは限らぬ、ゆめゆめ覚悟をしてから来るがよい」

「……」

 魔物達から完全に笑顔が消えている。その時ジイがニ冊の本を持って謁見の間に戻ってきた。それぞれ背表紙に『狩猟の歴史』、『人類拷問の歴史』と書いてある。

「デスドッグとやら、お主の毛皮は高く売れそうじゃな。毛皮は人類にとって重要な役割を果たしてきた。例えばこれがそうじゃ」

 ジイが『狩猟の歴史』をバッと開いて魔王達に見せた。それを見たデスドッグはパーッと走って映像範囲から姿を消した。

「残念ながら人類は過ちを犯した事もある。お互いを差別し、弾圧した歴史もある。ワシらはそれを繰り返さぬよう、愚かな行為をした戒めとして、きちんとその過ちを記録に残してある。例えばこれがそうじゃ」

 ジイが『人類拷問の歴史』をバッと開いて魔王達に見せた。それを見た魔王はゴクリと唾を飲み、ナイトメアはヒッと声を挙げた。

「ナイトメアよ。人間から見るとお主は特に美しい。お主の部下も美しい魔物が多いと聞く。のうジイ」

「ええ。若い男達にはたまらんでしょうな」

「もしお主、またはお主の部下達が生け捕りになどなったらおそらくお主の想像を超えた苦しみが待っておるじゃろう、よく考えることじゃ」

 ナイトメアは震えて泣きながら映像から消えていった。魔王も完全に意気消沈し、もはや知能の低いギガース以外アナスタシアの言葉に耐えられる者はいなかった。アナスタシアは立ち上がると魔王を指差し、厳しい表情で語りかけた。

「戦争は醜く愚かな行為じゃ。しかしこれは魔王、貴様が始めた戦争じゃ。貴様の息の根が止まるまでこの戦争は決して終わらぬ。貴様が暴れた末にその城に引きこもり、百年以上も魔物をきちんと統率せず、弱った人類相手に好き勝手に暴れさせたからこうなったのじゃ。魔物が我が国の領内でどんな苦痛に苛まれ、悶え苦しんだとしてもワシは止めぬ。喜んで拷問に加担する国民も後を絶たぬじゃろう。貴様のせいじゃ。貴様が責任を取るのじゃ。とはいえ我らが勇者は正義感に溢れた立派な若者じゃ、いくら魔物とはいえ貴様をいたずらに苦しめたりはせぬ。わざわざそちらに出向いて貴様の首を取りに行ってやる。感謝して死ぬがよい。用が無ければさっさと映像を切れ」

 魔王は震える指をなんとか動かすと映像を切った。アナスタシアの怒りの演説の後で、目を合わせようとする者はいなかった。アナスタシアはジイに向き直った。

「どうじゃ?」

「まあまあでございますな。厄介な毒部隊の犬ッコロと魅了の術を使う女魔物部隊はおそらく参戦は控えるでしょう。まずは力任せのギガース部隊だけで様子を見に来るかと」

「よし! 魔法使い達と弓兵を用意させよ! 迎撃の用意じゃ!」

 兵士長はその場で固まっていた。

「兵士長? 聞いとるか?」

「え? あっハッ! すぐに!」

「何をビビッておるのじゃ? あんな事本心で言う訳がなかろう。しっかりせい」

「ハッ! すぐに準備に取り掛かります!」

 兵士長はややギクシャクした動きで謁見の間を出て行った。ミンテアは一度でもアナスタシアの前で納税を切り抜けようとしたことを心底後悔していた。アナスタシアは勇者達に向き直ると右腕をバッと突き出して叫んだ。

「バックよ! 先程の話を聞いておったろう。奴らを少しばかり挑発し、我が国の兵士達だけでも対応できるように敵の勢力を分断した! いよいよ決戦じゃ! お主達は今から魔王城に赴き、魔王の首を取るのじゃ!」

「ハッ!」

「その際に解毒、魔法を封じる手段が重要になるじゃろう。両方の魔法を使えるミンテアを守りながら進むのじゃ。メイ! おるか!?」

「ハッここに!」

 メイが玉座の後ろからすっと出てきた。

「ミンテアにマジックポイントを回復する『魔法の聖水』を何本か持たせよ。道中必要になるじゃろう」

「ハッすぐに用意いたします!」

 メイがパーッと走って謁見の間を出て行った。

「ミンテアよ」

「ハッ……」

「長年の信仰の末に神の奇跡を習得し、その力で救いを求める者に身を捧げてきたお主を皆が信頼しておる。お主が今回の攻略の要じゃ。皆を頼んだぞ」

「ハッ!」

「レインよ」

「はい」

「お主は有名な盗賊じゃが、義賊として常に貧しい者に金を与えてきた。今回勇者が魔王を倒す旅に出ると聞き、捕まる危険を顧みず正義のために名乗りを上げたこと、皆が忘れぬ。なあに魔王を倒すついでにガッツリ稼いできちんと返せば何も言わぬ。存分に腕を振るうがよい」

「……はい」

「ハーシャよ」

「はい」

「お主はワシの大事な友人じゃ。無理はするなよ。必ず無事に帰ってくるのじゃぞ」

「はい!」

「そしてバックよ!」

「ハッ!」

「お主は雇われの一般兵でそれほど突出した存在ではなかった。しかし懸命に努力しその剣の才能を開花させ、今でもその努力を怠っておらぬことは兵士達の皆が知っておる。魔王討伐のために恐怖を乗り越え、皆の先頭に立つその勇気と正義感こそお主が勇者と呼ばれる所以じゃ。お主ほど頼りになる男はおらぬ。頼んじゃぞ勇者よ!」

「ハッ!」

 バックはマントを翻らせながら振り返り、仲間達と頷き合った。

「よし行こう!」

「勇者様のご出陣!!」

 兵士達が左右に分かれ、両手で剣を胸の前にかざした。宮廷音楽家のフォン・アルフレッドが作曲したラッパから始まる勇ましい曲の中、バック達は堂々と歩いて行く。アナスタシアは腰に手を当て、歓声を浴びながら城を出て行く勇者達を見守った。

「ジイよ、ワシらも行くぞ。城壁の上から指揮を執る」

「ハッ」

「勇者達の帰る場所を守るのじゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る