第58話 カケルの天使炉

「ははは、訳の分からない言葉を並べ立てて、結局それですか。だから無駄だと言っているでしょうが。それは私には通用しない。天使炉を持つ私にはね…………はて、何も起こっていないのですが?」


 エンドレス・ウォーカーが不思議そうに自分の身体を見渡した。


「おっと。そういや言い忘れていたな。魔法の対象がどこなのか、魔力の細かなやり取りや流れを瞬時に見抜けないことも、魔法戦闘の素人のお前の欠点だよエンドレス・ウォーカー」


「なに――?」


「まだ分からないのか? 今のはお前じゃない、俺自身にリジェクトをかけたのさ」


「自分自身にリジェクトを? なぜそんなことをする? それに何の意味があるというんだい?」


「より正確に言えば、俺はさっきからずっと自分にリジェクトをかけ続けていた。お前の攻撃を回避していた時からずっと。もちろん話していた時もな。今のは最後の1回だ」


 完璧に習得しきった魔法は、言語によるイメージの固定化なしでも、発動することができる。

 最後にあえて言葉にしたのは、言うなれば勝利宣言だ。


「なにを言って――」


「そういう意味では、たしかに時間稼ぎではあったな。やるな、一部正解。部分点をやろう」


「だからさっきから何を言っているんだ! 要点を言え! 私は結論を先延ばしにされることが大嫌いなんだよ!」


 明らかな苛立ちを見せるエンドレス・ウォーカー。


 苛立ちとは、つまり不安の現れだ。

 今のコイツは、よく分からない状況にいることが不安で、ビビってやがるのだ。


 戦場じゃ100パーセント既知の状況なんてのは、まずありえない。

 悲観的に準備して、楽観的に行動する。

 未知にビビるなんざ、新兵訓練からやり直しだぜ?


「つまりだ。俺のアンチ魔法リジェクトは、本来は俺の中にある膨大すぎる魔力を抑えるためのものなんだよ。敵に対して使うのは、その副産物みたいなものだ」


 一方的に魔法を無効化することが、対・魔法使い戦闘で極めて有効だから使っているだけにすぎない。


「膨大すぎる魔力……、だと……?」


「ああそうさ。お前が天使炉と呼ぶもの。一生懸命に発明していい気になっていたそれを、生まれながらにして持っているのが俺だ」


「はっ、何をバカなことを。天使炉を持って生まれた人間なぞ、いるはずがない。ただの人間では、天使炉の膨大な魔力に身体も精神も耐えきれずに自壊する。事実、実験体334号以外は皆、そうだった」


「いるんだから仕方ないだろ。俺だって好きでそんなものを持って生まれたわけじゃないさ。あとクソみたいな人体実験を自慢げに語るのはやめろ。反吐が出る」


 そしてだからこそ、俺はダイゴス長官に引き取られた。

 ダイゴス長官の目に留まった。

 目に留まらざるを得なかった。


 同時に当時の俺は、コントロールできずに漏れ出る魔力に苦しみながら生きていたんだが、ダイゴス長官はこのリジェクトというアンチ魔法を俺に授けてくれたのだ。


 リジェクトは古い文献に載っていた古代魔法で、魔法を無効化するレア魔法だ。


 どれくらいレアかというと、少なくともリジェクトという魔法が古文書から発見されて以降、記録上は俺しか使用者がいないくらいにレアだ。


 魔力消耗があまりに大き過ぎる上に、習得難易度が極めて高いなど、デメリットが多すぎて全く使い物にならない無価値な魔法とされている。

(それは今現在でも変わらないのだが)


 だが魔力の消耗が大きいことも、魔法を抑える効果も、全てが俺には都合がよかった。


「俺は無限に湧き出る膨大な魔力を使って作った何十、何百、何千というリジェクトでもって、俺自身の持つ天使炉から生み出される無限の魔力を、常に片っ端から無効化しているのさ」


「な、に――」


 タコが自分の足を食べて飢えをしのぐような実に間抜けな話だが、驚くほど効果があって、おかげで俺は「普通」を手に入れることができた。


 さらに言うと俺が普段使っている魔法は、リジェクトしきれていない魔力を利用している。

 残りカスの再利用みたいなものだ。


 エコだろ?


「寝ている時も意識がない時もリジェクトし続けられるように、完全に自動化するオリジナルアレンジをしてな。その自動リジェクト魔法プログラムを、俺は今リジェクトしたのさ」


 自動リジェクト・プログラムを、リジェクトした。

 少しややこしいが、つまりはそう言うことだ。


 自動リジェクト・プログラムを後で再構築できるように、丁寧に紐解いていったせいで、少し時間がかかってしまったのだ。

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